だるい体の目をなんとか開ける。思いの外元気になっていることに気づいたのは感覚でしかないのだが、あの午前中のしんどさを思い出せば寝ただけでここまで楽になれるのだから人間ってすごい。
そして熱ってすごい。
だって、目の前に起きていることは全て熱のせいというかお陰というか。
長い睫毛がついている瞼を伏せて、ノー手入れですべすべお肌のこの家の主は寝ていた。
人肌恋しいからってベッドに引き込んで一緒に寝るなんて、熱でもなきゃ思い付いても実行できない。今度から『学園祭マジック』ならぬ『熱マジック』とでも呼ぼうか、なんて考えながら。
「ナマエさん」
呼んでも起きないことはわかっていた。自分よりもはるかに疲れている彼女。軍という命懸けの仕事の間に自分のもとへ帰ってきて、必要とあれば生活用品を揃えてくれる。食べ盛りの自分のために、その軍人の癖に細い腕で大量の食材を買ってきてくれる。
「ナマエ、さん」
もう一度、名前を呼ぶ。
あの強い意志を秘めている紅い瞳は、今自分を映していない。
あの瞳に見つめられて初めてこの世界で息ができる気がする。あの瞳に見つめられて初めて心臓が動く。ドキドキって、音をたてる。
そしてこの人が起きてくれたら、自分は安心できる。彼女のファーストキスさえも、自分を守るためと、許してくれた。優しくて、強くて、どこまでも真っ直ぐで、自分は彼女に何がしてあげられるだろうと、もっと同じ目線に立ちたい、もっと対等になりたいと、渇望した。
(あぁ、)
そうか。
この思いは。
この欲求は。
「すき、」
欲しい。ナマエさんが、欲しい。ファーストキスだけじゃない、ナマエさんの心が。
自分だって人並みに恋はしてきたから、すぐにこの気持ちに名前をつけることはできた。
でも、この想いを伝えたとしても、きっとだめだ。
リビングにある写真立て。そこに写るナマエさんと軍人養成学校で同期だった人たち。その中の一人に、彼女は恋をしている。時々写真立てを見ては愛しそうに、切なそうに見つめているから、知ってる。
(だからって、ね)
諦めがいい奴じゃないことを、自分は自分で中学の時に証明している。毎日毎日勝つために1on1を挑んだ。むしろ分からないからこそ燃える。『きっとだめ』だから、残りの『もしかしたら大丈夫』の可能性にかける。
「俺を好きにさせたのが悪いんスよ」
そっと頬に触れる。その指を、ゆっくりと下ろして、唇へ。自分しか触れたことがない、唇へ。
爆発しそうな感情を押さえ込むために、顔を近づける。
ナマエさんの吐息を感じる。
(ごめんなさい)
その吐息すら全て欲しくなって、その薄い唇に自分のそれを、重ねた。
For 7 days
(子供みたいな触れるだけのキスに感情を全部ぶつけて、次ナマエさんが目を開けたときにはいつものように笑えるようにって)