人魚鉢(零)


昔々、ある海の底に、人魚たちが住んでいました。

彼らは、毎日、美しいサンゴ礁が広がる海底で、色とりどりの魚たちと楽しく遊んでいました。

彼らは歌を歌うことが好きでした。

中でも、泡姫は一番歌が上手で、そして美しい声を持っていました。

仲間の人魚も魚たちも、彼女の歌声が大好きでした。

彼女の歌声はまるで天使の歌声のようで、とても心揺す振られるものでした。

ある日、泡姫は16歳の誕生日を迎えました。

泡姫は、この日をとても待ち望んでいました。

人魚は16歳になると海の上へ出ることを許されるのです。

彼女は年上の姉さまや兄さまたちから、人間の世界を話聞かされて、早く人間たちを見たいと思っていました。

海の上へ行く前に、姉さまたちが泡姫に言いました。

「決して、人間に姿を見られてはいけないよ。見られたら、生け捕りにされてしまうよ」

「そんなこと、耳にタコができるくらい聞いたわ。私は大丈夫よ」

姉さまの忠告をそこそこに、泡姫は元気よく海の上へ昇って行きました。




海面へ出たとき、まず始めに見えたのは、綺麗なお月様と星々でした。

海の中から見えるお月様とは、また異なって見えて、泡姫はとても興味を持ちました。

陸の方を見ると、人間たちの街の街が見えました。

賑やかな声や楽器の音が聞こえてきて、お祭りをしているようでした。

興味をそそられて、泡姫はそっと陸へ近づいてみました。

海岸の岩場に隠れて、こっそりお祭りを覗いてみました。

チョウチンアンコウではない灯りがたくさん並んでいて、泡姫はあれはなんだろうと気になりました。

聞いたこともない笛や太鼓の音色が奏でられていて、とても楽しくなってきました。

無意識に、泡姫はメロディを口ずさんでいました。

最初は小声で、そしてどんどん大きく、声高らかに歌い出しました。

「綺麗な歌声だね」

気が付くと、すぐ傍の岩場に、人間の青年が立っていました。

泡姫に微笑みかけて、彼女の声にうっとり聴きほれていました。

泡姫は、慌てました。

姉さまたちからあれほど気を付けろと言われていたのに、人間に姿を見られてしまいました。

「どうか逃げないで。君を傷つけることはしないよ」

人間の青年は優しく泡姫に言いました。

そうして、青年も彼女の歌を真似て歌い出しました。

透き通る綺麗な声でした。

泡姫は、岩の陰に隠れて、じっと青年を見つめました。

おそるおそる出てきて、彼女も青年に合わせて歌いました。

美しいハーモニーが静かな海辺に響きました。

「あなたの声もとても素敵ね」

彼女は、頬を赤らめ、そう言い残して、すぐ海の中に潜りました。




青年と会ったことを秘密にしようと思っていましたが、すぐに姉さまたちにばれてしまいました。

姉さまたちは、泡姫に言いました。

「人間に姿を見られると、身体が泡になって消えてしまうのだよ」

「助かるには見られた相手の心臓に、この短剣を突き刺すのだよ」

そう言って、姉さまたちは泡姫に短剣を手渡しました。

泡姫は迷いました。

彼女は青年に一目惚れしてしまったのです。

短剣を突き刺してしまったら、もう青年に会うことも、彼の声を聴くこともできません。

姉さまたちは、このまま泡姫が消えていなくなってしまうことに心配しました。

嫌がる泡姫を無理矢理海辺へ連れて行きました。




青年は毎日海辺に来ていました。

彼も泡姫のことを好きになっていました。

姉さまたちに背中を押され、泡姫は青年に近づいて行きました。

「どうして泣いているのだい?」

青年は美しい声で泡姫に尋ねました。

「お別れしなくてはならないの」

「どうしてだい?」

「掟を破ってしまったから」

「本当に、もう会えないのかい?」

「…ごめんなさい」

泡姫は手に持っていた短剣を手放しました。

短剣はそのまま海の奥底へ沈んでいきました。

「さようなら」

泡姫は、別れの言葉を言って、海の中へ潜っていきました。

彼女の身体は次第に泡となり、崩れていきました。

しかし、痛くも苦しくもありませんでした。

まるで海と一体になれるようで、心地よかったのです。

不意に身体がふわりと浮かぶ感覚を覚えました。

瞑っていた目を開いてみると、そこは海の中ではなく、空の上でした。

始めて上から見る地上に目を見張り、泡姫は興奮しました。

天上から光が差し、小さな子供たちが現れました。

「可哀想な泡姫、綺麗な心をもつ泡姫」

「神様があの人の傍に居られるようにしてくれるよ」

「ずっと一緒だよ」

そう言って、彼らは泡姫を海から離れた場所へ運んでいきました。

そこには小さな村がありました。

青年の住む村でした。

その村の傍に、神様は泡姫のために美しい湖を作ってくれました。

泡姫は湖に住まうことになりました。

そして、青年をずっと見守り続けることになりました。

青年はときどき湖から聞こえてくる歌声をとても懐かしく思いました。

彼が、自分の歌声を覚えていてくれたことに、泡姫はとても喜びました。

泡姫の身体は湖と一体となってしまいましたが、彼が歌を聴きにくるだけで、とても嬉しそうでした。

彼女は思いました。

私は今とても幸せだ、と。



――――お伽噺『泡姫物語』より







index  





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -