彼が涙を流すところを見たのは、いつだったのか。
いや、忘れもしないウィンターカップ。誠凛と戦い、まさかの初戦で敗退するという屈辱を味わい、主将として気丈に振る舞っていたものの涙を流していたのを知らない部員はいないだろう。腫れてしまった目を冷やすようにと置いておいた氷は使ってくれたかどうか。『最後にてっぺん取って、お前に上からの景色見せたるわ』と笑った選手時代の今吉が受験モードに切り替わってから、会うこともすっかりなくなった。もともとマネージャーとして良く話していた分、合わなくなり話さなくなり、寂しくなったのは自分だけなのだろうか。

(一応本気にしたんだぞーこのやろー)

腹黒なんて言われるが、てっぺん取ると言ったのは本心だったはずだ。それにあのときのワクワクしていたような表情と、闘争心を顕わにした雄の表情に、惚れてしまったのは誤算以外の何物でもない。あんな奴に惚れてしまうなんて。

(それが、部活終わってしまったとたん会わないんだもん。つら…)

他のマネージャーは時々会うって言っていた。ということは、避けられていたりするのか。よし、考えるのはよそう。

(うぅ、さぶい…)

もう受験も終わり、自分は私立だったので早く終わって、あとは卒業式を迎えるだけとなった。国公立組はまだ頑張っているところだろう。私立組も遊ぶのは自重しているので、本当に終わってしまった自分は暇でしょうがない。あまりにもだらだら過ごしていたのを、母にたたき起こされて『暇ならスーパーで買い物してきて!』とリストを渡されて追い出された。酷い。そして寒い。けっこう文字通り追い出されたものだから、コートは羽織っているがマフラーを取る隙がなかったため、首回りが寒くてしょうがなかった。
早足でスーパーへ向かい、ようやく暖房の効いた店内へ入る。

(あ、)

噂をすれば何とやら。今吉が決して広くない文房具スペースでシャーペンを凝視していた。こちらには気づいてなさそうなので、せっかくだし声をかけてもいいんじゃないか、と思って近づいていくと、

「しょーちゃん!」
「ちょ、何やねん。急に抱きつくなや」
「いいじゃーん。最近勉強ばっかりでちっともかまってくれないからさみしーの」
「もうすぐ受験や。それ終わるまで我慢しとって」

今吉と同じようなミステリアスな雰囲気をまとった綺麗な女性が、今吉の背中に抱きついた。なんて、タイミングの悪い。
踏み出した足を器用にくるっとターンさせて元来た道を戻る。そういえばお母さんに買い物頼まれたんだった、と1分後に気づいた。

(うー。戻りたくない)

だが何も買わずに帰ったらきっと怒られるだろう。それに、今吉も彼女っぽい人ももう帰っているかもしれない。よし、さっさと買い物をして戻ろう。そう心に決め、またスーパーへ入ろうとすると、またタイミングが悪かった。あの二人だ。

「ん、名字やん」
「おー、す。久しぶり」
「誰?この子。可愛い!しょーちゃんの彼女?」
「あほ、ちゃうわ。部活のマネージャーや」
「えー。つまんなーい」
「…名字、買い物か?」
「うん」
「…ちょ、いつまでひっついとんねん。はよ帰り」

しょうがないなーなんてミステリアス女子は笑いながら今吉の腕から離れて、手を振ってどこかへ行ってしまった。そんなことよりも、少しだけ嬉しい単語が聞こえてきた気がする。

『しょーちゃんの彼女?』

わざわざそんなことを聞いたと言うことは、あの人は今吉の彼女ではないのだ。それだけで気分は急上昇するのだから、本当に単純である。しかしあのべたべた具合と言い、ミステリアス女子は何者なのだろうか? うんうんと唸っていると今吉が私の服の袖をつんつんと引っ張った。ちょっと可愛いじゃないかちくしょう。

「買い物、行くんやろ?」
「そうだけど?」
「はよ行こ。寒いわ、ここ」
「え、いや、寒いなら帰れば?」

なんと可愛くない返事だろう。今吉が付いてきてくれると言っているのだから素直に頷いておけば良い物を。

「何のためにあの女帰した思てんねん」
「知らないよ。てか誰」
「従姉妹や。いーとーこ。珍しく遊びに来とってん」
「へー」

マフラーがなくて寒すぎたはずだったのに、顔が熱くてしょうがない。従姉妹さんに嫉妬をしていたのか私は。店内は暑いなーなんてぼやくと、薄着やのにすごいな自分、と今吉が笑う。

「で、何のために帰したの?」
「えー。嫌やわー。わしの口から言わせんのかー?」

名字のスケベー、と言いながら母親から預かったメモを取り上げ、リストを確認する今吉。どうやら本当に買い物に付き合ってくれるらしい。店内をうろうろすること数分。楽しい時間はあっという間に終わり、店を出た。

「わざわざありがとね」
「いや、重いやろ。家まで運んだるわ」
「や、さすがにいいよ。ほんとありがと」

じゃーね、と手を振ろうとして、不意に今吉の手が私の腕を取った。

「へ?」
「…ん?」
「いや、なんで今吉が疑問符浮かべてるのよ」
「ほんま、謎やな」

こっちのセリフだ!と無性にこみ上げてきた笑いと共に言えば、思い出したと言わんばかりにわざとらしく手を叩き、今吉が先ほど取り上げたリストを帰してきた。

「返すわ」
「お、おう…?」

メモをぐしゃぐしゃにして手に握り込ませられる。その時強く手を握られたものだから、冷気で落ち着いてきた頬の熱がまたぶり返してきたようだった。

「何や、自分。熱でもあるんか?顔赤いで」
「な、だ、大丈夫だし!」
「そんな寒そうなかっこしてるからや。これ使い」

そう言ってモスグリーンのマフラーを首にぐるぐると巻き付けられる。口元をマフラーが覆ってしまったから、今吉の匂いがして、もう頭がくらくらするようだ。こいつはどういうつもりでこんな事をやっているんだろう。にやけそうになる顔を見られなくて済むのはいいけど。

「ほな」
「え、ちょ!今吉も寒いでしょ!」
「んー。いや、むしろ熱いぐらいやわ」

ひらひらと手を振って去って行く今吉の耳は、何となく赤く染まっていて。何かあったのかなー、とふと気になって手元のメモを見れば、母が書いたリストなどではなく、部活時代に部誌でよく見た今吉の文字で、はっきりと書かれていた。


『てっぺん取るまでもうちょい待っといてや』


そういえばあいつの目標大学は日本最高学力を誇るT大。『てっぺん』とはそういうことか、ともう一度今吉の後ろ姿を見ればまだ耳は赤い。
もしかして、そういうことなのだろうか。
もう一度だけ、期待しても良いだろうか。





刹那の夢





(大学合格発表までのあと数日間。それまでは自惚れさせてよ)

(その夢、絶対叶えたるわ)












切甘からのハッピーエンド?
すみませんでした!!!!←
切なくない。甘くない。ハッピーエンドかどうかも皆無。
これは、リクエストを達成したと言うにはおこがましいレベルですごめんなさい←
苦情受け付けますすみませんでした!!!!←
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