クリスタリウムを出てすぐ魔法陣に乗ろうとすると見覚えのある顔がそこから出てきた。確か彼女は、自分のファンクラブの会長だ。相手も自分の姿を認識するとすかさず話しかけてきた。
「く、クラサメ君!ご機嫌麗しゅう」
「あぁ」
「………ナマエと何かありましたの?」
会長の目が訝しそうに自分を見てきた。なぜエミナといい会長といい、分かるんだ。
「喧嘩をして、謝ろうと………」
「だから先ほどあんなに目が死んでいましたのね」
「ナマエを見たのか?」
「えぇ、まぁ」
会長の眉間にシワが寄っていく。気にさわるような事をしたのだろうかと会長を見ていると、会長は呆れたように溜め息をついた。
「がっかりですわ」
「?」
「ナマエにがっかりだ、と言いましたの」
ナマエは悪くないんだ、と口を開こうとして、会長の眼力に思わず息を飲んだ。
「あのキス事件で私達の『お説教』にびくともしなかったくせに、いくら大好きなクラサメ君に酷いことを言われたからって、それで落ち込んで逃げ回るなんて、情けなくて涙が出てきますわ。誰かと共にある、ということは傷つくということも伴ってきますの。そんな覚悟もなくてどうするんですの?」
会長もまた、数少ないナマエの理解者だった。
きっと彼女の強さに会長も惚れたのだろう。だから、この程度だったのか、と失望したんだ。
だが以外にも会長は自分も睨み付けてきた。
「貴方もですわよ、クラサメ君」
「な、」
「そんな情けないお顔を、好意を寄せているレディに見せるおつもりですか?論外ですわ。というより、私、たちはクラサメ君の1組での堂々とした雰囲気とその技術を認めているんですのよ?ルックスばかりに目がいっている訳じゃありません。軟弱そうな情けない顔をしないでください。興醒めですわ」
何故好意を寄せているということを知っているのか、と問いたくなったが、会長は人差し指を立てて力説していて、思わず笑ってしまいどうでも良くなった。
女の勘は鋭いというし、この人はちゃんと人間を見ている。
それが少し嬉しかった。
「間違っても俺のファンクラブなら、俺を批難するのは違うんじゃないか?」
「あら、そうでもなくてよ。私たちが好きなのは堂々としたクラサメ君。今の貴方ではありません」
「なるほど」
会長がニコリと微笑んで自分を見つめてきた。
「お似合いだと思いますわ。貴方とナマエは。だって、ナマエと居るときのクラサメ君は、とても輝いていましたもの。嫉妬したくなるぐらいには、ね」
「……ありがとう」
どういたしまして、と笑う会長は何かを吹っ切ったようだった。
「先程私はチョコボ農場から移動してきましたの。魔方陣に入る前に、ナマエが出て来ましたから今彼女はそこに居ますわ。必ず」
カヅサの意見は正しかったのか、と内心納得した後、会長にもう一度お礼を言った。
「ありがとう。助かった」
「ちゃんと仲直りできるといいですわね」
会長が道を譲ってくれた。どうぞ、と手で魔方陣へ促す。緊張した足取りで魔方陣へ乗るのは、初めて魔導院でこれを使った時の感覚と似ている。
頭の中で唱えるのは『チョコボ農場』。
そこに彼女が居ると信じた瞬間、魔方陣が輝いた。
居た。
柵を乗り越えた先の芝生に、彼女は寝転んでいた。そういえば初めて会話したのもここだったな、と彼女の隣に腰を下ろす。すると彼女は当たり前のように口を開いてくれた。
「人をつけ回すのは良い趣味とは言えないね、クラサメくん」
「そういうお前はこの時間にここにいるのはさぼりだろう、ナマエ」
「そのさぼりの私を追いまわしている君も次の授業に出る気はない、そうでしょ?」
初めてあったときの会話。少しずつ言葉は違うが、決定的に違ったのはお互いの名前を知っていること。
「どうしたの?何か用?」
彼女が話しやすいように話しを振ってくれた。ここまでしてもらわなければならないのか、と自分を情けなく思いはじめたとき、ふと三人の顔が過ぎる。
気持ちを吐き出させてくれたエミナ。
気持ちを固めてくれたカヅサ。
自分に勇気をくれた会長。
大丈夫だ。自分は、たくさん助けてもらった。
「謝らせて欲しい。すまなかった」
自分の思いを、もう一度吐き出そうと思った。
嫉妬したのだと。
それで八つ当たりをしたのだと。
そういえば、彼女はやっと笑ってくれた。
「嫉妬してたのは分かってたよ。ただ、分かってくれてるだろうって人に『ルシになれ』って言われたのが、少しだけ悲しかっただけだよ」
少しどころじゃなかったはずだ。でも追求はしなかった。
彼女が笑って許してくれるなら、それでいいと思った。
それよりも、
「嫉妬…分かってたのか?」
「うん、クラサメくん分かりやすいもんね」
まさか自分さえ気づいていなかったのに、思いを寄せている相手が知っていたなんて。顔に熱が集中していくのが手に取るように分かる。腕で口元を隠すが、きっと彼女は気づいているんだろう。
「大丈夫。私にはクラサメくんだけだよ。それはまぁカヅサにも友達になって欲しいと言われたけどさ、やっぱり最初の友達は大事だし、クラサメくんは良き理解者だし……」
そこで違和感に気づく。彼女は何を言っているんだろう。
「一ついいか?」
「うん?」
「ナマエの言う嫉妬は、友人が取られるかも知れないという嫉妬か?」
「違うの?」
全然違う。だが本人はそれだと思い込んでいるようでキョトンとした顔を自分に向けてきた。
「あぁ、違う」
「じゃあどうして?」
「聞きたいか?」
「そりゃ、一応あんなこと言われたぐらいだから、理由は知りたいかなぁって」
私が何か悪いコトしたかもしれないし、それなら私も謝らないといけないから。
そういったナマエ。そんなこと有るはずないのに。どうして自分の周りの人間は、こうも優しいやつばかりなのだろう。会長も、エミナも、特にカヅサは彼自身を傷付けてまで、自分のために道を開いてくれた。
自分は、幸せ者だ。
そっと彼女の横に手をついて、もう片方の手で彼女の頬を撫でた。
「嫉妬は嫉妬でも、こういうことだ」
今思うと何て事をしたんだろうと思っている。
許して貰えたからと言って、初めてではないからと言って、そう簡単にできる事じゃない。
でも何故かあの時は確信を持っていた。
拒まれることはないと。
上体を屈めて、彼女の頭の後に手を回して、唇を重ねる。
暖かい風が、自分達を通過していった。
「ん……」
体感時間なんて曖昧なものだ。目が眩むような長い時間を感じたが、耳から入ってきた音の情報から分かったのは、たった1回チョコボが鳴いただけの、短い時間。
名残惜しく離れると、友人になったときより顔をまっ赤にさせているナマエがいた。視線はあちこち彷徨っていて、素直に可愛いと思えた。
「え、と…その、つまり……」
「好きだから、嫉妬したんだ。カヅサに取られるんじゃないかと思ってな」
「今のキスも……好きだから?」
「でなければキスしない……まぁ、キスしたのは初めてじゃないが」
出会ってすぐの頃に、彼女からキスしてきたというのに。あの時とは逆で彼女が動揺している。まだ視線は落ち着きがないように彷徨っていて、可愛いことに違いはないが、それでも自分を見て欲しくて、名前を呼ぶ。
「ナマエ」
「は、い」
「俺は、ナマエが好きだ」
思っていただけではダメだと。
口にせずに分かってもらおうなんて、甘ったれている。
真っ直ぐぶつかれ。
それで砕けたとしても、後悔はない。
「俺を、選んでくれ」
彼女の眼が映し出しているのは、自分だけだ。
それが心地良かった。
「私は、いつかルシになるかもしれないんだよ?」
「だったらなんだ?」
「君の側にいられないんだよ?」
「ナマエが俺の側に来る必要はない。俺がナマエの側に行く」
手のひらを重ね合わせると、ナマエが指を絡めてきた。
そこからお互いの全てを感じることが出来そうだった。
「だったら、」
ナマエが笑う。
今まで見てきた中で、一番綺麗な笑顔だ。
「クラサメくんの彼女にしてください」