親友



うだるような暑さが過ぎて、少し過ごしやすくなり秋に差し掛かろうとしている頃。
夕焼けがその光を差し込ませて墓石に影を作るのを、少女は黙って見ていた。
昔と変わらない背格好に、何を考えているのか分からない漆黒の瞳。疲れたときにいつもする三角座り。そしてこの座り方をすると、決まって墓石の中の彼はこう言うのだ。


――― 女の子なんですから、そんな座り方は止めてください。


「あ」

ふと自分の考えで間違いが有ったことに気づいた。

彼は、この中にいない。

(まぁ、どうでもいいんですけどね)

良くはない。
しかし、この墓地に遺体がちゃんと入っている墓石がある方が珍しい。

大半が『血のバレンタイン』で屍と化した人々のそれだ。彼らのうちの何人かは回収されたようだが、回収作業の途中でユニウスセブンは地球へと落ちた。

そして残りのそれは先の二回の戦争で命を落とした、パイロット達のものだ。
パイロットの死因なんて、たいていがモビルスーツの大破で遺体が残るはずもない。
事実、目の前にある親友の墓石にも遺体は入っていないのだから。

「・・・遅くなってすみませんでした、ニコル」

彼が死んでから、何となく口調を真似するようになったが、声は自分の方が低い。低い、と言うよりはのっぺりした調子だ。

「本当はもっと早くに来る予定だったんですが、秋になっちゃいましたね」

仕事が忙しくなりすぎたのだと、目と同じ黒髪をなびかせながら言い訳をしてみる。

――― 仕方ないですよ。だってナマエも忙しいでしょう?

「でも行けなかったのはあのおかっぱのせいですよ。いっつも私に仕事をおしつけて・・・あとあの色黒エロスマン。あいつがサボるからさらに仕事が・・・」

ふわりと風が頬を撫でて、通りすぎていく。

――― 二人とも、気を使ってくれてるんですよ。あまり思い出さなくていいように。

「・・・忘れたくないですよ。だって私とニコルは、」

寂しそうな声が、墓地に響いた。黒い瞳が一瞬潤んだように見えたが、夕日のせいなのだろうか。

「誰でも死んだら、寂しいのは当然です」

それはそうだ。
でもラスティが死んだ時でも、ミゲルが死んだ時でも、泣きはしなかった。

ニコルの時だけは涙がでた。

「いっぱい助けてもらいました」

こんな暗い性格の自分と遊んでくれたり、守ってくれたり。
きっと彼らだっていっぱい助けてもらったはずだ。

「そうですよね、ディアッカ」
「げ、ばれてた?」

後ろの茂みからこっそり頭を出してディアッカが適当に敬礼を返す。
バレバレですよ、と睨んでやるとディアッカは苦笑した。

「ニコルは何て?」
「・・・・・・『抜き打ち部屋点検の時、ディアッカのエロ本隠すの僕の部屋にするのやめてほしかった』って」
「そりゃ何年前の話だよ」

他愛のない話。
今こうしてそれができるのがとても大切に感じる。

「っと、俺は『隊長』殿から早くつれて帰ってこいって言われてんだよなー」
「じゃあその『隊長』殿に過労ではげろ、と伝えておいてください」
「いいから、早くかーえーれーっ!」

墓石の前から無理矢理立たされるとズリズリと引きずられる。離れていく墓地をじーっと見ていると頭上から溜め息が降ってきた。

「別に今日でお別れって訳じゃないんだしさ」



「残念なことに、今日でお別れですよ」



そう呟くと彼は『はぁ?』と変な声をあげた。

「意味わかんね」
「そのまま。もうここには来ない」

ニコルとの約束。
いつだったか分からないけど、あのぽかぽかした日に、確かに約束した。


『貴女に気を許せる人が、大切な人ができたら、その時は僕と絶交してください。』


だから、もうここには来ない。

そう、ニコルと知り合いになれたのは、ただ自分に友達が居なかったから。
面倒見がいい彼がかまってくれたから。

けど自分で友達が作れるようになったら、あとはあの寂しい過去の清算をするように、と。


だからこの約束はニコルと自分なりのけじめ。
バカみたいだけど、これは約束なんだ。

「だからもう来ないって?」
「そう。もう来ない」

義務的にお互いが接して来た訳じゃないことぐらいわかっている。
お互いがお互いを好きで、でもそれ以上の関係を望んでいなくて。

「友達ってわけ?」
「違います」

言っていることが理解できたのか出来ていないのか、ディアッカはもうそれ以上何も聞かず、ただナマエをひきずって歩く。










たしかに、もう約束なのでさよなら、なのです。


「      」



でも、私とニコルは親友ですよ。

ずっと、ずーっと親友ですよ。










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