『傷口』の山本sideです。
「ってーーー!!」
技術室にガラガラと木がぶつかる音と、痛いということを主張する叫びが上がった。
皆どうしたどうしたと自分の作業を中断し、自分の方に駆け寄る。資材が倒れた、ということで勿論担当教師も走ってきた。
「山本!大丈夫か?!」
「平気っすよ。あー、でも……」
擦り傷程度だがもうすぐ野球の試合があることを考えると、少しの事でも一応気を使っておくことにすると教師には伝えた。大したことはないので付き添いは不要、と周りのサボりたい心を読めないふりをして教室をさっさと出る。
技術室は校舎から数メートルの渡り廊下で繋がれた場所にあり、上の方から調理実習の良い匂いがしてきたので見上げると、黒川花と目があった。どうやら皿洗いの途中らしい。何サボってんのよ、と建物という高さもあってかものすごく見下され、思わず苦笑いをしてしまった。怪我してんだよ、と言い訳っぽいが傷口を指す。すると急に黒川が振り返った。何かあったらしい。自分もさっさと消毒して授業に戻ろうと校舎へ入り、保健室を目指す。
と、
「名字?」
保健室の扉に手をかけ、今から魔王を倒しにいきます、と言わんばかりの名字名前がいた。ハッと名字はこちらを振り返る。
「山本くんも怪我?」
ということは名字も怪我をしたようだ。まぁ保健室に来る用事なんてそれぐらいしかない。
というより黒川があのとき振り返ったのは名字が怪我したからか。だとしたら付き添いがないのがおかしい。黒川はなんやかんやで面倒見がいいから、付き添ってもおかしくない。黒川が無理でも笹川もいる。
(あ、わざとか)
俺と名字を二人にさせようと、そういうことか。気が利くというかずる賢いというか。
お互い怪我をした経緯やら授業はなんだったかとか他愛もない話をしながら保健室に入る。ラッキーなことにあの養護教諭は居なかった。
「救急箱は……っと」
戸棚からよく野球部で使われるようなそれを見つけ出し、名字を椅子に座らせると指先の傷口を見る。深くはないようだがまだ血は出ていた。本人は大丈夫だというが、普通に痛いはずだ。
「でも血が出てるぜ」
「そうだけど…」
何を考えていたのか、自分でも分からない。
ただ少しぐらい意識してほしくて、
ぱくっ
と相手の傷口を舐めていた。
血が、舌の上に広がっていく。
パニックになっている名字を眺めながら、かわいいなーなんて思っていたのは秘密。
あといつもの調子に見せかけて自分もドキドキしまくっていたのも、秘密。