図書室で本を読んでいたときでした。
普段は正面の椅子に座っている名字さんがいないので、視界に安定感がないながらも、本を読むのには支障がなかったので、普通に過ごしていました。それからどのぐらい時間外経ったのか分かりません。何を思ったのか、ふと視線を上げると、自分の正面に、小さな可愛らしい袋が置いてありました。

「え、」

手に取ってみてみると、丁寧に『読書に集中してください。いつもお世話になっているお礼です。』と書かれたメモ付きでした。どう考えても彼女が自分にくれたもので、そう言えば今日はバレンタインでしたね、と図書室に張ってあるカレンダーを見ました。
それにしても、いくら集中していたとはいえ、目の前に荷物をおかれて気がつかないなんて、あり得ません。

(あ、)

これが、みんながいつも思っていることなのか、と。
まさか自分が相手の存在に気づかず驚かされるなんて、と声を押さえてクスリと笑えば、始終見ていたのか司書さんもニコニコ笑っていました。










正面突破は、無理。
左右も見事に固められている。
後ろは、窓。

(………はぁ)

これは洗礼を受けるしかないのか、と黄瀬は覚悟を決めて前を見据える。にじり寄ってくるのは、チョコレートを持った大量の女子生徒たち。ちなみに左も女子生徒だが、右は嫉妬に狂った男子たちだ。ここは二回で、飛び降りることもできるが、怪我をするぐらいならおとなしくチョコレートを貰おうと思ったのだが。

「あ、黄瀬センパーイ」

窓の外からかかってくる声。地面を見下ろすと、かわいい無愛想な後輩が見上げていた。

「あ、名字っち!」
「あげますー」

ぽいっと投げて寄越されるのは小さな袋に入ったチョコレート。その瞬間殺気立つ周りの空気に、もう飛び降りるしかないと覚悟を決めた。

「え、ちょ、」
「ど、退いてっスぅぅっ」

着地を決めると頭上から聞こえる『黄瀬くーん』という声から逃走しようと、名字っちを抱き抱えて走りだした。










赤司はバレンタインという行事が、実は少しだけ気に入っていたりする。もちろん数の上では黄瀬にも劣ってしまうが、そんなものはそもそも勝負するのが間違いで、あくまでも女性が気持ちを分けてくれる、そういったものだと思っている。というより今はそんなことを言いたいのではない。

(俺もずいぶん生徒会長のポジションに近づきつつあるな)

机に並べられたチョコレートやらプレゼントはもちろん女子生徒のものもあるが、中にはこっそり教師陣のプレゼントが紛れ込んでいたりする。要するに、そういうことだ。

(…まぁ、先生方からもらえただけで、今年の成果は大きいか)

珍しいのかどうかは知らないが、あと数日とすれば生徒会選挙が始まる。他の学校ではもう行われたという話も聞くが、帝光中学校はこの季節に生徒会選挙を行う。思わずこぼれた笑みだったが、ガラリと開かれたドアに慌てて口元を引き締めた。

「あ、ニヤニヤ中すみません」
「…ニヤニヤしていない。それより、どうした」
「意外でした。赤司先輩がチョコレート貰って浮かれているなんて」
「していない。もう一度聞く、ここに来たと言うことは何かしら用があったんだろ?」
「ニヤニヤ赤司先輩にさらに収穫量アップでニヤニヤ倍増なチョコレートを差し入れにきましたー」

この後、何度も違うと言い続けたが、名字に口で勝てる気がしなかった。










「眼鏡…ツンデ……緑間先輩」
「いい加減聞き逃してやるのも難しいレベルなのだよ!」

教室で爪を整えていたらふらりと現れて真横に立ったかと思うと名前を呼ぶ前に、本人曰く『愛称』俺曰く『悪口』を呼称し、俺をいらつかせる。何のようだ、と睨み付ければ、本はまだですか、とわざわざ良いにきたらしい。この間の美術部の代表で出展しに行ったせいか読んでいた本を俺が抜かしてしまい、今では俺が貸すようになっているのだ。

「わざわざ催促しに来るとは暇としか思えないのだよ」

ちょうど先ほど読み終わったところだったので本を渡して、去って行くかと思えば、そうでもない。まだ何かあるのか、と顔を上げれば、差し出されたのは小さな袋に入ったお菓子と、今女性の間で人気の、かつ今日のラッキーアイテムである香水だった。

「どうせ、恥ずかしくてこんな香水が売っている店、入れていないでしょう」
「っ……余計なお世話なのだよ。だが、」
「バレンタインのプレゼントの1つなので、素直に受け取っておいてくださーい」

もちろんお返しは三倍でーす、とわずかにスキップで去って行く名字を見送り、しっかり値札の貼られた香水を見て、三倍して、返す金額にわずかに冷や汗をかいた。










目の前に現れた小さな後輩こと名前ちんは右手に紙袋、左手にゴミ袋を提げてわざわざ俺のところにきた。

「なぁにー?」
「紫原先輩は、量より質ですか?質より量ですか?」

それに対抗するように俺の机の右側にはスクールバッグ、左側には今日貰った大量のお菓子がある。

「おいしければどっちでもー」

正直、量は足りていると思う。しっかり山積みになったお菓子たちは十分な高さがあるし、後で桃ちんも『買ってきた』お菓子をくれるって言ってたから、大丈夫だ。それになにより、

「けど、せっかくだから手作りがあるならそっちがいいし」

積んであるのはコンビニで買えるお菓子ばかりで、スナック菓子も好きだけど、手作りのお菓子だって大好きだ。そう言えば名前ちんは分かりました、と言って紙袋を差し出してきた。

「一応、一番美味しくできたやつです!」
「え、まじ?嬉しー」

受け取ってありがとーございましたー、と頭を下げれば名前ちんもこちらこそー、なんて真似をして、お互い笑った。










どうせ浮き足立つから生徒をさっさと帰らせて職員会議をしてしまおうという魂胆らしく、今日は部活がないが、もちろん黙って自主練をしている。一日だってバスケに触れられないのが辛い、病気かもしれないがそういうのがあったっていいんじゃねーの。

「で、俺にはねーの?チョコ」

あいつら全員貰ったって言ってたのに、青峰にはまだだ。会ったときに貰えるのかと思ったが、こうして顔を合わせてしばらくしているというのに、貰える気配がない。いつもの特等席、ステージの上でスケッチブックを取り出してガリガリ何かを書いている。

「あります。私の横」
「いや、くれねーの?」
「待ってください」

必死になって描いている姿は初めて見るが、まぁ好きにやらせておくか、としばらくゴールに向かってバンバンシュートを放っていたが、ふと意識を戻してステージを見ると、寝ていやがった。

「おいおい、こんなとこで寝たら風邪引くぞ…」

暖かくなってきたとはいえ、だ。近づいて体育館の隅に置いてあったジャージを掛けてやると、急いで書いた字で『青みねセンパイへ』と書かれた紙が一枚置かれていた。

「いや、センパイは良いとして、峰ぐらい漢字で書けよ…」

俺だってテストの日なら漢字で書くぞ、とぼやきながら紙をめくると、自分がいた。

バスケでダンクを決めている瞬間で、俺ってバスケしてるときこんな顔してるんだな、と見つめてしまった。隣に置いてある小さな袋にも『あおみねセンパイへ』と書かれた付箋が貼り付けてあって、この字は眠そうだ。

「貰うぞー。両方とも」

ステージに上がって、ぱくりとケーキを食べれば結構うまくて、これからこいつにマネージャーやらせればさつきのまずい飯は食わされずに済むかなー、とか考えながら少し暖かくなった風を感じながら、自分も横になった。





ちょこっとしたありがとう





(私の絵を見つけてくれて、名付けてくれて、光を与えてくれて、ありがとう)
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