ハンカチは洗って返そうと誓ってから、帰りのSHRが終わる。ばたばたと片付け出す奴を適当に見送って、真ちゃんも部活に行くのか一瞬だけ視線を送ってきた。でも俺がしたいことが分かったのだろう、本当に不機嫌そうに眉を寄せてから、もし傷つけたらどうなるか覚えておけよ、と目で釘を刺された。そんなことしないのに。

名前ちゃんはいつも放課後に真ちゃんを待つために教室で本を読んでいるから、立とうという気配はない。そうじゃなきゃ監督に呼び出されてマネージャーの仕事をさせられるんだから。俺としてはマネージャーの仕事も大変だろうけど、俺の勇士を見てもらえるから部活に顔を出してくれる方が嬉しいんだけど、今日ばかりは教室に残ってくれて助かった。

「なーなー」
「っ………」

慌てたように本から顔を上げ、俺を見つめる。一瞬だけ目が合ったが、困ったようにきょろきょろと視線を彷徨わせ始めた。

「トリックオアトリート」

彼女がお菓子を持っていないことなど知ってる。だってクラスの男子たちにお願いして彼女のお菓子ストックを空にさせたのだから。さっと手を出す。するとおろおろと慌て出す彼女。いっつもだけど彼女は俺と話すとき結構慌ててることが多い。それで真ちゃんが居ればいつだってあいつに助けを求める。俺と話すのが嫌なのかと思っていたけど、今日のあの顔を真っ赤にして俺にハンカチを差し出してくれたとき、あの反応は確実に脈があった。

「あ、の」
「お」

あれ以来一度も聞いていなかった彼女の声。それが、俺のためだけに紡がれている。それだけで十分心臓が高鳴るのだ。

「さ、サイダーは、かけないでください……」

サイダーの心配をしていたようだが、さすがにそんなことはしない。というより相変わらず天然な思考回路に吹き出してしまった。

「ぶっ!そんなことしねーよ!あれはあいつらがふざけてやったの!」
「でも、お菓子、ないです」

そんな時ピーンと何かを閃いたように彼女の顔がパッと明るくなる。

「では、私も、トリックオアトリート、です」

賢い子だ、と思った。俺は先ほどサイダーかけられたんだから、お菓子を持っているはずがない。それでお互いイタズラをされるので帳消しにしようって魂胆なんだろう。賢い。けど、甘い。

「何?これが欲しいの?」

ポケットから取りだしヒラヒラと見せるのは、俺が買ってきたキャンディー。驚いたように目を見開く彼女が、可愛かった。

「どうして、あの時渡さなかったんですか……?」
「これは名前ちゃん用なの」

名前ちゃん用。ようするに、彼女のための物。
そう解釈してくれたようで、恥ずかしさの中に嬉しさが見える笑顔を向けてくれたときに、俺の中でgoサインを出した。

「じゃあ、今からイタズラすっし、ちゃーんとお菓子受け取ってねー」

キャンディーの袋を開け、俺自身の歯で中身を固定すると、ゆっくりと彼女の頬をなで後頭部へ手を伸ばし顔をぐっと近付けた。名前ちゃんが状況を理解できていないようで目をぱちくりしている。まぁもらえるはずのお菓子を俺が半分口に含んでしまったら、驚くだろう。そんなところもかわいい。
驚いて半開きになっている唇に、俺のそれを重ねると、舌でキャンディーを押し出し彼女の口内へ入れた。

「んぅっ……!?」

押し入れてすぐに戻そうと思っていた舌が、彼女の唇を少しだけ舐めてしまい、少しだけ漏れた声に興奮する。やばい。止まらなくなる。

「んっ……………っ」
「ふ、ぁ………んっ……」

あーあ、怖がらせてる。肩が震えている。俺最低。超最低。そりゃ、いくらイタズラでもやり過ぎだ。こんなのほっぺにちゅーぐらいが妥当なのに。

止めろ、止めろ、と俺自身に言い聞かせ、唇を離そうとしたときだった。

初めて、彼女が応えるように、俺の唇を啄んできた。
僅かに俺を求めて吸い付く唇に、我慢が聞かなくなった。

「!?……名前っ…んっ…はぁ」
「ん、ちゅ……ふぁ、んぅ……」

かずなりくん、と僅かに聞こえてきた声。
あぁ、男なのに、先に俺の腰がダウンしそう。もう立ってるのも限界なぐらい夢中になって、でも彼女も結構きてるらしく、俺の少しだけ乾いたサイダー付きシャツを握ってきた。

んっ、と名残惜しく唇を離すと、名前ちゃんの潤んだ瞳が俺を見ていた。

「順番、間違えてごめん。俺、」

好きな気持ちに変わりはないから、伝えようとした。
その時、今日一番の腰が抜けそうになることを、言われた。

「すき、です」
「え、」
「高尾くんは、冗談でしたかもしれませんが、私はっ、高尾くんが、すきです!」

顔を真っ赤にして涙目で、初めて聞く彼女の大きな声が、愛の告白なんて、これ以上幸せなことなんてない。

だから笑って、彼女を抱き寄せる。

「先に言うなっつーの。かっこつかねーし」
「ふ、ぇ?」

「俺の方がずーっと前からお前に恋しちゃってんの」


だから、俺と付き合ってください。





Trick and Treat





(ふふっ、とっても素敵なものまでもらえちゃいました)
(なに?そんなに飴美味しかったの?)
(違います。……高尾くんですよ)
((あーもー。反則っ))
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