『ルシになってしまえ』

クラサメくんの声が脳内に響いた。あぁ、彼が言うからこんなに心臓が痛いのか。
痛いよ。
痛い。

痛いのは、嫌だよ。

ファンクラブの嫌がらせは痛かったけど、辛くはなかった。
支えがあったから。
クラサメくんがいたから。
今は嫌がらせはない。
けど支えがなくなったから。
クラサメくんがいないから。

痛くて、痛くて、しょうがない。

誰か、助けてよ。


「大丈夫?」

同じように手摺に手をかけるカヅサが声をかけてきてくれた。でもまだ自分は焦点のあわない目でその辺を見つめる。

「んー。痛い」
「心が?」
「うん」

胸の辺りの服を、ぎゅっと握った。カヅサが頭を撫でてくれた。頭が少しぐらぐらして、余計に視界が悪くなる。

「嫌いになった?」

カヅサの言葉に首をふった。横に。

「そうか………。好きなんだね、クラサメ君が」

その言葉には、間を開けて、考える時間を要して、首を縦にふる。


「どんな形の好きであっても、私はクラサメくんが『好き』だよ」


少なくとも『嫌い』になんかなれない。
『好き』なんだ。
それは、決して揺るがない。

「そう、か……」

カヅサと私は、今きっと同じものを見てる。眼下にいる、クラサメくんとエミナだ。

「質問していい?」
「どうしたんだい?」
「あの二人はさ、付き合ってるのかな?」

だったら、どうする?

カヅサが逆に質問を返してきた。

「どうもしない、かな」

ショックだけど、クラサメくんはきっと私が好きじゃないだろうから、結果は変わらない。

「だったら、僕にしない?」

カヅサの声が、やけに響いた気がした。でもその声はいつもの飄々としたもので、思わずクスクスと笑ってしまう。

「そんなフワフワした告白ではOKできないよ。第一、そんな簡単に決めたら、自分自身にも、クラサメくんにも、特にカヅサ、君に失礼すぎる」

すると急に肩を掴まれ、カヅサと向かい合わされた。今日初めてカヅサの顔を見た。目を見た。泣きそうな目をしていた。

「真面目に言うよ。もう一度。だから、聞いて」


クラサメ君を止めて、僕にしないか?


まっすぐ、感情が伝わってくる。
直接『愛』を聞いたわけではないが、目は口ほどにものを言うというのは本当だったのか、と言う冷静な自分がいた。

「え、あ、その………ごめん」
「だよね」

目の前の男の手が、肩から離れる。それだけで、とても肩が寒く感じられた。すると男はヘラっといつもと違う情けない笑顔を向ける。その笑顔に先ほどまで感じていた痛みとは違う別の痛みが心臓に走った。

「あ、で、でも!私はカヅサのこと好、」

想いに答えなくては、と開いた唇がカヅサのそれに塞がれる。肩をもう一度掴まれて本棚に押し付けられた。
触れるだけの優しいキスが啄むように変わるが、私は応えられない。その事実がさらに心に痛みを伴わせ、せめてとカヅサの服の裾を掴んだ。

「ごめん」

額を触れさせ、もう一度キスしようと思えば息をするより簡単な距離を維持したまま、先に口を開いたのはカヅサだった。

「ナマエ、言ったよね。どんな形であってもクラサメ君が『好き』だって」
「う、ん」
「だからね、どんな形であっても君から僕に対して『好き』なんて、聞きたくないんだ」

我儘言ってごめんね、なんていつもの笑顔で言うから、もう何も言えなくなった。

「今のキスは、そうだね………ナイショにしておいて?」

いたずらっぽく言うカヅサの人差し指が私の唇に押し当てられる。距離が近すぎるから、カヅサ自身の唇にも触れていた。
了解の意味を込めてしっかり頷けば、解放してくれた。と思ったら今度はぐるっと反対側を向かされ、肩を押されて歩き出す羽目になる。とりあえず押されているとクリスタリウムの出口に着いた。背後から、声がかかる。

「ナマエ」
「?」
「好きだよ」
「……ありがと」

もう何も言えないって分かったから、私は自分の足で歩き、自分の手で扉を開けた。

こんな良い日は、空も綺麗だろう。
だったら、思う存分空が見えるあの場所へ行こうか。




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