『明日は来てね』
いつも約束を守ってやれないので、バレンタインのデートぐらいちゃんと時間通りに来いという彼女なりのお願いだろう。しかし何かと忙しいので今回も約束を守れるか分からない。仕方ないだろう、とイザーク・ジュールは溜め息をついた。
地球とプラント間の抗争は最近激化しており、母であるエザリア・ジュールは評議会の議員なので大変だ。そして息子であるイザークも何故かそれに比例する。
『すまない、今日も遅刻するかもしれん』
メールで今は遠くにいる彼女にそう伝えると、すぐに返信が返ってきた。
『仕方ないなぁ。でもまあこの心優しいナマエ様が待っていてあげましょう!』
馬鹿か、と薄く微笑みそこでイザークは携帯を閉じた。
「おかーさーん・・・」
テーブルに突っ伏し携帯を握ったままのナマエ・ミョウジが台所で料理を作っている母親にだるそうな声で話しかけた。
「どうしたの?」
「イザークさ、また遅刻するかもだって」
ふてくされている娘に苦笑すると、母親はテーブルの上に朝御飯を置く。
「仕方ないでしょ?評議会の子供も楽じゃないのよ」
「そうだけどさ・・・」
ぶつぶつ言ってないでご飯を食べる!と言われて箸を握る。
「あ、このキャベツ・・・」
もしかしてレノアさんの?と尋ねると、肯定が返ってきた。
「良いものが出来たっておすそわけして貰って」
「そうなんだ、ってせっかく作ったチョコレート火の近くに置かないでよ!溶けるでしょ!」
「あー、ごめんごめん」
他愛もない会話が続く。
この時まではこうして話していられると、
また彼に会えると信じていた。
『ごめん・・・』
イザークは作業用デスクから顔をはっと上げた。
「ナマエ?」
今確かにナマエの声が聞こえた。
しかし彼女がここにいる筈がなく、待ち合わせの時間を少し遅くして貰ったのだから、まだギリギリ家にいる時間だろう。
「まさか、な」
それともそんなに会いたいのか、と自分の惚れている度合いに自嘲していると、次第に外が騒がしくなってきた。うるさいぞ、と一渇入れるために扉を開ける。
「は?」
扉を開けた先、そこはまるで戦場のような光景でイザークは唖然とする。
すると廊下の向こう側からエザリアが走ってきた。
「イザーク!」
「な、何でしょう、母上」
ここまで狼狽えている母を初めて見たイザークにも、彼女の真剣さが伝わる。
「ナマエさんは!?デートの約束でしょう!?」
その一言とさっきの謎の声。
嫌な予感が脳裏を過り、悪寒が走る。
「いえ、予定をずらして・・・」
「ということは、彼女は『ユニウスセブン』に!?」
「えぇ・・・」
エザリアは目眩をおこしたのか倒れそうになったがイザークが慌てて支える。
「母上!」
「・・・・・・・・・・・・イザーク、ちょっと来なさい」
生気が抜けたような、さっきまでとは正反対のエザリアの様子に、黙って着いていくしか無かった。リビングに行き、テレビを付ける。
見たくない映像が、信じたくない映像が、映し出されていた。
中心から神々しく輝く爆発に、真空はプラントにあった空気を飲み込み、プラントに亀裂が走り砕け散る。
「なっ・・・」
そしてエザリアから、すでに知っているような物だったが、重い事実が告げられる。
「これは、ユニウスセブンよ・・・」
つまり、彼女はあそこに居たと言うことなのだろうか。
つまり、彼女は・・・
「ナマエは、死んだ・・・と?」
理解が追いつかない。
追いつかなくても良かった。
理解したくなかった。
「・・・そうよ」
その言葉を聞いたかどうか。
その前に部屋を出てしまった。
ナマエは死んだ。
本当なら自分と一緒にいたはずの、ナマエが。
テレビを付けて、もう一度そのシーンを見てみる。
どこのチャンネルも同じ内容をやっていた。
空虚な目で、ただ画面を見つめる。
ベッドへ腰を下ろせば、あっという間に身体から力が抜けてそのまま倒れ込んだ。
光がプラントを、砂時計を飲み込んでいく。
それがまるで彼女と自分の時間を終わらせたと嘲笑っているようで、
「・・・・・・・・・ナマエッ・・・」
必要なもの以外は全くない部屋に、ただ彼女を呼ぶ声だけが響く。
涙の後に現れた瞳には、怒りと決意が満ちていた。