人魚鉢(九)



村長はその青年の子孫だった。
彼が親から伝承を受け継いでいたのは、彼が村の長を任される時だった。

幼い頃語り聞かされた物語は改竄されたもので、魂を食うというおどろおどろしい話が真実だという事実は、彼に大変衝撃を与えた。

嘘だと思いたかった。
泡姫の伝説は既に大陸中に広まっていて、伝説を聞きつけた観光客は決して多くはないが入ってきていた。
親の代までは、大々的に観光スポットとして宣伝してこなかった。
その為、宿も少なく湖周辺の整備は行き届いていなかった。
彼らは泡姫が復活するのを恐れていたのだ。

しかし、水があるからと言ってこの村には目立った特産品はなかった。
村長という立場上、村人の生活を考えなければならなかった。
観光客が誤って六道仙人の結界を破壊してしまうリスクはあったが、村長は伝承を頭の隅に追いやり、泡姫伝説ゆかりのこの湖を観光として大々的に宣伝しようと考えた。

本当の伝承の中にある「恋が成就する」という、村にとって都合のいい部分だけ引き出し、宣伝に使った。

その作戦は大成功だった。
観光客が後をたたず、村は発展した。
村長はもっと湖を魅力的に見せたいがために、湖畔のより絶景スポットに休憩所を作ろうと考えた。

そこが、あの祠だった。

休憩所を作るには、泡姫の祠が邪魔だった。
封印が解けてしまうかもしれないと少しは恐れたが、村長も村人も金に目が眩んでいた。
壊すことはしない、ただ祠の場所を移動させるだけだ。

注連縄は切り、祠は丁重に引っ越しさせられた。

休憩所を建てたことで、観光客はさらに増えた。
しかし、その頃だった。湖で異変が起きたのは。

始めは女の幽霊が出たという目撃情報だけ。
しかし、心霊スポットあるいは湖の精霊と噂が広まり、オカルトファンを呼び寄せたことで、とくに問題はないと感じた。

次に、体の一部が引っ張られたという報告が入った。
ただバランスを崩したのだろうと、気に求めない。

そして、行方不明者がでた。
始めは湖に落ちたのだろうと言われていたが、暫く経つとその行方不明者が意識不明となった状態で見つかった。

これは祟りだ。と、村人達は思った。
湖に泡姫以外のナニカが取り憑いているのではないかと囁きあった。

村長は頭を悩ませた。
彼だけが知っていた。
それは泡姫以外のナニカではなく、泡姫本人の祟りだと。

言い出せなかった。
あの注連縄を切ったから、祠を移動させたから、現象が起こってしまったことを―――。

なぜ黙っていたのかと村人から糾弾されることを恐れ、自身が無事だとしても息子夫婦や孫が被害に遭うのではないかと恐れた。

―――忍に依頼しよう。

何処からともなく声が上がった。
彼らはなんでも依頼を受けてくれる。
彼らならば、この祟りの元凶であるモノを押さえてくれる、と。

村長はその声に便乗した。
このまま真実を語らないでおこう。
そうすれば、現象が収まらなくとも、それを押さえることができない忍に責任を転換させることができる、と。



「全く以って失礼ね。全部、私達に責任を擦り付けようとするなんて」

「そうだぜ…!自分の保身の為に、こんだけ犠牲者を出して…!」

「サクラもキバも落ち着きなさい」

ヤマトに肩を掴まれ、サクラとキバは怒りをぐっとこらえた。
シノは糾弾しなかったが、拳をきつく握り締めている。相当怒っているようだった。

カカシは座り込んでいる村長に目線を合わせる為に、しゃがんだ。

「確かに、我々は大名やその他一般人から依頼を受け、任務に就きます。だが、勘違いしないでいただきたいのですが、我々は祓い師ではありません。封印術は心得ていますが、本業は戦闘や探索などです。
それに、依頼内容を改竄してはもらいたくない。もし、封印術を使えない者が派遣されてきたらどうしていましたか?」

カカシが落ち着いた声で問いかけた。
話終えて、憑き物が取れた化のように項垂れる村長。
力が抜けきった身体は、まるで糸の切れた操り人形のようだった。

「まぁ、オレ達の仲間も被害にあっているんだ。今回はこのまま任務を遂行させていただきますがね」




「まさか、サクラの仮説と伝承はほぼ一致するとはね」

どこかまだ事実を受け入れられない様子のヤマトが、頬をかきながら難しい顔をした。

座り込んで動けなくなった村長を家まで送り届け、カカシ達は集会所の隅で陣取って作戦会議をしていた。

人魚たちは人間の恋する心を狙いとしていると判明し、ようやく状況を進展させることができると感じ、皆心が若干軽くなった。
しかし、ターゲットは分かったものの、如何にして捕らわれた魂を取り戻すのか、よい案は出てこない。
九喇嘛曰く、まだ生きている人間は魂を食われていない、とのことだ。
泡姫の趣味で取っておいているだけかもしれない、とジョークを言うが、カカシに窘められ、「冗談も通じないのか」と溜息を吐いてチラリとある人物を横目で見た。

「しかし、いつ喰われるか分からない。ぐずぐずしてはいられないでしょ」

目を険しくさせて、カカシは祠があった周辺を調べようと提案した。
時間が惜しいと急かされ、それぞれ役割分担をしようと話を進めるところで、サクラが一人足りないことに気が付いた。

「あれ?ヒナタはどこ?」

村長の話が終えたときは、まだ輪に加わっていたはずだ。
まさかヒナタも泡姫の歌に誘われたのかとキバが蒼白な顔でつぶやくと、クラマがそれを否定した。

「いや、村長を家に送り届けてこちらに向かう途中、少し一人になりたいと言って離れていったぞ?」

キバがポカンと口を開けて、思い出したかのように九喇嘛を指差した。

「何でヒナタが離れて行ったときに言わなかったんだよっ!」

「別に一人になりたいと言っているんだ。いろいろ混乱して心を落ち着かせたいのだろう」

「確かに、ヒナタにしてみれば、ある意味ショックだったのかもね」

村長の話が進むにつれ、ヒナタが落ち着かなくなって来ていた様子を、サイは確認していた。
少し天然で自分に向けられる好意に全く気付かない彼女でも、さすがに気が付いてしまったのだろう。

―――ナルトが自分のことが好きだ、ということ。

サクラは、もし自分がヒナタの立場だったら素直に喜んだと思った。
ずっと想い続けてきた人がやっと振り向いてくれた。
戸惑うかもしれないが、やはり嬉しさの気持ちが勝るだろう。
瞳に力を宿す黒髪の人物を思い浮かべながら、サクラはそう考えた。

しかし、ヒナタの性格からしたらそう簡単に喜べないのかもしれない。

全員の視線が九喇嘛に集中した。



「…わかった。ワシが様子を見て来るとしよう」





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