―――― C.E.71年1月25日。
L3宙域に浮かぶオーブ連合首長国の資源衛生コロニー『ヘリオポリス』。
『太陽の都』の意を持つそれには何万という人が住んでおり、オーブの宇宙産業技術を大きく支えている。

かつて、核爆弾によって破壊された農業用コロニー『ユニウスセブン』とはまた違った暖かな雰囲気がヘリオポリスにはあった。



今、世界は戦争をしている。
『いつかは、ここ、ヘリオポリスも戦場になるのだろう』と沢山の人間が理解していたはずだ。
だが、この場所が今まさに戦場になると誰が予想しただろう。

すぐそばに、火種はあった。










そこはコンピュータルームだった。
大きなメインモニターにすごい文字の羅列が並んでいるが、そのモニターの前で高速タイピングをしている少女の目は当然のようにその文字を読み取っていた。

《おい、ナマエ。まだか》

少女、ナマエ・ミョウジはインカムから聞こえてきた声に眉根を寄せ、もうちょっと…と呟いた。

《予定時間まであとちょっとだぜ?アスラン達はもう準備ができてる》
「分かっています。もうすぐで赤外線が解けるので、待っていてください」

やれやれ…とインカムの相手は溜息をついた。

《何?ロスタイムの分は俺とデートでもしてくれるわけ?》
「この作戦が無事成功したら、いくらでも」
《え?マジ?だったら頑張っちゃいますよ、ミゲル先輩》

このインカムの相手であるミゲル・アイマンは口笛を吹いた。
ナマエはそんなミゲルを無視し、手を動かしたまま話しを続ける。

「そういえば、どうなったんですか?」
《………ん?》
「『ん?』、じゃないです。私は誰と合流したらいいのですか?」

今度はナマエが溜息をつく。ナマエが回収されるのは確定事項のはずだ。潜入する前に決まっていなかったので追って通達するということだったが、いつまで経っても連絡されないので痺れを切らして聞いてみたところ、忘れていたようだ。

《そうだった。あの後大変だったんだぜ?何せみんな『ナマエは俺が連れて帰る!!』って聞かなかったからな》
「意味が分かりません。それで?」

強引に話を進めていくナマエにミゲルは、はいはい…と仕方なく話を続ける。

《イザークが奪取する機体に乗れ。んで帰ったら俺とデートな》
「ご冗談を…」

ナマエは珍しくほくそ笑むと、音を立ててエンターキーを叩いた。

「完了しました。作戦開始です」
《OK。アスラン、イザーク、ディアッカ、ニコル、ラスティ、あとその他。作戦開始だ》

ミゲルの通信機越しに、作戦メンバーの《了解》という声が聞こえる。

《じゃ、俺も出なくちゃ行けないし、ナマエも頑張れよ》
「怪我、しないでくださいね?」
《へぇ、心配してくれんの?じゃあ怪我しないよ》
「では、ザフトのために」
《ザフトのために》

そう言ってインカムがプッ―――― と音を立てて切れる。
ナマエはその場にインカムを置き、床に倒れているこの部屋の警備員を見た。伸びている警備員は全て彼女が倒した者であり、何度か出会って会話した者たちも居る。そんなことを思い出してか、ナマエは悲しそうな表情を浮かべた。

「申し訳ありません。明日になったら目が覚めると思うので…」

聞こえていないと分かっていても、言わずにはいられなかった。
おそらく、何らかの被害はでるはずだ。
運が悪ければこの建物も倒壊し、この人達は死ぬだろう。

「…でも、オーブのコロニーなのに地球軍のモビルスーツを作っていた貴方たちも悪いのですから…」

その紅い瞳を細めてそう言うと、立ち上がりその部屋を出て行った。


悪魔の手は、確実に迫っていた。
だが、その悪魔も自らを守る為に迫っているのだった。










「おはよう」

扉を開け、ナマエは同じ工業カレッジ『カトーゼミ』の仲間に声を掛けた。
すると一番に振り返り、花のようにぱぁっとした笑顔を向けたのはミリアリア・ハウだ。

「おはよう、ナマエっ!!今日は遅かったけど、どうかしたの?」

『ザフトを呼び込んでいた』などと言えるはずもなくナマエは適当に笑って誤魔化した。
当然ミリアリアもナマエの性格を理解しているつもりなので、言いたくないならと追求はしなかった。

そもそもナマエはなかなか笑わない女の子だった。
他のカレッジの生徒はそんなナマエを『何か怖い奴』と思っていたようだが、面倒見の良いミリアリアが恋人であるトール・ケーニッヒと共にナマエの世話を焼くようになった。
そして話している内にナマエは人を避けている訳ではないと分かり、しつこく絡んでいるとようやく笑ってくれるようになったのだ。

「あ、おはよ。ナマエ」
「あー!!キラぁ〜ナマエが来た!!」

ナマエを見つけてあいさつをするサイ・アーガイルと顔を見た瞬間叫ぶカズイ・バスカーク。
サイはポンっとナマエの肩を叩くと茶髪のショートシャギーにアメジストの瞳を持つ少年の方を振り返った。

「キラがさ、またカトー先生に情報処理頼まれたんだって。でも前のが終わってないから手伝って欲しいらしいよ」

違和感を全く感じない会話。
外の世界では、ナチュラルとコーディネイターが争っているというのに、どうしてここは平和なんだろう。
ナマエがコーディネイターだと話した時も、何の違和感もなく『別に、関係ないよ』とミリアリアは笑ったのを覚えている。

そんな考え事をしていると、キラ・ヤマトが嬉しそうにナマエに近寄ってきた。

「おはよう、ナマエ。それでこのデータなんだけど………」

キラとナマエはそう言いながら定位置へ移動する。窓際のよく日が当たる席だ。
赤道直下のオーブと気候を合わせてあるため、一月でも気温は熱い。
『窓、開けるね』とナマエは微笑むと、窓の縁を一度軽く浮かせてスライドする。そうやって窓を開けないと、立て付けが悪いため動かないのだ。それを当たり前に出来てしまった自分に苦笑する。

自分はここに居すぎた、と。

窓を開けると風に乗って暖かさと共に春の芳香が部屋を満たした。
そんな平和な雰囲気に一瞬表情を緩ませたが、もうすぐここは壊れると思い出すと心の中が少しだけ痛いと感じる。

「ナマエ…?」

窓を開けてからずっと立ちっぱなしのナマエにキラは声を掛ける。
どこか遠くを見ているような、どこかに言ってしまいそうな表情を浮かべていたナマエはやがてゆっくりとキラの方を向いた。

「ん、ごめんね」

どうして謝るのか。
どうしてそんなに寂しそうなのか。

理解できない。

「さぁ、作業しよっか」

そう言ってナマエは椅子に座るとコンピュータを起動した。しばらくカタカタとキーボードを叩いていたが、その手が止まる。キラがそっとその表情を伺うと、またナマエはぼんやりとしていた。

「ナマエ…?具合でも悪いの?」

声を掛けたらまたいつもの笑顔を自分に向ける。
ナマエはクスクスと笑うと、『大丈夫だよ』と言った。

「あ、大丈夫じゃないのかも」
「えっ?」
「ほら、この前どっかのだれかさん達がここのクーラー壊したでしょ?やっぱ窓開けても少し暑いからぼーっとしてるのかも」

『どっかのだれかさん』であるカズイとトールが慌てて首を振る。

「アレはカズイがボール投げたのが悪いんだよ!!」
「あ、アレはトールがちゃんと取らなかったからだろー」
「こんな所でキャッチボールしてる奴が悪いわよ」

カズイとトールの責任の擦り付けあいにミリアリアがすかさずツッコミを入れる。
ナマエはそんなやり取りにクスクスと笑みを浮かべて、再び思った。


自分はここに居すぎた、と。




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