ちょこんと椅子に腰を下ろし、自称母親であるエザリア・ジュールに髪をいじくり回されているのは、ナマエ・ミョウジだ。綺麗な碧みを帯びた銀髪は見る者をうっとりさせるが、生憎彼女にその自覚がないためいつも無造作にポニーテールかそのまま下ろしているかのどちらかだ。それが今日は随分綺麗に整えられている。

「あの・・・・・・」
「何?」
「まだ終わりませんか?」

かれこれ一時間半。この状態を維持し続け、ナマエはいい加減腰が痛くなってきた。エザリアは仕方ないかと呟くとようやく髪型を固定する。

「じゃあ行くわよ」
「はぁ・・・」

家にいるメイドに留守を頼み、エザリアは車を出すように執事に言う。しばらく玄関で待っていると執事が車を回してきて、交代でエザリアが運転席に座ろうとしたが、その手を取り、ナマエが割ってはいる。

「?」
「私が運転します」
「あら、そう?」

ナマエはイザーク・ジュールが良く自分にふざけてやるように、エザリアを助手席にエスコートしてみせた。するとエザリアはくすくすと笑い、じゃあ行きましょうか、と言う。



車の駆動音と共に、繁華街へナマエ達は行く。駐車場に止めると、その後はさんざんだった。

「あら、可愛いじゃない。じゃあ次、これ」
「はぁ」
「元気がないわね?まだ病んでいるの?」

病んでいる理由は貴方の所為です。
そう心の奥で叫んだ。たいして服に興味がないナマエをエザリアは引き連れ、永遠と試着と購入を繰り返す。昼をまわる頃には服が入った箱が山積みになっていた。全て自分のものだから自分で持つのが当然だが、どうも持たされている感がしてならない。そもそも連れ回されているのだから、ちょっとぐらいエザリアが持ってくれても良いようなものを。

「あら?ナマエ?」

後ろから声がかかる。くるっと振り返りたいが、荷物がいっぱいで綺麗に回れない。それどころか上からの荷物落下、という恐怖が迫っているため、慎重に、とても慎重に、ゆっくりと身体を回す。
荷物の影から顔を覗かせると、そこには

「あ、ラクス・クライン」

アスラン・ザラの婚約者でプラントの歌姫、ピンクの妖精ラクス・クラインがそこにいた。歌姫と言われるだけの実力を持ち、ナマエを振り回すのはエザリアと変わらない。

「お、お久しぶりです、ラクス」
「久しぶりですわ。ジュール議員もお久しぶりです」
「お久しぶりです、ラクス嬢」

銀色の髪をサラリと揺らして頭を下げみせるエザリアは、まさにマティウス市の議員にふさわしい。しかしその最高評議会の議長の娘、の方が地位としては大きいだろう。

「ラクスはどうしたんですか?もうすぐ追悼慰霊団の代表として確かユニウスセブンへ・・・」

ナマエがそう言うと、ラクスはムスッとした表情で、しかし瞳は何故か輝いていて、そんな感じで話し出した。
その時、嫌な予感がした。

予想は付いていたけれど。

「どうしてナマエは敬語ですの?わたくし達は友達でしょう?」
「そ、そうですが・・・」
「それより、代表に護衛を付けるという事なのですが、わたくし、ナマエが良いんですの」

やっぱり。
ナマエは溜息をついた。
どうして彼女は自分にばかりこう言った事を頼むのだろう。
好かれているのは嬉しい。それこそプラントの歌姫に好意を持たれるのは有りがたい事だが、メールアドレスを教えたあの日から毎日一通、必ずメールが来る。宇宙にいる時はそうでもないが、婚約者の彼の話を聞いていると、どうやら自分の方がメールを貰っている量が多い。

「そう言うのは、婚約者のアスランに頼めば・・・」
「だって、今アスランは宇宙にいるのでしょう?」

彼女はああ言うが、きっとアスランがプラントにいて自分が宇宙に居ても、無理矢理護衛をお願いしたに違いない。せっかくの休暇が潰されたような気がして、ナマエは本日何回目かの溜息をつき、分かりました、と首を縦に振った。

「いつから出発ですか?」
「それが急な話明日で、後で連絡しますわ。まだプラントにいらっしゃるのでしょう?」
「はい、そうですが・・・」
「なら、大丈夫ですわね」

綺麗な微笑みはナマエに劣らないが、どうしても黒いものが後ろにあるような気がしてどうしようもない。適当に笑っては交わすと、じゃあ行きましょうか、とエザリアに促した。

「では失礼します。ラクス」
「あ、あと一つ・・・・・・」

足を運び出したとき、ラクスが後ろから声を掛ける。もう溜息をつくのは止めよう、とはなるべくにこやかに(荷物に気をつけながら)振り返った。

「逃げないで下さいね?」

あぁ、やっぱり。

そう思わずにはいられなかった。










《相変わらず愛されているな、ナマエは》

通信機越しにアスランがくすくす笑うのを見て、ナマエは顔を顰めた。
この人は、他人事だと思って・・・っ!

「笑い事じゃないわ。だって追悼慰霊団っていったら大役よ?それの護衛任務よ?」
《いいじゃないか。俺の方にも週に1回ぐらいナマエに会いたいってメールが来ているんだから》

ナマエは、ふとアスランの表情がいつもと違う事に気がついた。どこが違うと言われても、分からない。ただ、笑っていても、笑っていなかった。

「・・・アスラン?」
《どうした?》

相変わらず、落ち着いて優しく問いかけるアスラン。やはり、そこにどうしても違和感が生じてしまう。滅多に通信機越しに離さないから、ちょっと見慣れていないだけかもしれない。地球にいるわけでもないので、Nジャマーが妨害している事はないだろうが。

「・・・・・・・何かあったの?」

その一言で、アスランの肩がぴくっと震えた。
翡翠の、綺麗な瞳が、さっきまで自分を見つめていたのに、目をそらす。

長い長い沈黙。

話して貰えない事が、信用されていないようで、辛い。

「困った事があったら、力になるから」
《・・・また時期が来たら、話す。だから、今は・・・》
「ん、もういいよ」

それより、とナマエは強引に話題転換をする。

「1回ぐらい帰ってきて、ラクスに顔見せたら?」

おじさまも多少は心配してるだろうし、と続けると、アスランはそうだな・・・と真剣に考え始めた。

《って、まぁ、実はもう帰る予定はあるんだが》
「そうなの?」
《強奪した四つの機体、あれを議会に紹介しなくちゃならないんだ。あと機体から抽出したデータはすでに本国の技術系に送ってあって、ナマエが乗る機体がロールアウトされたらしいから、それの授与を代わりに俺が・・・》

ナマエが乗る機体がロールアウト、と言った辺りで、ナマエが眼を輝かせた。

「そうなの!?私も行きたかったわ・・・」

自分の機体が手に入る。
それは、戦えるという事で、守れるという事でもある。仲間を守る力が手に入るのだ。
すると、意識していなかったが顔に出ていたのだろうか。アスラン少し呆れたように笑い、ナマエの名前を呼んだ。

《ラスティが守りたかったこのプラントを、守ろう》
「うん、そうね」

割り切れてはいるのか、とアスランは優しく微笑んでナマエを見つめる。その瞳は愛情に満ちていて、この鈍いナマエでなければアスランの気持ちにすぐ気づけたであろう。

「あ、じゃあまた後で会おうね」
《ラクスによろしくと伝えておいてくれ》
「了解。じゃあね」
《あぁ、おやすみ》

プッ――― と通信が切られ、ナマエは椅子の背もたれに身体を沈めた。

明日から、ラクスの護衛だ。
守るからには、絶対に守らなければならない。
死なせない。
でも、ラスティに守られて、結果彼を殺してしまった自分に、出来るだろうか?

また自虐の思考にはまっていると、さっきアスランから言われた事を思い出す。


――― ラスティがやりたかったことをする。

ラスティは死にたくはなかったはずだ。
なら、自分はラスティの分まで生き延びて、そしてラスティが成せなかったことを、するだけ。

(誰かを守って、自分も生きる・・・か・・・)

難しい事かもしれない。
でも、諦めたらそこで終わりだ。

自分ならきっとできる。

ナマエはそう心に言い聞かせて、眠った。










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