あれだけ下見をしていたにも関わらず迷っているのは、おそらく今も鳴り響いている爆弾の所為だろう。ナマエ・ミョウジは変わってしまったゼミの中を勘で走っていた。
自分の上がった呼吸だけが嫌に耳に付く。
しばらく走っていると、目の前に扉が見えた。扉にかかっているプレートには『工場区・西口』と書いてある。
ホッとしたのもつかの間、どうやら爆発の衝撃で扉が歪んでいるらしく開く事が出来ない。
何度かドアノブを動かしてみたがいっこうに開かず、また地面が揺れる。
天上がミシミシと嫌な音を立て始め、ナマエの額に汗が浮かんだ。

「しかたない・・・」

あまり肩を痛めるようなことはしたくなかったが、そんなことを言っている場合ではない。覚悟を決めたようにナマエは扉に向かって突進すると、勢いに負けバタンッといういい音を立て扉は開き、ナマエはそのまま前にのめり込んだ。

そして天上きしむの音とはまた違う嫌な音が聞こえ、そして次の瞬間には銃声が鳴り響いた。
左の二の腕を弾丸が掠める。
痛いと認識すると同時に現状を把握し、次の時にはナマエは太腿のホルスターから小型の拳銃を抜き、相手がいるであろう方向に向けた。

だが目の前にいたのは、良く見慣れた紅いパイロットスーツだった。

「ア、スラン・・・それにラスティ?」

銃を構えて引き金に指をかけていたアスラン・ザラと、そのアスランの銃口をナマエから逸らすように持っているラスティ・マッケンジーがいた。
アスランの翡翠の瞳が驚いたように見開かれている。その横でラスティが『焦ったぁ〜』と息をついた。

「ほらほら、だめっしょアスラン。仲間見間違えるとかさぁ」

ラスティは尻餅をついているナマエの横にスチャッと効果音を呟きつつ座ると、二の腕にそっと触れた。

「大丈夫?」

ラスティが手当をし始めると、アスランは意識が戻ったようにナマエのもとへ来た。

「すまない、大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「本当にすまな「あぁーもうアスランが謝りたいのは分かったからさ、手伝ってよ」」

ラスティが『ほれ』とアスランに包帯を投げる。アスランは渋々といった感じで口を閉じ、ナマエに器用に包帯を巻き始めた。

「こんな所でいいよ。先に任務でしょ?」
「たしかにそうだが・・・」
「敵だと思ったから撃ったのは任務としては正しいけど、仲間を傷付けた事に変わりはない」

ラスティがナマエをそのディープブルーの瞳で見つめた。
その瞬間、ナマエの頬が紅く染まる。

「僕なら許さないよ。仲間は大切にするものだから」
「そ、そんな・・・別に。でも、ありがと」

ナマエはそう言うと逃げるようにラスティから視線を逸らした。










彼に最後にあったのは、ヘリオポリスに潜入する前の日の事だった。
ラスティに『話しがある』と言われ、ナマエはヴェサリウス船内の宇宙を展望できる所でぼんやりと待っていた。

『ナマエ』
『ラスティ。どうしたの?』
『・・・もうすぐヘリオポリス行きっしょ?』
『えぇ』

ラスティは綺麗な動作でナマエの横につく。手摺りを握って、真っ直ぐに宇宙を見つめる瞳が、印象的だった。

『・・・・・・・・・・・・』

『ラスティ?』

『下手したら、死ぬかも知れないだろ』

それはそうだ。
ある程度仲の良い国のコロニーへ潜入するのだが、中で作業している国は敵対しているのだから。
ナマエはゆっくりと頷いた。そうね、と言いつつそれでも平気だと笑ってみせると、ラスティが眉を寄せた。

『だから、』

そう言った瞬間、ラスティは片手でナマエの腕を引き、抱き寄せた。ゆっくりと身体が流される。

『ラ、スティ・・・』
『僕・・・ナマエのこと、好き、なんだ・・・』

宇宙が一望できる場所で愛の告白。普通の女性なら間違いなく頷くだろうシチュエーションだが、ナマエにそれに応える資格がなかった。この任務で、自分は死ぬかもしれないのだ。 無言の戸惑いを感じ取ってくれたのか、抱きしめた腕を解いて、ラスティはナマエの頭を撫でた。

『絶対返事は欲しいからね。OKでもYesでも!・・・返事は、帰ってきてから、ちょーだい』

必ず帰ってこいと、そう言われた。












あれから数週間が経っていた。
返事の事などすっかり忘れていたが、彼の事は真剣に考えなければと思ってはいる。

「・・・ナマエ?」

包帯を巻き終えたアスランがナマエの顔を覗き込んだ。ナマエはハッとしてアスランの方を振り返る。

「終わったが、具合でも悪いのか?」
「いえ、大丈夫だから」
「じゃあいこっか」

ラスティはそう言うと優しく手を差し伸べるわけでもなくナマエの怪我をしていない方の腕をグイッと掴んで立ち上がらせる。それはラスティなりに気を遣っている証拠で、ナマエを普段通りに振る舞えるようにするためのものだろう。
ナマエは恐る恐るラスティを見ると、さも当然といったように笑っていた。


服越しに伝わる体温が心地良くて、
彼の事を真剣に考えなければと再確認した。

そんな時だった。









「ナマエ!!後ろ!!」

アスランの声と共に聞こえたのは銃声。振り返ると銃を持つ若い男が見えた。
しまった・・・と思ったのは銃声が鳴ってからで、次に感じるのは痛みかと覚悟をしていた。

身体が後ろに倒れていくのがよく分かる。

だが痛くはない。

なのに・・・顔に、ドロリとした何か垂れてくる。


血だ。

目を開ける、すると・・・

「・・・・・・・・・・・・っ」










目の前には、

透明だったはずのバイザーが

真っ赤に染まり、

自分を庇うようにもたれかかっている

ラスティ・マッケンジー

彼が

そこにいた。


「・・・?」

ナマエは呆然とながら起き上がると、ラスティが被っているヘルメットを外そうとする。が、ラスティを撃った男を撃ち返したアスランが走って来て、ナマエの腕を掴んで止めた。アスランがラスティの後頭部を見ると、ヘルメットに穴が空いている。
間違いなく頭蓋骨を割っているだろうと判断したアスランは、『手遅れだ』と一言告げるとナマエの腕をそのまま引っ張りその場から離れようとした。

「嫌よ、待って!!簡単に手遅れなんて言わないで!!」

ナマエは激怒し、再びラスティのもとへ戻る。
だがアスランはその翡翠の瞳を怒りに燃やし、ナマエの頬を叩いた。

「今はそんな事を言っている場合じゃないだろ!!誰の所為でラスティは死んだんだ!?」

その一言にナマエの肩がビクッと震える。

「分かっているだろう?だったら君はラスティの分まで生きなくちゃいけない!!ここで死ぬわけにはいかないんだ!!」

ナマエは唇を噛み締めると『分かった』という意味を込めてアスランを睨む。そしてそのままアスランに手を取られ共に走っていった。
何度か後ろを盗み見たが、やはりラスティが動き出す気配は無い。










君は言った。

無事に帰ってきて、と。

私は無事だった。

君のおかげで。

でも、君は死んだ。

私の所為で。

もう私の思いを君に届けることは出来ない。


私が無事だったら、

君は死んでも良かった?

言うだけ言って

返事を聞かずに死ぬなんて。

そんなの、

そんなの・・・・・・・・・



「不公平よ・・・・・・ッ」






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