「名字」
呼べば真っ黒な髪をゆらして振り返る名前。赤司は一人で大量のプリントを運んでいる名前の側まで行くと、問答無用でひったくった。
「何、するんですか」
「生徒会は生徒のためにあるからな」
「らしくないですよ」
「次の生徒会長選挙で俺に投票しろ」
「買収ですか」
「でなければ荷物をわざわざ運んでやるメリットがない」
これが見ず知らずの奴なら手伝わないけど、とわざわざ言うほどのことでもないだろうとそのまま黙る赤司。
何となく名前に着いて行っていたが、ふと彼女が足を止める。なんの教室であるかを示すプレートには『1-F』と表記されていた。
「ここか?」
「そうですけど、ここまでで良いです。他学年の教室には入りにくいでしょうし」
「と言っても渡すのも面倒だから教卓へ運、」
「ここまでで、いいです」
一瞬曇った名前の目。ふと気づけば夏になのにも関わらず彼女が着ている服は長袖だ。
(そう言うことか)
だが本人が言わないというのであれば、自分にできることはない。薄情だと黒子辺りには言われそうだが、無理に介入すれば彼女の立場をさらに悪化させることになりかねない。はい、とプリントを返すと名前はお辞儀をし教室に入ろうとした。
「名字」
今日出会ったときと同じように呼ぶ。だが、言葉の響きは全く違うものだ。最初は呼び止めるためのもので、今のは言葉の中に咎めるようなものや、大袈裟に言えば愛さえ含まれている響きを持っていた。
真意を読み取ったのか、振り返った名前はクスクスと笑う。
「今度部活見に行かせてください」
呼べばいつだって
(『あぁ、待ってる』と行ってやれば、俺でさえ大丈夫そうだなと思わせるぐらいの強い視線とぶつかった。)