夜の並盛。
雲雀が目を光らせていると言う感じもなく、ただ暗いだけの平和な雰囲気の中、竹寿司の屋根の上で二人は話していた。
「なー」
「何?」
「思ったんだけどな、名前っていくつ?」
黒、という言葉を体現したような彼女は、機嫌を悪くしたのかムッと口をへのじに曲げた。今でこそこれだが、初めて会ったときは無表情だったものだ。
「知ってた?女性にそれを聞くのは失礼なの」
「ってことはそれだけ年取って……」
その時彼女の表情を見てハッとする。彼女は笑っていない。
「ごめん」
いつだったか、彼女の保護者的な存在(だと勝手に思っている)であるXANXUSが言っていたことを思い出す。
彼女は長い間一人で戦って来たのだと。
「ごめん」
もう一度謝る。
こんな風に謝れば彼女は許してくれると分かっているから、たちが悪い。
「もうね、」
「ん」
「忘れたの。いろいろ」
滅ぼしてきた敵。
死んでいった同志。
そして自分のこと。
「でも覚えてることもあるの」
「それって」
「全ての始まり」
それは彼女がフレイムヘイズになる前のこと。
ただ黙々と草を刈っていく女の子がいた。
農家の生まれだが、当時農薬や除草剤なんてものはなく、雑草は手作業で刈るしか無かった。
しかし女の子はそれをしんどいと思ったことはなかったし、むしろついこの間誕生日になって、以前使っていた大人用の少し大きな鎌ではなく子どもでも使えるような小さな鎌をプレゼントしてもらったことで、作業は快調に進んでいた。
「×××ー」
自分の兄にあたる緑の髪の青年が声をかけてきた。おそらくいい加減休めと言いたいのだろう。
「何ー?まだ終わってないよー?」
「そんなに頑張らなくても大丈夫ですー。いいから、ご飯食べますよー。ミーはお腹減りすぎて死にそうなんですからー」
「はーい」
抑揚のない兄の声は今でもはっきり覚えている。
兄は声を荒くすることはなかったし、いつでも冷静で一緒にいて落ち着けた。
しかし初めて兄が女の子を怒鳴り付けたのが、女の子がもつ兄の最後の記憶だった。
「な、んですかー、これ」
目の前には変な物体。
生き物でもなんでもないが、それは動いている。
「×××ー」
「なに……」
「逃げてくださいー」
分かる。
あれは危険だと。
そして倒せる相手ではないと。
なのに、兄は一人で逃げろと言う。
「二人じゃ、ないの?」
「ミーは、少しあれに用事があるのでー」
あるわけないのに。
兄は無理やり逃がしてくれた。
一度振り返ったときの『さっさと逃げろ』と語尾を伸ばすのも忘れて怒鳴り付けた声。
走って走って、何処へ行ったらいいか分からなくて、不気味な色に包まれた世界は果てしなく続いているようでそれより先に進むことを許さなかった。
――― おい。
声がした。
兄の声でもなく、もちろん自分のものでもない。
――― 生き延びてぇか。
「う、ん」
――― 保証はしてやる。だが俺にお前の存在全てを捧げろ。
「悪魔、さん……?」
――― まぁてめぇからしたらそうだろうな。
「魂、をとられ、るの?」
――― はっ、だったとしたら断るか?
「ううん、生き延びたい。だから、」
力をください。
生き延びるための。
「それが、XANXUSとの出会い?」
「そして、始まりの記憶」
彼女はまっすぐに夜の空を見つめていた。
「……お兄さんは?」
「遅かったわ。私が武器を取ったときには、もう」
「そっか」
下手な慰めはしない。
それは彼女を傷つけることになるのはわかっているし、何より彼女が慰められることを必要としていない。
「じゃあその大鎌って」
「そ、兄さんがくれたプレゼントを加工したもの」
大鎌を見つめる彼女の目は、軽く嫉妬できるぐらい愛情に満ちていた。
あとがき
パソコンサイトのブログで少し書いていた「灼眼のシャナ」のパロディーで山本夢でした。