「はい、お待ちどうさま」
「……そんな丁寧な言葉、使えるんだな」
「私だって一応は…!」
「分かっている。冗談だ」

目の前に置かれたシチューは湯気が上がっていて香りだけで腹が一杯になりそうだ。ミョウジとして育ってきた割りに家事はできるのかと感心する。それを告げてやればまた膨れっ面をした。

「たいがい失礼だね、君も。必要最低限は何でもできるよ」
「だとしたら、ナマエの最低限はずいぶんレベルが高いんだな」
「それ、誉めてる?」
「一応、な」

しばらく睨み合い、そして同時に笑う。じゃあ頂こう、とだけ言い、シチューを口に運ぶと、濃厚で良い香りが口内に広がった。これは、普通に美味い。

「流石だな」
「義務教育みたいなものだよ。それぐらいできないと、クリスタルからルシに選んで貰えないぞーってのが殺し文句だったからね」
「その殺し文句は好きではないが、そのおかげでこんなに美味しい物が食べられるなら悪い言葉ではないな」
「単純」
「何とでも言え」

ナマエも席について食べ出す。一口食べると、次回への改善点を見いだしているのか険しい顔をしていた。実際ブツブツと『牛乳を少し入れると良いのかな』とか『盛りつけも料理の一つだよね』などと聞こえてきているから、間違いないだろう。どこまでも野心家というか、一度やると決めたらとことん貫き通すのが彼女なのだ。

「あ、今日泊まっていって良い?」

そこのお茶取って貰って良い、という軽いノリのようにナマエが発した言葉は、男の自分にとってはとんでもないセリフだった。口からシチューを吹き出しそうになったが、さすがに絵面的にもよろしくない光景を見たくないので、我慢する。

「い、急に何を……」
「ほら、何て言うのか……寮に帰っても一人だし?たまにあるでしょ、一人で居たくない時って…あ、ち、違うからね!そういうことしたいとか、そんなんじゃないから…」

自分の様子に気づいてくれたのか、ナマエは慌てて否定を始める。それもそうだ。彼女がそういうことを求めるというのは想像がつかないというか、いや全く求めてくれないというのも男としてどうなのかと思うが、今はそんなことを言っている場合ではなく……

「と、とりあえず!いいの?ダメなの?」
「別に、構わないが…」
「はい、じゃあ決定ね」

もうシチューの味なんて分からなくなっていた。

それにそこから自分の記憶というのがない。気づいたときには、もう寝る体勢だった。だが安心できたのは、ナマエは床に布団を敷いて寝ていたということで、よく考えたらそれは安心できる状態ではなかった。客人を床に寝かせて自分はベッドとはどういうことだ。

「あ、すまない。俺が床で寝るからナマエはベッドに」
「いいよ。いきなり泊まるなんて言い出した私が悪いんだから。気にしないで」
「いや、そもそも女性をそんな場所で寝かせるというのが間違っている」
「……じゃあ一緒に寝よう!」

どうしたんだ、ナマエは。目の前にいる彼女はそんなことを言うような人間だったのだろうか。別に幻滅したりはしないが、今朝から予想外の発現が多すぎる。そんな自分の思考時間を気にせずナマエはベッドに上がってきた。慌てて自分が降りようとするが、それを止められる。

「逆にそうやって緊張されると恥ずかしいからさ。そうだよ、妹と寝るんだとか思ってさ」
「……善処する」

ナマエが毛布に入り込んでくる。スルリ、と衣擦れの音がすれば、心臓が音をたてた。持ち込んだ枕に彼女が頭を預けると、自分を見上げてくる。

「寝ないの?」

自分をまっすぐ見つめてくる彼女に溜め息をついて、そっと頬に手を滑らせた。

「俺だって男なんだ」
「うん、知ってるよ」
「無用心じゃないのか?」
「でも、クラサメくんはしない。信じてるから、その気持ちが有る限りクラサメくんは裏切らない。間違ってる?」
「間違って、ない」

全て見切っている彼女の方が数枚上手な気がして、誤魔化すように布団に潜り込む。すると彼女はすり寄ってきた。

「信じられるのも、考えものだな」

そう言いながら彼女に手を伸ばし、抱き締める。どこか優しい香りが鼻をかすめていった。暖かい。こんな風に感じながら眠ったことがあっただろうか。それがひどく愛しくて涙が出そうになったが、我慢を徹底する。するとナマエが顔をあげてきた。

「クラサメくん」
「何だ?」


「私は、今もこれからも、ずっと幸せだよ」


そう言って笑った彼女の笑顔は、今まで見てきた中で一番きれいで。
この幸せを逃してなるものかと、笑う彼女に口付けた。




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