病
「アホか!!」
来てくれたと思ったら間をおかずにそう叫ばれ、わりぃなと適当に返した。いつもならちゃんとお礼を言うところだけど、元々と今の叫びのせいで頭が痛い。ガンガンと鐘が鳴っているようだ。
「・・・大丈夫か?」
いつもの俺じゃないってことが分かったんだろう、名前は眉を寄せて顔を覗き込んできた。
「ん」
「・・・・・・・・・馬鹿は風邪を引かない、と言うが」
「ひでぇのな」
「お前は『野球馬鹿』だろうが」
そう言ってベッドに座り込むとスプリングが音を立てた。
名前の『一宿一飯の恩』を利用して看病をしてもらおういう魂胆で呼んだが、そもそも名前が家事が出来ると思えないし(結構不器用そう)どうしたもんだか。
「そーだったな」
「『そーだったな』じゃないっ。というか一宿一飯の恩は返しただろう!」
「あれ、親父の分」
卑怯な・・・っ、と唸る名前は目をそらして鞄の中を漁り始めた。
「い、いきなり言うからとりあえず買ってきた」
と差し出してきたのはアルカリ性飲料水とレトルトのおかゆ。言っておくけど料理は得意なんだからなっ、と釘を刺す名前が無駄に可愛かった。そしてそんなことを思った俺は相当熱が上がってきているのだと実感する。
「じゃあ作って(?)くるから寝ていろ」
そう言って名前は出て行く。部屋の温度が少しだけ下がったような気がして、ありがたいはずなのに何故か寂しかった。
(人肌が恋しいってやつ?)
冗談めかしてそう思ってみるが、どうやら冗談ではなく本当らしい。
早く帰ってきてくれないかと首を伸ばして待っていると、やはりレトルトは早くて直ぐに帰ってきた。お盆の位置はちゃんと覚えていたようで、レンゲとかもちゃんとおかゆと共にお盆の上に乗っている。暖かそうな湯気が立ちこめていて、食欲をそそった。
「ほら、食え」
おかゆをドンッと渡されて、でもしばらく待ってみる。こういう時は、アレだ。アレを期待するしかない。
「・・・・・・・・・・・」
「食わんのか?」
「いや、やっぱり風邪引いてるから『あーんして』っていうのはないのな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
今までにないぐらい殺気が立ちこめたが、先程のように怒鳴りはしなかった。むしろ悔しそうに下唇を噛んで、レンゲを取る。あ、これって・・・。
っていうか、レンゲがミシミシ・・・と音を立て始めてる。ヤバイ。言い過ぎた。
「・・・・・・・・・・・・いいだろう」
おかゆを取り上げ俺の横に座るとちゃんとふーふーと息を吹きかけて冷ましてくれた。やっぱ、良い奴だ。
「ほら」
「『あーんして』は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、あーんし、しろ!!」
命令形だったけど、まあ楽しめたし口を開けて食べさせて貰う。ん、美味い。まぁレトルトなわけだけど、それでも美味かった。
「さんきゅ」
「ほら、もう自分で食え」
今度こそ押しつけられて、恥ずかしそうに名前は部屋を出て行った。
再び静かになった部屋で、名前が出て行ったドアを見つめる。
自分らしくなかった。
あんな風に甘えるなんて。
(意識してんのかなー?)
と一人考えていると、下からドタバタと足音が聞こえる。
どうしたんだ?と部屋から出て見てみると、リンゴを剥いていて手を切ったのか、止血しようと傷バンを探している名前が居た。
「そこ、右の上」
「すまんっ、というかお前さっさと寝てろ!!」
そう言って棚の上の救急箱に手を伸ばしたが、名前の身長では届かない。可愛いのな、と笑いながら救急箱を取ってやると、小さな声で『ありがとう』と返ってきた。
「どーいたしまして」
「と、とりあえずお前は寝ていろ!!」
「棚の上に戻せる?それ」
「っ・・・・・・」
今までにないぐらい屈辱的な顔で睨まれ、中から傷バンを取り出すと直ぐに救急箱を俺に渡してきた。後はさすがに手慣れていて、さっと傷バンを巻きリンゴを何個か投げてよこして(あぶねーな)さっきと同じ言葉を繰り返した。
「さっさと寝てろ」
「んー人肌が恋しい?」
「意味分からん。どうして疑問文なんだ」
「たぶん、みたいな」
じゃあ隣に居ておいてやるから・・・と名前は俺の手を取って階段を上がっていった。少しどきどきした。
「熱はあるのか?」
「さっき計ったら38度だったけど・・・」
「今は」
「しらね」
「死ね」
冷たく言い放たれたと思ったら、寝ている俺の横に手をついて、額をぶつけてきた。痛っ、と声を上げ非難の目を向けると、綺麗な顔が目の前にある。
長い睫毛が付いた目は伏せられていて、感覚が額に集中しているような、そんな顔。
きめ細かい肌に、綺麗な黒髪。
思わずドキッとしてしまう。
「ちょ、名前」
「なんだ?」
「え、あ・・・その・・・普通手で計らね?」
片手は俺の横に付いていて仕方ないとしても、もう片方の、自分と繋いでいる方の手を離せば大丈夫なはずだ。なのに名前は手を離そうとしない。
「見れば分かるだろう、空いてないんだ」
「いや、だから・・・こっちの手、離せば」
「馬鹿かお前は」
手を離したら、手が握れないだろう。と当たり前のことを言われた。
「知らないのか、お前は」
「何が?」
「看病する人の手はな、病気の人の手を握るためにあるんだ」
それが当然だと思っていたから、聞き返されたのが不思議なぐらいだった。
山本はそれが普通じゃないらしい。
だが、私の兄は自分が風邪を引いたとき、いつもは冷たいくせにその時だけはとても優しくて、ずっと手を握っていてくれた。
母親も父親もろくな奴じゃなかったから、私もあの時は知らなくて同じ質問をしたんだ。
『知らねぇのか』
『知らないよ。何が?』
『看病する奴の手はなぁ、病気の奴の手を握るためにあるんだぜぇ』
その言葉は、すごく心に響いて、今でもこうして繋いでいるわけだが。
「文句あるか?」
「ん、ねーよ」
「よろしい」
いつも山本がしているようにニカッと笑ってみせると、向こうも熱の所為でぎこちない笑顔を向けてくれた。
「んじゃさっさと寝ろ。何度言わせる気だ」
「んー、ずっと?」
「ったく・・・おやすみ、山本」
さぁ、君の風邪が治ったら
今までの復讐だ。
あとがき
冬希様リクエストでほのぼの系でした。
冬希様のみお持ち帰り可能です。