ふと目を開けると、自室のベッドだった。何も置いていないが、生活感は『彼女』よりある部屋だ。彼女は今日もソファで寝ているんだろうか。そんなことを考えて、自分を嘲笑した。こんな日も、あんなことを彼女に言ってしまった後でも、考えることは彼女のことなのか。
だが、

(もう、笑ってくれないんだろうな)

やっと仲良くなれたのに。
やっと友人になれたのに。


やっと、好きだと分かったのに。


見送った背中は自分より小さく、女の子で、異性で、自分は異性である彼女がカヅサと仲良くしているのを見て、みっともなく嫉妬して、そしてその感情の矛先をあろうことか彼女にぶつけてしまった。

最悪だ。

今だかつてないほど重い体を起こし、窓から外を見た。
空は、腹がたつほど、蒼く澄み渡っていた。










魔導院のエントランスを歩いているといつもと変わらず女子候補生が騒ぎ出す。彼女は一度もこういう風に騒いだことはなかったな、と溜め息をついた。
そんなとき正面から女子の塊が歩いてきた。避けようと歩く方向を変える。すると、その塊から知った声で名前を呼ばれて足を止めた。

「クラサメ君?」
「………エミナか」

エミナがスタスタと輪から離れてこちらに近づいてくる。そのまま腕をとられ、クリスタリウムの方へ引っ張られていった。エミナの友人から冷やかしが入ったが、エミナは適当に流して手をふる。

「どうしたんだ?」
「お話。することあるでしょ?」

そのまま扉を開けて地下に続く階段を降りると、吹き抜けに置いてある机とテーブルに座らされた。何なんだ、とイライラをエミナにぶつけると真っ直ぐな視線で返される。

「ナマエちゃん、最後に会ったとき笑ってた?」
「あぁ、口だけ、な」

目は、泣きそうだった。

思い出しただけでも、心臓が裂けるように痛い。
でしょうネ、とエミナが机に肘をついた。

「詳しくは知らないヨ。でも、今のクラサメ君とナマエちゃん見てたら嫌でも分かるっていうか………」

二人が仲良くしてないと私もカヅサも心配になるんだヨ。

エミナが困ったように眉を下げる。そんな顔をして言われると、正直に白状するしかなかった。

「ナマエに、酷いことを言った」

エミナが相槌をうつ。それがよりスラスラと口から感情を吐き出させた。

「ルシになってしまえ、と。そうすればカヅサに武器をメンテナンスしてもらう必要がなくなるから……」

顔の前で組んでいた手が震えて、さらに固く握った。

「許されることじゃないのは、分かってる……分かってるが、」



謝りたい。



気付いたときには水滴が頬を流れ落ちていて、慌ててそれを拭き取った。男が泣くなんて、と水分を含んだ袖口を隠そうと机の下に手を戻そうとしたが、エミナに腕を捕まれる。

「計算し尽くした行動が売りの賢い男より、がむしゃらでも真っ直ぐなバカの方が、女の子は好きだヨ?」

少なくとも、ナマエちゃんはそうだと思うな。
エミナはそう言って笑った。
ぐーっと伸びをするように体を反らせたエミナが、見えない空を見るように吹き抜けの天井を見上げる。すると急にくすくすと笑い出すから驚いた。

「違うね。ホント、男はみんなバカだヨ」

エミナが体をもとに戻して、もう一度真っ直ぐな視線を投げ掛けてきた。

「ホントに、謝りたい?」

勿論。
もう一度会えるなら。
もう一度話せるなら。
精一杯の誠意を込めて、謝ろう。

そして、バカでもいい、情けなくていい、男として、彼女と向き合おう。

そう思ったら、首はしっかりと縦に振っていた。

「じゃあナマエちゃんの場所、あの人に聞かなくちゃね」

きっと知ってるヨ、と言う声を聞きながらエミナが顎で指した先を見ようと振り返れば、男子生徒が歩いてこちらに向かっていた。


「カヅサ………」


メガネのブリッジを押し上げて自分を見据えてくる彼は、自分が知っている飄々とした彼ではなく、一人の男だ。

「クラサメ君。今すっごく八つ当たりしたい気分なんだけど、いい?」

自分が口を開く前にカヅサに胸ぐらを掴まれると立ち上がらされて、本棚に叩き付けられた。思わず息を詰めたが、彼女が受けた痛みはこんなものじゃないだろう。

「ふざけるな!」

怒声。
始め、誰が発したものか分からなかった。
いや、目の前にいる彼に決まっている。
だって、彼の声だ。
分からなかったのは、普段の彼からは考えられないぐらいの大きな声で、真剣そのものだったからだ。

「何で傷つけた!ナマエには、最初からずっと君しかいなかったじゃないか!今も!だから泣きそうだったんだ!そんなこと、いくらそういうことに鈍い君でも分かっただろ!?何が心配だったんだ?!僕がナマエを君から奪うとでも?!あぁ、奪いたかったね!でもナマエはそれでも君を選んだ!傷つけられたとしても、好きだったんだよ!他の誰でもない、君を!」

カヅサが放った言葉は『八つ当たり』というにはほど遠い、正論だった。それでも彼が『八つ当たり』と言ったのは、彼の発する言葉を悪役にしようと、自分の心のダメージを減らそうとした彼らしい心遣いで、乱暴な言葉の中から冷静な彼が読み取れた。
しかしカヅサのここまで怒りに燃えている目を見たことがない。だからか、呆気にとられた。

「ナマエが、俺を?………というか、カヅサ……お前………」

何を言えばいいのか、まずこの目の前の男がまるで知らない人間のように見えて、分からない。すると目の前の男は自分から手を話して、メガネのブリッジを上げた。

「ナマエ君は、きっと……チョコボ農場だよ」

さっさと追いかけておいでよ。
カヅサはブリッジに手を当てたままそう言った。自分はまだ足に根が張っているように、動けない。するとエミナが立ち上がって自分の腕を引いた。するとカヅサが背中を押す。


いってらっしゃい。


その言葉を遠くに聞きながら、自分は自らの意志で走り出していた。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -