ふと意識が浮上し、腕に暖かい重みを感じて、そういえばと口元に微笑みを浮かべて、腕の中で眠る彼女を見た。伏せられた瞼と、呼吸するときに薄く開く唇にそっと口づければ、シーツがするりと肩から落ちて、ナマエさんの素肌が覗いた。

(あ、)

そうだった、と顔が一気に熱くなる。
昨日、付き合えたという衝動ともう時間がないという焦りから、けっこう勢いに任せて、抱いてしまった。

(下手じゃないと思うんスけど…)

経験は、ある。だから不愉快になるようなことはしていないはずだ。すぅすぅと寝息を立てるナマエさんの頬をなでると、瞼がぴくり、と動いた。

「りょ、た……?」
「はよーっス。その、結構無理矢理やっちゃって、ごめんなさい」

見つめたまま何度か瞬きを繰り返し、ナマエさんはクスクスと笑い出す。すると、すっと背中に腕が回りすりすりとすり寄ってきた。ナマエさんの体が密着して、またドキッとしてしまう。

「ナマエさ、」
「嬉しかった。涼太の本気がもっと見えたから」

あぁ、愛しい。
愛しくて、欲しくて、手に入って、それなのに、もう自分の頭の中では無視することができないぐらいはっきりと時計の音が聞こえている。
ぎゅう、と抱きしめれば何かを感じ取ったのだろう、ナマエさんが背中に手を回してきて、より体を密着させてきた。

「この音、」
「へ?」
「止まったら、涼太は帰るのよね」

嘘だ、と思って自分の胸に手を当てる。いつも通り、心臓がドクドクとなっているだけで、でもナマエさんは寂しそうに目を閉じていた。

「何を、」
「時計の音。私には聞こえるわ」
「部屋の時計の音じゃ…」

違う。
ナマエさんはまたすり寄ってきて、つぶやいた。その声はその『違う』を否定してくれることを望んでいるようで、あぁ、彼女が好きでも幸せにできないのか、と悟った。

「涼太と初めて会ったとき、ね」
「は、い」
「カチリ、って時計の音が聞こえたの」
「………」
「それから別に聞こえなかったんだけど、一昨日ぐらいから、意識したら時計の音が聞こえるようになっていって。涼太が言ったとおり、家の時計なのかなって思ったけど、違うの。涼太が傍にいて、涼太を意識しようとしたとき、聞こえてくるの」

分かってたんだ。だから、勝負してくれて、ある意味勝つ自信があったからあきらめてもらおうとしてたんだ。

でも、

「それでも、一緒にいたかったから、こうしてるんス」
「私も、後悔なんてしてないわ」


聞こえてくる時計の音は怖くなくなった。
この一秒一秒が、彼女といられた時間の長さだと、気づかされた。










とりあえず時間を少しでも無駄にしないために家から出てデートをすることにした。なんだかんだで結構外出していたことも多かったし、ナマエさんと一緒の時間が多かったから目新しいことなんてなかったけど、それでも手を繋いで歩けるのは、新鮮でしかなかった。

「そういえば、順番、すごいっスねー」
「何が?」
「だって、付き合う前にキスして、お姫様抱っこして、付き合ってからシて、手をつないだんスよ?」

そういわれるとそうね、と物思いにふけるナマエさん。こんな話をしても顔を真っ赤にしないどころか冷静に分析しだすんだから、なんというか、慣れているのがすごくむかつく。今までナマエさんに手を出していた男たちをボコボコにしてやりたくなる。でも、キスしたのは自分が初めてだと言っていたから、それはそれで良しとしよう。

「あ、涼太」
「なんスか?」
「ちょっと、寄っていい?」

ナマエさんが指さした先には、アクセサリーショップだった。





「こんなんどうっスか」
「んー、もうちょっとシンプルなの」
「じゃあこれとか」
「モデルなだけあってセンスがいいのは分かるけど、それも…」

ナマエさんに似合うアクセサリーを選んでいたら、けっこうくるダメだし。軍にいるときに使うようなのか、結構シンプルなのを探しているみたいだ。派手な配色もダメ。

「あ、」
「どうしたの?」
「ちょっとあっち見てくるっス」

ナマエさんがほしいものとは違うだろうけど、とっても似合いそうなのを見つけた。ナマエさんの紅い目にすごく似合っている、ネックレスだ。お金はナマエさんからもらったものだけど、プレゼントとして渡したい。

(気づかれないようにレジまで持っていくのは大変そうっスねー)

店員さんにバスケで培われたアイコンタクトを送りまくると、さすがコーディネイターというべきか、ニコニコしながらレジから離れてきてくれた。

「あの、これ、包装してほしいんスけど…」
「彼女さんへのプレゼントですか?かしこまりました」

よくできた店員だ。いや本当にすごい。こっそり品物とお金を受け取ると、またしばらくして包装されたプレゼントを渡しに来てくれた。

「頑張ってくださいね」
「はい!」

仲良しそうでなによりです〜なんて言って去って行った店員は無駄ににやにやしていて、買いたいものが見つかったのかナマエさんはレジへ何かを持って行ったみたいだった。





それからナマエさんと店を出て(何を買ったのかは教えてもらえなかった)、またぶらぶら手をつなぎながら歩いていると、聞き覚えのある声が横から飛んできた。横というのは、バスケットコートのある例の場所だ。

「そこの金髪ぅ〜」
「涼太っス!」
「そーそー!リョータ!バスケやろーぜ!」

この前のナマエさんに絡んでいたバスケ野郎たちだ。すっかり懐かれてしまったというか、嬉しいけど。

「や、でも…」
「いいんじゃない?やってきたら?」

ナマエさんも楽しみなのか、きらきらした目でこっちを見てくるから、断れなくなって袖をまくってコートに入る。

「一回だけっスよー?」
「写真撮るから、一回と言わずにもうちょっとやってて」
「ナマエさん?!」

どこから取り出したのかカメラを構えてニコニコ笑うカメラマンことナマエさんに、やっぱりこの人の笑顔には弱いなぁ、なんてボヤキながら、ドリブルを始めた。

もちろん、結果は圧勝。










バスケのことになると本当に自分はどうかしてるのか、気づけば夕方で、ナマエさんのカメラには写真のデータが山のようになっていた。二人っきりで過ごせる数少ない時間が、もうあとわずかだ。

「見て、この涼太、すごくキラキラしてる」
「ちょ、それボール一回奪われてるときの!」
「必死になってる涼太、すごくかっこよかったよ」

ストレートに褒めてくるナマエさんに、自分も何か言いたいが、聞こえてくる時計の音に、ただ焦りを覚えて何も出てこない。

「一緒に写真、とらないっスか?」

使えるだろう、と携帯を取り出してナマエさんと肩を寄せると、なぜか拒まれた。

「え、」
「だめ。そんなの、向こうの世界に持って帰ったら、涼太、さみしくて泣きそうだから」
「そんなこと、ない、ことも、ないかも……」

確かに、会えないのに写真だけ持って帰っても、きっと、泣かないけど、むなしくなる。ぐいっと繋いでいた手を引いて、ぎゅっと抱きしめると、ナマエさんの肩が震えていた。

「もう、お別れだね」
「そっス、ね」

ナマエさんと暮らした家の玄関が、何となく光っているから、きっとあの扉を開けたらつながっているんだろう、元の世界に。

「あの、これ…」
「え?」
「ナマエさんのお金なんで、プレゼントってほどのもんじゃないんスけど…」

あ、かっこ悪。もっとちゃんとしたシチュエーションで言えたらよかったのに。でもナマエさんが笑ってくれたから、全然それでもかまわない。さっき包装してもらったネックレスが出てきて、ナマエさんが顔を綻ばせた。

「ね、つけてもいい?」
「もちろんッスよ!貸して」

正面から腕を回して、ナマエさんを抱きしめるような体勢でネックレスをつける。ナマエさんの耳が赤い。おまけで耳にはむっと噛みつくと、ナマエさんの肩がびくっとはねた。

「かわいいっス」

そういってナマエさんを見つめて、驚いた。
こんなかわいい表情をしている彼女を、見たことがない。
どう反応したらいいのか分からず、でも嬉しくてさみしくて、泣きそうな顔を恥ずかしさで真っ赤にしているナマエさんを、初めて見た。

「今まで、ありがとうございました」
「りょ、た」
「一回会えたんスから、きっとまた会えるよ」
「今度は、私が、そっちに、行くわ」

今このままついていくという選択肢は彼女にはないのだろう。軍人で、このプラントを守っている彼女が、ここを何の準備もなく離れるのはありえないという事を、自分はよくわかっている。



カチン。



時計の音が止まって、扉が勝手に開いた。中からは普通では考えられない強い光が漏れている。

「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい、涼太」

どちらからしたのかは分からない。息をするように自然にお互いにキスをして、名残惜しく唇を離して、そうして、光の中へと足を運んだ。





For 7 days





(『また』ね。)
(きっと、いつか。)

((あなたにあえますように))
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