紅い機体、イージスは広い宇宙の中に点として存在する母艦ヴェサリウスへと帰還していた。
アスラン・ザラはナマエ・ミョウジの顔を直視しようとはせず、只一言『頼んだ』、とガモフに居るイザーク・ジュールに無理して笑おうとする彼女を引き渡した。

「何をやっているんだろうな、俺は・・・・・・」

イージスのOSをいじっていると、艦内に放送が流れた。

《クルーゼ隊長機被弾、帰投します》

CICの声が艦内に響き渡り、同様にざわめきが格納庫に響き渡る。

(クルーゼ隊長が被弾?)

その時あの幼馴染みの顔が思い浮かぶ。

(どうする・・・しかし・・・・・・)

もどかしい気持ちを何処に向けることもなく、アスランはOSを操作し続けた。










ミゲルから戻るように伝えられて、そのまま戻ろうとした時。
丁度ラスティがいる所をナマエ達は通過した。

その時メインモニターに映った、ラスティの顔。

『ラスティ・・・・・・』

ナマエがモニターを見つめながら無意識に呟く。アスランはなるべくそれを聞かないようにし、だがもう一度ラスティを画面越しに見つめた。
そして二人同時に画面を食い入るように見る。
ラスティの指だ。
ラスティの親指が立てられている。

アレは、ラスティの癖だ。
大丈夫、とか頑張ってる、とかそう言った肯定的な意味で、彼はあの動作をよくしていた。

ナマエが何か必死に叫んでいるが、アスランには何も理解できない。ただアスランは唇を噛み締めると更にフットペダルを強く踏んだ。
あのラスティの動作の一番伝えたかったであろう意味を、知ったからだ。

『アスランッ!!』

ナマエの声を無視し、アスランはラスティに敬礼を送った。
そして再び操縦桿を握る。

『俺は、キミを守る』
『何を言って・・・』
『何って。これは・・・・・・』

ラスティの意志だ。


ナマエを守って、そして平和な世界へと連れて行ってくれ。


そういう、ラスティの意志だ。

『割り切れ、とは言わない・・・でも、ラスティの気持ちは、キミだって分かっているはずだ。なら、今はこうするのが一番なんだ・・・ッ』










ナマエは自室のベッドで泣きはらした目を氷で冷やしながら横になっていた。
彼の名前をぽつりと呼ぶと、また涙が浮かんでくる。イザークは慣れた手つきでナマエの頬を拭い、大丈夫かと声をかけた。するとナマエはなんとか頷いてみせる。

「す、すいません・・・・・・ご迷惑ですよね」
「気にしなくて良い」

起き上がろうとするナマエをイザークは無理矢理押さえつけると、優しく頭を撫でた。

「次の作戦は、D装備で出るらしい・・・・・・」

D装備―――― それは要塞攻略の時にするモビルスーツの装備だ。それで出ると言うことはヴェサリウスとガモフを率いる隊長、ラウ・ル・クルーゼはこのコロニーを堕とそうとでも言うのか。ナマエは自分の体調が現在悪いことに少し感謝した。あの思い出の深い場所を、破壊することなどできない。

「頑張って欲しいですね・・・出るのはミゲル達だけですか?」

最後に出会ったのは一ヶ月前。そのときより若干やつれて見えるのは仲間の死が相当大きかったのだろう。無理に笑ってみせる姿は痛々しくて、イザークは目を背けた。

「あぁ」

先程クルーゼに渡された書類をイザークは渋々とナマエに差し出した。ナマエはそれを受け取ると目を通す。

「これは・・・・・・?」
「クルーゼ隊長がご厚意で長期任務に当たっていたナマエを今回の作戦から外し本国へ帰還するように指示された。さすがに疲れただろうからな。さっさと戻って休憩でもしていろ」

迷惑をかけっぱなしだ、とナマエは苦笑すると素直に頷いた。

「エザリア様に何か伝言は?」
「・・・・・・元気にしている、とだけ言っておけ」
「分かりました」

とりあえず一段落付くまではガモフで待機だ、とそう一言告げるとイザークは医務室を出て行った。

「・・・・・・・・・・・・・」

急に部屋全体が静かになった気がした。実際には部屋の隅の方で医師や看護師がなにやら作業をしているのだがそんな音は聞こえないのと同じ。そんな静かな部屋にアラーム音が鳴った。するとパタパタという音を立てながら医師が近づいてきた。

「あぁ、点滴は終わったようですね。じゃあもう行ってもらって構いませんよ」
「ありがとうございます、失礼します」

医師が手際よく注射針を抜くと、ナマエは軍服に腕を通しもう一度頭を下げると医務室を後にした。










「ナマエ?」

久しぶりに銀色のセミロングを見かけ、ニコル・アマルフィは声をかけた。くるりと振り返ると相手も懐かしそうに微笑み床を蹴ってこちらにやってきた。

「久しぶり、ニコル」
「お久しぶりです」

ニコルはモビルスーツから出てそのまま艦内を歩いていたようで、パイロットスーツのままだ。ナマエは怪我はないか、とさっと体を見たが特に目立った外傷はないよう。ホッと息をついたとき、ニコルが次の作戦の内容を話し始めた。

「D装備で出ると言うことは知ってますね?」
「うん・・・・・・でも、何で・・・・・・」
「D装備決定前の話ですが、オロールが被弾、ミゲルがエマージェンシー・・・相手は相当強いようです」

でも、D装備ということは、下手をすればヘリオポリスを破壊しかねない。
ナマエの顔にそのまま表情が表れていたのか、ニコルは心配そうに肩を叩き大丈夫ですよ、と落ち着かせる。

「まぁ・・・この前までナマエはヘリオポリスに居たんですから、『大丈夫』なんて簡単に言える物ではありませんけど・・・でも、クルーゼ隊長だってそこまでは考えていないと思います。仮にも一国家の土地なんですから」

そうだね、とナマエは無理矢理笑った。笑ったら、少しスッキリした。

するとアラートが艦内に鳴り響く。

「あ、僕ももう行かないと・・・じゃあナマエ、体大事にしてくださいね」

ニコルが軽やかに床を蹴り、去っていく。ナマエは反対方向へと足を進め、ブリッジに入る。艦長が座るシートにはゼルマンという男が座っていた。

「ゼルマン艦長」
「何だ?」

声も太く鋭い。作戦中の彼はいつもこうだ。
どっしりとした雰囲気でガモフにおいては父親のような存在で。そんなこととても言えないが、けっこう頼りにしている。

「今回の作戦ですが・・・」

自分の出撃はクルーゼから直々に断りを入れられているが、ザクで援護ぐらい出来るだろうと掛け合ってみる。
その時だった。

ゼルマンが前方を見据え、驚愕の表情を見せた。

「ヘリオポリスが・・・・・・ッ!!」

ゼルマンの声に振り返ると、モニターには数十分前には自分が居たであろう場所に亀裂が走っているのが見える。それは、即ち――――

「ヘリオポリスが、崩壊している・・・ッ!!」

思い出の場所が、宇宙の塵になっていくのがまざまざと見せつけられる。



自分が、つまらないことで体調不良になっていなければ、ラスティの遺体ぐらい回収できたかもしれない。

なのに、どうして、自分はこんなところでのこのこと・・・



ナマエは自分の手を握りしめた。
爪を立てたのか、血が流れる。

だがそんなこと気にならなかった。


こんな事になるなんて思っていなくて、この原因を作ったのが自分だと分かったとき、この感情がどうにも出来なくて、瞳から涙が一筋流れた。

その一滴は、何よりも重かった。










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