笑顔



ここは『種幼稚園』で、自分が半年前に卒園した場所だ。元気な声が辺りを包み込み、ナマエ・ミョウジは何となく大人になったようにクスクスと笑った。もうそろそろお昼で子供たちの親が迎えに来ている。皆お母さんと手を繋ぎ仲良く帰っているなか、一人の子供はつまらなさそうに口を尖らせていた。ナマエが駆け寄ると、その子は一瞬嬉しそうな顔をしたが、自分と分かると再びうつむいてしまう。

「君、お母さんは?」

ナマエが問いかけると男の子はふるふると頭をふり、ボソボソと何かを呟く。

「ははうえは、おしごとで・・・」

少しだけ空色の瞳に涙をためて、ナマエは慌てて男の子を抱き上げた。

「ほらっ男の子でしょ?泣かないの!」

それは偏見だと分かっているが、ぽんぽんと背中を叩き慰めると、男の子は真に受けたのかぐっと涙を拭きナマエを睨んだ。

「ないてない!!」

いや、泣いてたでしょ。
とは言えず、そっかそっかと笑ってみせる。

(っていうか目つき悪いなー、この子)

銀髪の綺麗な髪に大きな水色の眼。あ、可愛いとナマエはついつい思ってしまう。だがやはり目つきが悪い所為で良い印象を持てない。

「えーと、君、名前は?」
「いざーく・じゅーる」
「そっか、イザーク君か!」

そう言うとナマエはイザークをぽんっと地面に下ろし、腰をかがめるとイザークと目線を合わせる。

「じゃあお母さんが来るまで遊ぼうよ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「あれ?」

嫌だったのかな?と少し焦ると、イザークは少し頬を染めてぷいっと顔を背けると呟くように言った。

「し、しかたないからあそんでやるっ」

照れているのだとすぐに分かり、ナマエはお願いしますというとイザークは機嫌を良くし、ナマエの手を引いて園内を案内しだした。去年までは居たのだからよく分かっているつもりだが、知らぬ存ぜぬを通してイザークに付き合う。



しばらくすると、

「イザーク!!」

銀髪の綺麗な人がイザークの名前を呼んだ。
お母さんだとすぐに分かる。
だって、そっくりだから。

「ははうえ!!」

イザークは嬉しそうにお母さんの元へと駆けていき、ばいばーいと手を振ってあっという間に帰ってしまう。はやっ・・・とナマエの口からこぼれ、でも笑顔になって良かったと手を振り替えした。









「おい、イザーク。ナマエちゃん新聞のってるぜ?」

切り揃えた銀髪にアイスブルーの瞳。あれから変わったのはその視線の鋭さだけなのに、イザークを纏う雰囲気は一転していた。

「あぁ、絵画コンクールで準優勝、だろう?」
「そーそー、イザークの愛しのナマエちゃんが」

そういうと、やはりここは変わっていなかったのかイザークが机をドンッと叩き顔を真っ赤にして怒鳴りつける。

「やかましい!!」

ディアッカ・エルスマンはうるさいと言わんばかりに耳栓をし、余計にイザークを怒らせる。

「でもそんなに好きなら会いに行けばいいのに?」

ディアッカがそう言うとイザークは苦虫を噛み潰したような顔をして、新聞を睨み付けた。

「第一向こうは覚えちゃいないだろうし・・・っ」

いつになく弱気なイザークに、ディアッカはやれやれと溜息をつくと、情報収集してくるわ、と一言残して去っていった。










「ナマエはおっきくなったらなんのしごとをするんだ?」

「え?私?私は・・・保育園とか幼稚園の先生になりたいな・・・」

「だったら、おれはけいえいしゃになってナマエをやとってやるから、ちゃんとせんせいになれよ」

「よろしくね」


――― イザーク。










今でも彼女が自分の名を呼ぶ声を思い出す事が出来る。
あの時の約束を果たすために、自分は一生懸命がんばっている。
だが、もともと小さい頃の約束で、彼女はちっとも覚えては居ないだろうが、それでもあの寂しかった時に救ってくれた彼女が、大好きで、今でもこうして・・・

「って、馬鹿らしい」

頭を振って考えを吹き飛ばすと、イザークはふと隣にあった写真を見る。

それは彼女の写真で。

「・・・・・・・・・隠しても無駄か」

もう周りには(特にディアッカあたり)自分の気持ちがばれているようで、彼女にこの噂が届かないかびくびくしている。

「・・・・・・・・・・・・ナマエ」

何年かぶりに呟いたその名前は、やけに部屋に響き、重症だな・・・と思いつつもイザークは一度目を閉じた。










「ナマエーーー」
「何、ルナ」

ナマエが振り返るとそこには友達であるルナマリア・ホークがいた。彼女の手には一枚の手紙が握られており(その所為で手紙はぐちゃぐちゃになっている)、ナマエは顔を顰めた。

「また?」
「いいじゃない、相変わらずモテちゃって!!」

背中をどんどんと叩かれナマエは、はぁ・・・と溜息をついた。この学校に入ってからと言うもの告白が後を絶たず、どうせその場のノリで告白している輩が多いので、ナマエは毎度の事断りを入れている。

「ルナ、行ってきてよ」
「なんでー、自分で行ってくるのが普通でしょ?」
「だって・・・今週で三回目・・・」

その場のノリで来た訳でもない奴でも断っているのは、ちゃんと理由がある。ナマエにも当然好きな奴ぐらいいるわけでこうして思いを寄せているのだが、彼も相当な人気があり、一度あった事があるが覚えていないだろう。

「あぁ、いつもの彼の事で?」
「別にそんな関係じゃないけど・・・」
「じゃあ良いじゃない。さっさと行ってきなさい」

はぁい、と気の抜けた返事をすると、ナマエは手紙を握りしめ超定番である体育館裏へと足を運んだ。



「ごめんなさい」

一言謝り去ろうとするがそれを相手が許さず腕を掴まえた。

「どうしてっ」
「・・・・・・・・・・好きな人がいるから」

言いたくなかったけど、言うしかなかった。この手のタイプにはこの言葉が便利だ。そう言いつつ再び頭を下げると、相手が強引に肩を掴んで壁に押しつけてきた。

「何をっ・・・」

やばいな、と感じ相手を睨み付けた瞬間、声がかかる。

「こんな所で何をしている」

この声は・・・

ナマエが振り返ると、そこにはイザークが居た。
その鋭い視線を更に鋭利にさせ、二人を睨み付けてくる。

「っ・・・・・・・」

相手の男は立場がないと判断したのか、慌ててナマエの肩を離し何処かへ去ってしまった。

「ありが、」

とう、と続けようとしたが、イザークの眼光が黙らせた。



腹が立つ。
ナマエが他の男と一緒にいただけで、腹が立つ。
嫉妬に心を燃やし、何を考えているのか分からなくなった。
それに、ナマエが言った言葉。

―――― 好きな人がいるから。

そんなこと認めない。
ナマエは俺のものだ。



「男をたぶらかして、いい気なもんだな」

ナマエの瞳が恐怖に揺れている。今、俺は小動物を見下すような眼をしているんだろう。冷静に考えれば分かる事なのに、理性は限界を迎えていた。

「さっさと男でも作ったらどうだ。まぁお前みたいな女もう誰も手は出さないだろうがな」
「っ・・・・・・・・」

眼に、涙が浮かんでいる。

泣かせたい訳じゃないのに。
笑って欲しいだけなのに。
自分の口から出る言葉は、醜い、嫉妬にまみれた、傷付けるだけのもの。

「ごめんなさい・・・・・・・・」

踵を返して走っていくその瞬間、光る何かがナマエの頬を伝って落ちた。










高層ビルから見る景色は、美しい。
空は見えるし、時々飛行機雲なんかも拝めたりする。

でも、下を見れば排気ガスをまき散らしながら走る車。

毎日見ていてうんざりする。

そして毎日あの日の事だけを思いだし、溜息をついた。



どうしてあんな事を言ってしまったのだろう、と。
謝ろうと思い伸ばした手は空を掴み、イザークは後悔するほか無かった。

「くそっ・・・・・・」

気を取り直して書類に向かうと、タイミングが良いのか悪いのか、書類の内容は『保育園の視察』だった。
この企業のトップになるのは簡単で、保育園や幼稚園の営業も私立として兼ねた。
ナマエとの約束は守っているが、あんな酷い事を言っておいて、何を今更・・・。

「仕方ない、行くか・・・・・・」

イザークは鞄を取り、視察する保育園に足を運んだ。



「ここか・・・・」

イザークは溜息をつく。子供たちが、あのひとだれー、と指を差し、イザークは不機嫌そうな顔をした。

(しつけはどうなっている!ったく、ここの園長はッ)

その時、ふと子供達がその先生を呼ぶ声が聞こえた。

「ナマエせんせー、あそこにへんなひといるー」
「せんせー」
「へんなひといるよー、ナマエせんせー」

ナマエ・・・・・・・・・・・?

イザークは驚愕に目を開き、正面を見つめた。










どうして、あの人がここに・・・・・・・・・・

ナマエは恐ろしげにイザークを見つめた。
あの時に言われた言葉があまりにもショックすぎて、今でも彼が怖い。
好きである事に変わりはないけれど。

「どうしたんですか?」

声を掛けてみると、イザークは困ったように視線を逸らして一言言った。

「上からの命令で視察に来ただけだ」

ということは、彼はあの時の約束を覚えていたのだろうか?
いや、そんなはずは無いだろう。

「じゃあ、どうぞ・・・・・・・」

ナマエはあの時と同様踵を返しそのまま歩いていこうとした。

その時、イザークの脳内で、何かが叫ぶ。


その腕を掴まえろ、と。
これを逃せば、もうあの頃には戻れない、と。


「ナマエ!!」

手を伸ばし、

ナマエの手を、

握った。

「え・・・・・・?」

ナマエは振り返り、驚いたようにイザークを見つめる。二度と離すものかと、イザークはしっかり手を握り、ナマエを引き寄せた。

「あの時は・・・・・・・・・」

何を今更、と思われるかも知れない。
それでも構わなかった。

「あんな事、言うつもりじゃなかった。・・・・・・・・・・・許してくれ」

ナマエの頬が紅く染まる。

その一言が、自分の心を温めた。
嬉しかった。

「ありがとう・・・・・ございます」

ナマエは微笑むと、じゃあ行きましょうかと手を繋いだまま案内しようとした。が、またイザークから制止がかかる。

「その・・・・・・」
「何ですか?」
「・・・・・・・」
「イザーク?」

「・・・・・・・・・・・・・・好きだ」

ナマエは唖然とした。
何を言われているのかさっぱり分からない。
この『好き』は、そういう『好き』なんだろうか?

「それは・・・・・・」
「だ、だから・・・・っ・・・・・・あ、あ、愛していると、そう言う事だ!!」

怒鳴りつけるように言うと、ナマエは更に顔を赤くする。

「う・・・え、あ・・・・・・ありがとうございます」

もう目を合わせる事ができなくて、嬉しくて、涙がこぼれる。

「せんせー、おかおがまっかだよー」
「ほんとだー、どうしたのせんせー?」
「せんせーがないてるっ」
「おにいちゃんがいじめたんだー」

そんな子供達の中、一人の男の子がイザークに近づくと、臑を蹴った。

「っ・・・」
「せんせーをいじめるな!!せんせーはぼくとけっこんするんだぞ!!」

子供の言葉。
だが、今のイザークには充分に嫉妬心を燃やさせた。

ナマエはいきなり腕を引かれると、イザークはナマエを腕の中にすっぽりと収まった。

「悪いな、先生はついさっき俺のものになった」
「ちょ、子供相手にっ」

ナマエはまた顔を赤くしながら反論すると、イザークは見せつけるようにしてナマエの唇を啄んだ。

「んっ・・・・・・・」

「すごーい、おうじさまみたーい」
「かっこいー」

周りの女の子達がきゃっきゃと騒いでいるが、ナマエにはその余裕がなかった。

「は、離してください」

もう怒ったとばかりにイザークを睨み付けるが、その眼に迫力は無かった。

「堪忍しろ、ナマエ。俺の事、好きだろう?」

さっきからの反応を見れば当然の事。ナマエは俯いて、そして頷いた。

「決定だ。わかったか、ガキ共。ナマエは俺のものだ」



相変わらず身勝手だと、ナマエは溜息をつき


「行きますよ」


一言いうと、もう知らんとばかりに勝手に歩き出す。

でもその顔には笑みが浮かんでいて、

イザークが今まで見た中で、


一番の笑顔だった。










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