痛み
悪夢から、逃れた。
やっと起きることが出来た。
そして、今日でこの悪夢ともおさらばだ。
「嫌な別れ方だが、な・・・」
イザーク・ジュールはやつれきった顔を朝日に向けた。
自分が最近見る夢は、この明るく光る太陽の様な物ではない。
むしろその逆、闇の様な夢で。
恨んだような瞳の少女が、私を殺せと言う。
彼女は自分の敵で、それを撃たなければ周りに示しが付かない。
「ナマエ・・・・・・っ」
今日、自分が愛した少女を、この手で殺す。
そうしたら、この夢ともおさらばだ。
彼女と出会ったのはいつだっただろうか?
ジュール隊に配属されて、周りにひまわりのような笑顔を向ける明るい少女。
そんな彼女を一目見て好きになった。
『ジュール隊長?』
『あ、ナマエか・・・』
ナマエ・ミョウジ。
それが彼女の名前だ。
『どうしたんですか?お顔が赤いようですが・・・』
『いや、そ、それは・・・』
お前の所為だ、とも言えるはずが無く、言いよどんでしまう。
でも、ナマエの存在全てが欲しくて、
退出しようとした彼女の腕を掴んで、告白した。
相手も顔を真っ赤にして、頷いてくれた。
自分のことを思っていてくれた。
そう信じて疑わなかったのに。
『ナマエ・ミョウジ。スパイ容疑で軍法会議に出席して貰う』
あの甘い空間をぶち壊したのは、緑色の服を着たザフト軍で、その時に高らかに笑ったナマエの声。
『ナマエ・・・・・・?』
『気付かなかったの?ぜーんぶ、貴方に近づいて情報貰っていったのよ。勿論、ブルーコスモスにいったけどね』
勿論ブルーコスモスのスパイとなれば、銃殺は免れない。
だから今も彼女は地下牢に繋がれている。
カツカツ、と軍靴を鳴らして下へ下へと降りて行く。
クライン議長は何を考えているのか分からないが、銃殺刑の執行人は、自分なのだ。
いや、そもそも最近では死刑執行人など必要としない。
ボタン一つで終わりだ。
どのみち、自分が愛していた女の最後の顔ぐらい、見ていっても罰は当たらないだろう。
暗証番号を打ち込み、しばらくするとプシュ、という音と共に扉が開いた。
「・・・・・・誰?」
やつれきった顔を上げ、目があった。
「イザークか」
「元気か?」
元気なわけがない。
あの美しかった肌も、その髪も、もう死に向かっている者のそれだった。
だが瞳だけが、僅かに光を含んでいた。
「・・・ねぇイザーク」
「何だ?」
「改心したから、ここから出して?」
その台詞を何度聞いただろう。
最初はその言葉を信じて、逃がした。
でも、最後は裏切られて。
何故か自分へのお咎めは無かったが。
「断る」
「そう」
ふと、気になったことがあった。
彼女は嘘で自分のすべてを隠してきた。
では、あの時『好き』と言ってくれた言葉は嘘だったのだろうか?
そう思ったら、すぐに言葉に出していた。
「ナマエ」
「ん、なぁに?」
「お前は、俺を愛してくれていたのか?」
スパイとしてのお前がついた嘘なのか、ナマエ自信が思った事なのか。
「気になるんだ?」
「・・・・・・」
「イザーク。教えてあげる」
――― 私は、私なんだよ。
ナマエの意味を含んだ言葉に、遊ばれているようでついカッとなった。
「馬鹿にするな!」
「あれ、イザークとあろう者が分からないの?馬鹿じゃない?」
話す機会は、これが最後なのに。
優しくするどころか、むしろ怖がらせるような事をしてしまった。
それを後悔した。
次に出会ったのは、処刑場だった。
白い目隠しに、白い服。そこに黒いヘッドフォン。
腕は上に吊られるような形で固定され、腰もしっかりと金具で絞められていた。
変声機能の付いたインカムを着け、ヘッドホンやその他射撃に使う道具を装備していく。
《聞こえるか?》
「あぁ、死刑執行人って人?」
《そうだ》
最後の最後まで、飄々とした雰囲気。
何故か、きゅぅ、と胸が詰まった。そしてはっと手元を見ると、銃に弾を入れる手が震えている。
(緊張しているというのか、この俺が?)
相手は大罪人で、自分ですら騙した奴だというのに。
その相手を殺すことを、恐れているかのように、手の震えは止まらない。
(くそっ・・・・・・)
何とか作業を終えナマエの正面に立つ。
すると気配で分かったのか、ナマエはくすくすと余裕の笑顔を浮かべると、相手が自分だとも知らないで話しかけてきた。
「『最後に言い残すことは?』っていうのは無いの?」
《聞いて欲しいのか?》
「・・・・・・・・・・・・・あなた、イザークの喋り方に似てるのね」
ドキッとした。
変声期を使ってしまえば最後まで誰だか分からないというので着けているのに、ナマエはその常識を破って、当てる。
《そんなことはどうでもいい。最後に言い残すことは無いのか?》
「んー、そうね・・・」
いくつかぽつぽつとここ一年の不満やら、この前の捕虜食がまずかったから直した方がいいやら、まるで友達と話すかのような穏やかな声で話していく。不満を言う時は大抵彼女は唇をとがらせる。その癖はまだ健全で、改めて実感する。
――― 俺は、知っている人間を殺すんだ。
《・・・終わりか?》
「あ、じゃあ最後にもう一つだけ、伝言をお願いできる?」
イザークに、イザーク・ジュールに伝えて欲しい。
そう言われて、体中に緊張が駆けめぐってくる。
「『私は、嘘はつかないよ』って・・・」
――― 私は、私。
――― 私は、嘘はつかない。
二つの言葉が脳裏を過ぎる。
そして、やっと落ち着いた。
彼女の言いたいことが、理解できた。
彼女は、俺と同じ気持ちだった。
「あぁ・・・でも、彼、頭に血が上ってたら何聞いても理解できないね」
やれやれ、と呆れたような声で言われて、でもそれすら愛おしかった。
「遠回しは止めるわ。さっきの撤回」
愛してるよ。
そう震える声で言われた。
涙が、流れた。
《怖いのか?》
「っ・・・こ、怖いに決まってる、でしょ・・・」
もう二度と彼の声を聞けずに死ぬ。
大好きだった、彼の声を聞けずに。
涙がどんどん溢れてきて、白い布は水分を吸収しきれずに、頬を伝って流れ落ちた。
「も、もうっ・・・いざ、くに・・・逢えないんだから・・・っ」
つい、目の前に居るであろう執行人に感情をぶつけてしまう。
その人は、イザークに似ていた。
喋り方とか、気配で伝わる雰囲気とか。
「も、早く殺してよ・・・っ」
こんな状態、辛いだけだ。
そう呟いたのと、何か電源が切れる音がしたのとはほぼ同時だった。
耳から聞こえたと言うことは、相手が変声期の電源でも切ったのか。
「ナマエ・・・」
聞きたくて、でももう聞けないと思っていた、その声が、目の前から聞こえてきた。
「俺も、愛している」
最高の言葉を、死ぬ前に貰えた。
「すぐに楽にしてやる。だから――― 」
そう言って貰えただけで、自分は幸せになれた。
死ぬ事なんて、もう怖くない。
「待ってるから」
「あぁ、すぐにそっちへ行く」
銃声が聞こえたか、聞こえていないか。
そんなことどうでも良くて、痛みもちっとも感じなくて、彼が自分を追ってきてくれるのかどうかすら気にならなかった。
ただ、彼が好きだと言ってくれた最高の笑顔で、
死ねたかどうかが一番、心配。
あなたのおかげで、幸せになれました。
ありがとう。
あとがき
灰猫様リクエストで、ヒロインはブルーコスモスでした。
っていうか、勝手に殺しちゃいました。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ
また懲りずにリクエストしてやってください。