※『声を聞かせて』『こころ』の未来設定





カタン、とポストに何かが投函される音が聞こえて、軽くはない足取りでポストへ向かい中に手を入れて探ると、今時珍しいメルヘンな封筒が出てきた。メールが主流となった近年になって、手紙は最近見なかったように思う。それをくるりとひっくり返すと、メルヘンな仕様に全く合わない雑な字で『緑間真太郎様』と書かれていた。

ずっと一緒にいた幼なじみ少女が、初めて自分の元を離れてその少女の彼氏でありこの手紙の送り主である高尾と同じ大学へ行ったことは知っている。それ以来も勿論交流は有ったものの、いきなり手紙を送ってくるというのは、どうしたのだろうか。彼女に、大切な幼なじみに何かあったという訳ではない。それならメールをしてくるだろうし、そもそもこんなメルヘンな封筒じゃないだろう。

「全く、何なのだよ」

明日は大学で受けている講義のレポートを提出しなくてはいけないというのに。医学部は本当に多忙だ。
封筒を開けて、中身を取り出す。どうやら手紙ではなく、メッセージカードのようだ。

「………な、に」

開けば飛び出してくるメッセージカードが告げているのは、簡単に言うと『私たち結婚します』というもので。下にまた雑な字で『結婚式来てくれよな!ラッキーアイテム置ける椅子も用意しとくから☆』と書かれていた。

「……………」

結婚するのだろうということは、何となく理解していた。高校、大学と付き合っていたし、高尾が18歳になった時に真剣にブライダル雑誌を本屋で立ち読みしていたのを目撃したこともあった。読んでいたのは高尾だけだったが。彼女は彼女で高尾と出会って驚くほど変わった。今までは自分の後ろに隠れて、他人と話すときはこの決して人と慣れ合うことが得意ではなかった自分を経由しなければいけないぐらいだったのに、高尾と話そうと努力し、あの軽薄さに感化されたのか、自分から友達に話すようになり(いやまず友達が出来ただけでも快挙だ)、大学生になるとき初めて自分の元を離れることを決意した。
少しさみしいと感じたのは自分だけだったはずだ。彼女は、幸せそうだったからだ。

そう、結婚は感づいていた。
二人なら(その内片方は不本意ながら)よく知っている人間だし、幼馴染みを幸せにしてくれるだろうと(本当に不本意ながら)信用している。だから、結婚は素直に祝えるだろう。

それよりも、今、自分には不愉快な事態が起こったのだ。

一瞬携帯に触れることを躊躇うように手が止まったが、それでもこの不愉快を拭うにはこうするしかないのだと、電話帳を開けるまでもなくすっかり指が覚えてしまった番号を押していく。数回のコールの後、聞こえてきた声にホッとして、その名を呼んだ。

「久しぶりだな、名前」










よく遊んだ公園へ小走りで近寄れば、かつて一緒に遊び、今日呼び出した本人である真太郎が立っていた。子供がたくさん居る公園が落ち着かないのか何度もメガネを直していて、それならここを待ち合わせ場所にしなければいいのに、と思う。

「真太郎」
「あぁ、名前か。久しぶりだな」
「うん、どうしたの?急に、電話なんて」

真太郎の目を見つめると、一瞬だけ躊躇った後、『まず、結婚おめでとうと言っておくのだよ』と少しだけ寂しそうな目で言われた。そしてまた何か言おうと思ったのか、口を開けては閉じ、を繰り返す。

「真太郎?」
「…はっきり言う」
「う、ん?」

「俺と名前は幼馴染みだ。大学こそ違うが、生まれたときからずっと一緒にいたのは、俺達だろう?」
「そうだよ」
「じゃあ、俺と高尾が会ったのは、高校の間だけなのだよ」
「うん」
「要するに、」

はっきりと言うわりには前振りが長いな、と笑顔で聞いていれば、真太郎はまた眼鏡を直した。そんなにずれてないんだけど。

「俺は、仲が良いと表現するなら確実に名前の方だ。だから、結婚報告は、お前の口から聞きたかったのだよ」

なのに手紙が送られてきた相手は和くんからで、もう真太郎のことは忘れてしまったのかと思って、必要じゃなくなったのかと思って、不愉快だった。そう真太郎は言った。





「……ふ、ふふっ」
「な、何がおかしい!」

いきなりのカミングアウトに、正直、嬉しくなる。だって、真太郎は私から結婚報告が聞きたかったと言った。仲良しの私から。不器用な彼のこれ以上ない……和くんが言うところの『デレ』じゃないか。

「やっぱり、おは朝の占いは当たるんだね」
「は?」

傷つけてしまったお詫びに、事の次第を説明しようと思った。

「あのね、私と和くんでどっちが真太郎に報告するかって、勝負したんだよ」

二人とも真太郎には自分が報告するんだって聞かなくて、危うく喧嘩に発展するところだったことも冗談を織り混ぜて伝える。二人で一緒に言いに行くという手もあったが、それにしたって結婚しますと言うのはどちらか一人で、散々もめた結果、緑間流に則って一週間ありとあらゆる人事を尽くした後じゃんけんで決着を着けようということにした。じゃんけん当日の日、私の星座と血液型を総合して見てみると、和くんより運勢は上で、おは朝にも「今日起きた出来事は未来の貴方を幸せに導くでしょう」って言われた。だからその日のじゃんけんは勝てると確信していたのに、負けてしまった。余りの落ち込みぶりに和くんも慰めてくれて、二人で言いにいこうな、なんて言ってくれたけど、それは運命に逆らっているような気がして、和くんが報告してって言って諦めた。


「でも、私が言った方が良かったってことだよね?」










本当に嬉しそうに彼女がそんなことを言うものだから、もう不愉快な気分などあっという間にどこかへ飛んでいった。

「……その、一ついいか」

眼鏡を押し上げようとした手を止めて、思いついた事が口から溢れた。

「抱き締めても、いいか?」

目をぱちりと開いて、じっと俺を見ていると思ったら、またクスクスと笑い出す。変な事を言ってしまったということにようやく気づいた。

「け、決して他意はないのだよ!純粋に、幼馴染みであるお前が、」
「うん」


ぎゅう。


そんな可愛らしい力で、俺の背中に腕が回される。自分から言い出しておいて、抱きしめ返すことに躊躇ってしまった。





私の故郷





(しんたろ、)
(ん)
(わたしね、ちいさいころ、しんたろとケッコンするんだろうなっておもってたよ)
(おれも、なのだよ)

それでも、
いまきみが、
しあわせそうなえがおをしているから、
そのとなりがおれでなくてもいいとおもえただけで、

きっとこれは恋じゃなくて、
愛だとおもった。
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