幼馴染みという関係に苛立ちを感じ始めたのはいつ頃だったか、そんなのは覚えていない。しかしはっきり言えることは、今この瞬間イライラしている。過去を振り返るのはあまり好きではないけど、もし横を歩いている幼馴染みが幼馴染みでなかったら、自分はもっと楽にアプローチできたんだろうか?なんて考える。

(今が居心地よすぎるから余計だよねー)

チラッと横を盗み見ると、風が吹いた影響で他の女子生徒のめくり上がったスカートの中を凝視しようとしている、ある意味知り合いと思われたくない幼馴染み、土屋康太くんがいた。

「土屋氏、土屋氏。ほって行きますよ?」

超小さい声で、あたかもこんなムッツリ知り合い程度で仲良くありませんみたいなしゃべり方をする。その意図を察してか、康太くんはバッと振り返った。

「…………(ブンブン)」
「いや、鼻血出したまま首ふられても」

見てたのは分かってるんだから否定してもしょうがないというのに。だからムッツリーニなんてあだ名がつくんだ。

「もう、遅刻したら大変だよー?今日は一時間目康太くんのだーい好きな保健なんだし」
「…………アルコールのパッチテストっ(ブッ)」
「え、今の単語に興奮する要素があった?」

あくまでも『保健の実技』だからだろうか?いや、でもそれで興奮していては康太くんは出血多量でとっくの昔に死んでいるだろう。

「…………アルコールのパッチテストはそのなの通りアルコールを使用するので、飲みはしないとは言え臭いが充満する可能性も十分あり得る。アルコールに耐性のない人は酔っぱらう人も出てくるかもしれない。姫路は酔いやすいのでその頬が染められた瞬間を狙って、シャッターを切る」

珍しく饒舌になったと思ったらこれだ。というか、そこまで頭が回って鼻血を出したのなら、その想像力はもう誉めるべきなのかもしれない。

「まぁ、がんばってね」

呆れるのも慣れてきているので、もう適当に相づちを打つことにした。










「じゃあこれを腕のこの部分に当ててください」

消毒液の臭いが部屋を満たしていた。これで酔っぱらう人はいないだろう。でもこれはまるで注射をするときのあの臭いだ。正直に言おう、気分が悪い。

「ん、」
「どうしたの名前?」
「や、ちょっと」

注射を思い出して気分が悪いなんて子供みたいなこと言えない。美波は心配そうに顔をのぞきこんで来る。

「酔っぱらって顔が赤くなるなら分かるけど、今真っ青よ?」
「ほら、消毒液の臭い充満しすぎてて、私臭いがきついの苦手なんだよね」

そう言った瞬間に倒れると理解できたのは幸か不幸か。
頭を打ち付けてこれ以上バカになっていないことを祈るだけだ。









「…………?」

目を開けるとそこは、見知らぬ土地だった。
なんて映画みたいな急展開はなく、保健室の天上が見えた。

「…………気付いた?」
「あ、康太くん」

仕切りのカーテンを許可なく開けて入ってきたのはもちろん康太くんだ。幼馴染みとは言え、女子が寝ているのだから許可ぐらいとってもいいようなものを。

「…………注射苦手だったから」
「あ、覚えてたんだ」

倒れるんじゃないかと予想していたらしい。倒れる前に止めてくれる方がありがたかったんだけど。

「ごめんね、迷惑かけて」
「…………今さら」

部屋が静まり返った。康太くんがベッドに腰かける。何だろうと思って顔をあげると、頭にそっと手がのせられる。

「…………心配した」
「え、あ、うん」

優しすぎる空気が何だか恥ずかしくてうつむいていると、康太くんの手が止まった。

「…………かい」
「へ?」
「…………我慢の、限界っ…」

言うなり視界の一部が灰色に染まる。康太くんの、髪だ。目を白黒させるしか、私にはすることがない。何が起きたんだろう。

「どした、の?」
「…………照れてた」
「まぁ、頭なでられたら、ね」
「…………可愛かった」

お互いの心臓の音が分かる。あぁ、抱きしめられてるのか、と理解するのに少しだけ時間がかかった。っていうか、何このたらし。いや、どうせそこに恋愛感情はないんだろうけど。

でも正直、嬉しいから顔のニヤニヤを押さえるのに必死だった。





感じる君の体温。




(顔が見られないのをいいことに鼻血を出していたのは秘密)










おまけ

「あ、名前!大丈夫?」
「美波!大丈夫だよ」
「まぁ体はどこもぶつけてないから大丈夫だと思うけど……」
「そうなの?」
「うむ、ムッツリーニが倒れる名前をキャッチしたからのう」
「な、バカなこと言わないでよ!席離れすぎでしょ!」
「照れるな照れるな。よかったのう(ニヤニヤ)」

康太くんなら可能?
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