彼女が手を広げれば、目の前を焼き払っていた炎が壁のように燃え盛る。炎の壁となったこの最強の防御は先を進もうとしていた帝国兵を阻んでいた。

「ナマエっ」
「おい、今はルシだ」
「くっ………」

男に牽制されれば、奥歯を噛みしめるしかない。彼女の表情はまるで数百年生きてきたルシと同じように死んでいる。無表情なのだ。合っていない時間は百年もないというのに。

「っ………」

ぎゅっと手を握りしめる。グローブごしにも、爪が食い込んでいるのが分かった。
誰が、彼女を、こんな風に。
彼女の家か。
彼女の家が、彼女を精神的に追い詰めたのか。

「クラサメ?」

自分の怒りに燃えている目を見て、隣の男が恐る恐る声をかけてくる。今はそれさえうっとうしく思えた。

その時、

「あっ、セツナ卿!!」

男がさっと居住まいを正す。自分も慌てて振り返れば、ナマエよりもはるか昔に感情をなくしたであろう朱雀トップの召喚師が自分の目の前で歩みを止める。まっすぐに見つめてくるセツナ卿の瞳は、自分の怒りを静めていくようだった。

「汝、クラサメ・スサヤに相違ないか」
「はい」

フッと、セツナ卿がナマエを見据えた。炎の壁の前に立つ彼女を静かに見つめる。

「彼の者の最後の言、聞く心はあるか」
「ナマエの…?」
「彼の者は、汝に言の葉を残している」

心を失う前の、彼女の言葉だと言う。
もう一度ナマエの背中を見つめた。
ルシになると決めた彼女は、何を思ったのだろうか。

「聞かせて、ください」










クラサメくんへ

こんな形で私の最後を伝えてしまってごめん。

クリスタルに選ばれて、ルシになることになったよ。

といっても家に言われたからとか、そう言うのじゃないんだ。


今までルシになるのは嫌だった。

何で嫌だったのかっていうのは、知ってくれてると思う。

何もしなくても決まっている人生が嫌だったから。

でも、変わったんだ。

クラサメくんが、変えてくれた。

ずっと一人だった私に、守りたいものをたくさんくれた。

カヅサ、エミナ、そしてクラサメくん。

そして朱雀のみんな。

でも、守りたいけど、私の腕じゃ全部届かないからさ。


私が、自分の意思で決めたの。


ルシになるって。

この手が届く範囲を、全て守るって。

だから、今の私は笑っていないかもしれないけど、後悔は絶対にしてないの。

なりたいものになれたからさ、今私はすごく嬉しいんだ。


ただ1つ怖いのは、やっぱり感情を失っていくことだから。

クラサメくんが好きだった自分がいなくなるから。

でもクラサメくんは後ろを振り返らずに走ってほしい。

私はルシとして走るから。

ただ、私がいたってことだけ、私という人間がこの世界に生きていたことだけは、覚えておいて。

忘れないで。


クラサメくん。

大好きだよ。










嬉しいといった彼女の手紙には、涙の跡が残っていて。
嘘をつくのが下手だな、と思わず微笑んでしまった。

「馬鹿だ…ナマエは本当に、馬鹿だ」

忘れるわけがない。これからもずっと。
もう一度彼女の姿を目に焼き付けようと、涙があふれそうになる目を、彼女の方へと向けた。
その時、


パァンッ


銃声が鳴り響く。
炎の壁を貫通し、ナマエの体をかすめていく、弾丸。
一発目が通ったと分かった瞬間、あちこちからナマエに向かって弾丸が発射された。

「ナマエっ」

助けなければ。いくらルシでも、心臓が動いて生きているのだ。走り出そうとした腕を、セツナ卿に止められた。

「彼の者を救う覚悟があるか」
「っ、あるに決まっている!」

だから今こうして走ろうとしているのに、なぜ邪魔をする。焦りと怒りで捕まれた手を振り払おうとしたが、ではもう一つ問う、とセツナ卿が鋭い口調で言い放ち、動けなくなった。


「彼の者と、これより先、共に在る覚悟はあるか」


セツナ卿の目が、光る。ルシの力を使おうとしているのか。焦っていた頭が冷える。
今、セツナ卿の問いに答えなくてはならないと、試されているのだと、直感で感じた。


「無論です。たとえ彼女がルシであろうと何であろうと、彼女と共に在り続ける。」


すると、セツナ卿の目元がふっと笑ったように思えた。

「了とした。では、汝、彼の者と契約せよ」
「契約…?」
「これより、彼の者を軍神の贄とし、軍神として召喚する」

セツナ卿の胸元に浮かび上がる、ルシの紋章。そしてナマエの背中からもその紋章が浮かび上がってきた。

「どういうことですか」
「彼の者、もとよりこの世から外れ、死に瀕している。故に、救う方法はただ一つ。力と、心で、彼の者をこの世につなぎ止める」
「ナマエを、軍神にする、と…?」
「………」

答えはなかったが、沈黙は肯定だろう。


ナマエが人ではなくなる。


でも、自分はどんな形であれ共に在りたいと願った。
そして、彼女より弱くても彼女を守りたいと思った。


「彼女を、俺の手で、守らせてください」


セツナ卿の手から、魔力の流れが見える。その流れがナマエの背中に現れた紋章と繋がった。

「力を」

セツナ卿がもう片方の手を差し出す。そこに自分の魔力を、ほとんど残ってはいなかった魔力を絞り出した。体の奥から、魂から、自分が持てる全てを、セツナ卿を経由してナマエへ。ありったけの思いを、ナマエへ。



ナマエ。

聞こえているだろう。

俺の選択を、君は怒るだろうか。

俺を守りたいと言ったのに、君を助けるためとはいえ、君を人ではなくならせるのだから。

それでも、俺は君と一緒にいたいと思った。

これからも、ずっと。

もう、君を待つのではなく、一緒に歩いて行こう。





ナマエの体から、魔力がほとばしった。
背中に浮かび上がっていた紋章から光が、羽が出現する。
強い光に目を閉じ、そして再び目を開けたとき、ナマエはいなくなっていた。

『クラサメくん』

声が聞こえる。

『私を、喚んで。私の心まで届く声で、喚んで』

力を使い果たして立つこともできない体で、叫んだ。



それから何が起こったのか、一瞬の出来事だった。
自分の氷剣が瞬時に消え、代わりに出現したのは、青白い炎を放つ鳥。
その鳥が草原を翔れば圧倒的な力で、帝国兵の銃器を冷たい炎で焼き払い、破壊していく。装備を失い撤退してゆく帝国兵に、疲れきった朱雀兵は誰も深追いはしなかった。

すごい。
それだけしかでてこない。
帝国兵さえも傷つけずに、この鳥は朱雀を守ったのだ。

鳥に向かって名前を呼べば、くるりと旋回して帰ってくる。

燃え盛っていた炎は消え、焼け野原に降り立つその青白い炎は、この世界で最も美しいだろう。


「お前の願いは、叶ったか?ナマエ」


守りたいと、自分の意思で守りたいと願った彼女を、俺は守れただろうか。



美しい鳥は歌うように鳴いた。

歌の中から、『ありがとう』という心が、聞こえた。





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