ピピピ、ピピピ、という電子音でゆっくりと頭が覚醒してくる。目覚まし時計を見るとまだ起きるには早い時間。ナマエさんの部屋からかな、と体を起こし扉を開けるとはっきりと聞こえてくるようになった。
(あれ?)
ソファーの上がもぞりと動く。この家には自分とナマエさんしかいないから、必然的にこのソファーの上の住人は決まってくるのだが。
「ナマエ、さん?」
どうして自分の部屋で寝ていないのか。昨日は夜勤が急に入ったとかで帰ってくるのが遅くて、そのまま疲れて寝てしまったとか?それにしてはちゃんとタオルケットをかけて寝ているし、目覚まし時計だって用意してある。
(もしかして、)
認めたくないが、一つの可能性にぶち当たる。こういうのは普通男が譲るもので、そもそも自分は急にここに住むことになったからむしろ逆が正しいと言うのに。
「ん、ん………」
ゆっくりとした動作で起き上がるナマエさん。自分が近くにいることを認めると何故か謝罪が飛んできた。
「あ、ごめんごめん。起こしちゃったよね?」
夜勤明けで眠かったとだけ言い訳させて、なんて笑顔で言いながら目覚ましを止めるから余計にいらっとした。
「ねぇ、」
「なに?」
「何でベッドで寝てないんスか?」
自分の部屋、あるはずでしょ?
そう言えばナマエさんは困ったように頬をかいた。やっぱり。
「俺が使ってる部屋が、ナマエさんのなんスね」
しばらくの沈黙の後、こくりと観念したように頷く。別に悪いことをしたわけではないが。
「でも、お客様にソファーで寝てもらうのも…」
「お客様じゃなくて勝手に上がり込んで居座ってる奴っス。だから気を使わないで欲しいっス」
それでも納得していないような雰囲気のナマエさんを見下ろして、ため息をつく。本当に、この人はどれだけ優しいんだ。
「これから仕事っスか?」
「えぇ。でも昨日の緊急夜勤で十時からでいいみたいだから」
「じゃあ、」
ひょい、とナマエさんを俗に言うお姫様だっこをして抱え上げると、ナマエさんの部屋に向かう。慌てて『おろして!』と珍しく声を荒げたが、あいにくその言葉に従うほど素直じゃない。
ベッドに優しくナマエさんを下ろすと布団を上から掛け、まだ起き上がろうとする体を押さえつけた。
「俺がご飯作るんで、寝ててください」
「お客様か居候かは知らないけど、私の家に来た人にそんなことはさせられないわ」
「いいから」
ナマエさんの目に手のひらを当て、無理やり目を閉じさせる。最初は頑張って手を引き剥がそうと腕を握っていたが、それも徐々に脱力していった。
「だ、め……だよ」
「ナチュラルですけど、俺にだってできることはあるんスよ」
「……ん、」
掴んでいた手がシーツの上に落ち、ようやく静かな寝息が聞こえてきた。たったの数分で寝られるのだから相当疲れていたはずだ。
「お疲れ様っス」
そっと頭を撫でて、朝御飯を作るべく自分はキッチンへと向かった。