本心恋心(2)
サクラは言葉に詰まっている様子だ。
しかし、じっとサスケを見つめていた。焦点を外すことなく、しかし戸惑いの目でサスケを見ていた。
まさか、と思った。
「…まだ俺のことを想っているのか」
またサスケの方から会話を切り出してしまった。
アカデミーの頃から自分に近寄ってきていた。
同じ班になったとき、さらに執拗に付きまとってきた。
正直、最初は鬱陶しいと感じていた。
しかし、中忍試験の頃からかそんなに彼女を悪く思わなくなった。
好きだと言うだけのもろい女じゃない、と気が付いたからだ。
物思いに耽っていると突然火花が散った。
それと同じくして、頭に激痛が走った。
殴られたと認識したのは、頭がじんと痛みが染み渡ってきてからだった。
頭を押さえ、目じりに涙を溜めながらサクラを見返した。
「さぁ、分からない」
サクラはシレッと答えた。
彼女の行動と返答にサスケは戸惑った。
今までの彼女の行動から推察するに、肯定の意を示すと踏んでいたからだ。
困惑しているサスケに、サクラがまた吹き出した。
訳が分からない、と殴られたことと笑われていることにジワジワ腹が立ってきた。
「勘違いしないで。今更嫌いになんてならないわ。寧ろ、下忍の頃よりずっと好きになっている」
サクラは空を見上げた。
西の空が明るくなっていた。もうすぐ、夜が明ける。
「私、馬鹿だった。サスケ君が好きだって言いながら、自分のことしか考えられていなくて……ナルトにも酷いことをした」
そう言って目を閉じてつらそうな顔をした。
ナルトに何をしたのかは分からなかったが、余程後悔する出来事だったのだろう。
サスケは無言で話の続きを促した。
「サスケ君が何を考えて、何を想って、何の為に動いているのかも知らなかった。ううん、知ろうとしていなかった」
サクラはゆっくり目を開き、サスケに目を合わせた。ドキリとサスケは自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。
(気のせいだ)
ゆっくりサクラが体を近づけて来る。
普段の自分なら避けられるはずだった。
しかし、今は思うように体が動かず、サスケはそのままサクラの胸の中に収まった。
「だから、サスケ君が許してくれるなら、まずサスケ君を知るところから始めたいの」
また胸が疼いた。抵抗してサクラから離れようとしたが、思わぬ力で押さえつけられてしまった。
(馬鹿力…)
十尾との戦いで見せた力が、まさかここでも披露されるとは思ってもみなかった。
サスケは諦めてサクラに抱きしめられながら、彼女の言葉に耳を傾けた。
「ずっとあなたに憧れていた…。…辛かった…!…諦めたかった…!ナルトを好きになりかけていた…!
でも、結局、最後に私が想う相手は……」
サクラの声が切羽詰ったものになっていった。
「サスケ君、あなたなの」
サスケはもう抵抗しなかった。彼女は自分を諦めていないと改めて理解した。
だが、自分は彼女の気持ちを素直に受け取ることができない。
「まず、仲間として関係を修復していきたい。私もナルトも同期の皆も、まずお互いを知らなさ過ぎた。これからは、もっと自分を曝け出す。取り繕わないよう努力する。だから、サスケ君も、私のことを、もっと知ってほしい…!」
頭に水滴が数滴落ちた。
それが数えきれないほど多くなり、それに比例するようにサクラの抱きしめる腕の力も強くなった。
サスケは冷静さを取り戻していた。
突然殴られ、抱きしめられ、自分を知りたいと言われ、一瞬驚き戸惑った。
しかし、彼女の言葉の想いは、昔と変わらず恋する女のもの。
自分はこれから里を帰るため、イタチの意志を継ぐため行動していこうと決めた。
たった一人でも成し遂げてみせる、そう思っていた。
しかし、十尾と対峙した時感じたのは、一人だけでは無力だということだった。
火影になるためには、まず誰かの力が必要不可欠だった。
そう、どうしても、他人に頼らなければならない状況に追い込まれる。
誰かもイタチの意志を理解するとは限らない。
一族殺しの汚名を着せられたままの彼の意志は、きっと人々には受け入れられない。
うちは一族にいたっては、クーデターという事実があり、並大抵に負の意識を改変させることはできないだろう。
まず、理解者になる人間を仲間にする必要があった。
真っ先に思い浮かぶのは、鷹のメンバーではなく、腐れ縁のナルトとサクラだった。
十尾との戦闘でもそうだったが、ナルト達の信頼は大きいものだった。
サクラ達の力なしでは、里の者の心を支配することができない。
イタチの真実を知ったとき、のうのうと生きている彼らが憎くて仕方がなかった。
嫉妬して、恨んで、殺そうとしたというのに、戦場に駆け付けた自分を彼らは当たり前の様に受け入れた。
サスケは躊躇っていた。
突き放しても、彼らは諦めが悪く自分を追って来た。
なぜ自分に拘るか、未だに分からない。
(俺を求めるなら来るがいい。俺はお前らを利用するまでだ)
彼らの心を操るには、彼らのことを知らなければならない。
(まず、サクラから落とすか)
サクラの目を見たときの、あの心の疼きは、一時的なものだ。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、彼女に心を許しかけただけだ。
そう思い込むことにした。
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