『みんなーっ!今日は来てくれてありがとーっ!!』

決して一人暮らしではない真っ暗な家に着くと、何となくテレビを着けた。すると、自分と同棲中の彼女であるはずの女性がライブで観客に手を振っているのが見られた。

(そうか、今日はライブか)

生中継とでも言うんだろう、死者へ向けた慰霊コンサートのため無料で一般のテレビでも公開されている。だから今彼女がどんな風に笑っているのかが分かるわけだ。
そう、彼女は笑っているのだ。
今、この瞬間は。

(疲れて帰ってくるからな……)

家に帰ってきたら晩ご飯を食べて寝るだけという彼女。確かに怠けているようにも見えるかも知れないが、かつて自分がそのような状況であったにも関わらず彼女は自分を支えてくれていたので、文句など言えようはずもない。実際プラントと地球間で安定化が図られていて、その親善大使としても活躍しているのだから、今の彼女は引っ張りだこ。猫の手も借りたい状況でわざわざ家に帰ってきてくれるのだから、彼女なりに頑張っていることは分かっている。
だが、ここしばらく彼女の笑顔を見てはいない。

テレビに映っている彼女、ナマエはライブの客の為に笑顔を振りまいてはいるが、作り笑顔に違いないだろう。だが自分が渇望しているその笑顔は、自分のためだけではない。
あの綺麗な笑顔を、俺だけに向けて欲しいのに。

(…いかん、俺も疲れているのか)

目を閉じて首を振る。こんなものを見てしまったから情けないことを考えてしまうんだ、とテレビを消した。

テレビに映る彼女を、見たくなかった。










ライブの打ち上げに少しだけ顔を出したあと、何とか理由をつけて早退させてもらった。向かう先は恋人と同棲中の自宅。さすがに会場には来れていないだろうけど、今日は生放送でテレビで流れていたはずだから、きっと見ていてくれただろう。

(誉めてくれるかな?)

何事にも全力で挑んだ後には、必ずイザークは誉めてくれる。そう思うと溜まっていた疲れも少しだけ軽くなった気がして、帰宅する足も早くなっていった。角を曲がれば二人で住むには大きめの家が、自分達の家が見える。玄関の電気がついているので彼は帰っているのだろう。
扉を開けて『ただいまー』と言ったが、返事がない。まだそんなに遅い時間ではないが寝ていても不思議ではないのでリビングへ向かうと電気がついていた。

「ただい、まー……」
「あぁ、おかえり」

デスクワークをしていたイザークがパソコンから一度だけ視線を投げてよこすと、一言だけそう言い、また視線を戻した。

「…晩ご飯は作っておいた」
「えっと…イザークは?」
「もう食べたが?」

そっけない返事。いつもなら待っていてくれるのに、今日はそれがない。

「あ、そ、そうだ。今日のライブの中継、見てくれた?」

そうだ、このために、褒めてもらうために今日は急いで帰ってきたんだ。きっとイザークも笑顔で頭を撫でてくれるに違いない。
そう思っていた。

「いや、見ていない」

「え……。あー、どうして?」
「……見たくなかったから、だな」

ずき。
心臓が、痛くなった。
褒めてくれるって、信じてた。
自惚れかもしれないけど、イザークならきっと褒めてくれるって。
なのに、目も合わせてくれない。

「…そっか、それならしょうがないね」

家のことができなくなった人は嫌い?そう聞きたくても、肯定されたときが怖い。一人で椅子に座ると、冷めてしまった晩御飯を食べ始めた。

「…………」
「…………」

あぁ、イザークの作ってくれるご飯は美味しいはずなのに。
味を感じない。

何とかすべて食べ終わると『ごちそうさま』とだけ言い片付け始めた。その言葉に、もうイザークは何も返してくれなかった。
逃げるように寝室に入ってドアを閉める。真っ暗な部屋に、一人。バカみたいに涙が出てきた。

(ど、しよ……)

なにか言われる前に出ていく?
言われるまではせめて居る?

いろいろ考えても、別れることを前提に話が進んでいく。嫌だ嫌だとすべての考えを振り払った。

「お風呂、はいろ……」

よろよろとした動作で風呂場へと向かう。もう何も考えないようにした。










パソコンで全て事務作業を終えると、パタンとディスプレイを閉じた。集中力が切れてぐったりと椅子にもたれ掛かる。だがこの疲れは作業のせいだけではない。それぐらい、分かっている。

(ただの八つ当たりだ……っ)

ご飯を食べているときの彼女の横顔をずっと見ていた。疲れているのに帰ってきてくれたのに、自分は労いの言葉一つ言わず彼女を切り捨てたのだ。
時計をちらりと見ると、日付を跨いで随分経っていた。もう寝ているかもしれないが、少しぐらい彼女に触れたい、と立ち上がる。
廊下を通り寝室へ。恐る恐る扉を開けると寝室はもう真っ暗で、彼女は寝ていた。

「ナマエ……」

ベッドに腰かけると、ナマエの頬をそっと撫でる。瞼がぴくりと動いた。

「ん、」
「ナマエ」
「イ、ザーク……?」

ゆっくりと起き上がる彼女の胸に顔を埋めるとそのまま押し倒す。彼女の鼓動が聞こえてきた。 それは寝起きだから覚醒していないのか、静かに脈打っている。

「……ごめん、なさい………」
「?」
「家のこと何もしないから、嫌いになっちゃったよね」
「だったらこんなことするか」

今は彼女の顔はみたくない。泣きそうに決まっているからだ。俺が見たいのは、笑っている顔。
そして、彼女を泣かせたのは自分なのだ。

「じゃあ、どうして……」

彼女の涙声にぎゅっと腕の力を強めて抱く。息を深く吸うと、素直に言おうと決めた。

「さ、さみし……かったんだ」
「え、」
「ナマエの笑顔が、見たかった。でも疲れているのに無理に笑って欲しい訳じゃない。だから俺も我慢するつもりだった。なのに、ライブで観客に、ファンに笑顔を向けてるおまえを見て、悔しくなって、」

男のそれは醜いというが、それでも彼女にはちゃんと言わなくてはいけない。

「嫉妬、したんだ」

ナマエを押し倒したまま体だけ離すと、ナマエは何度か瞬きをした後、クスクスと笑いだした。
笑ってくれた。

「そんなことかぁ」
「そんなこととはなんだ!俺は真剣にっ!」



「ずっと、私はあなたの傍に、いるよ」



かかえるようにぎゅーっと抱きしめると、イザークの耳が赤くなっていて、かわいいと言えば怒られた。





(ごめんね。大好きだよ)
(…俺の方が好きだ。絶対)












真優さまリクエストありがとうございました!
イザークでちょっとすれ違う感じの切甘、最後は照れるイザーク、とのことでしたが、いかがでしたでしょうか?
書いていて楽しかったです(笑)
真優さまのみお持ち帰り可です!
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