あの後、カヅサやエミナに『友人になれた』と報告すれば、二人に思いっきり笑われることとなった。曰く、『その言い方はまるで彼女ができました』と言うようなテンションだったらしい。ナマエが彼女、と考えただけで顔が熱くなったのは、そういう風にもなれるほど仲良くなったのが嬉しく、また彼らにからかわれたのが恥ずかしかったからだろう。
あれから度々共に居るところを目撃されればまた知らないところでナマエは傷を作ってきたが、ある日を境にパタリと止んだ。彼女自身が何かをしたと言うわけではないらしい。本人が不思議がっていたからだ。
『キスしてしまったのは責任があったからね。クラサメくんのファンに、作戦とはいえ大変申し訳なかったことをしたから、それなりの報復は受けないと』
要するに、やり返すなら最初からやり返している、とそう言うことらしい。彼女自身そんなに弱くない、と。この時知ったことだが、自分にはファンクラブがあるのだとか。自分に好意を寄せてくれるのは大変ありがたいことだが、度が過ぎるのは感心しない。その被害を受けているのが友人なのだから、よけいだ。だから彼女に危害を加えた奴を教えろ、と以前詰め寄ったが、彼女は首を縦には振らなかった。
(治まったから良いようなものを……)
よく考えれば最初に見た首の傷は切り傷だ。首を切られたとなれば、ずいぶんと酷いことをする。これがさらにヒートアップしていれば、彼女はどうなっていたのか、考えただけでゾッとする。
(終わりよければ全て良し、か……)
彼女が笑いながらそう言ったから、女々しくいつまでも横から色々言うのは止めたのだった。
1組での実習が終わり、軍令部に報告をしにいった後。いつも彼女がいるであろうチョコボ農場に足を運ぼうとした。角に差し掛かったとき聞き覚えのある声がして、そのまま魔方陣に乗れば良いものを、思わず足を止めてしまう。角から恐る恐る覗きこむと、クリスタリウムから出てきたのは二人の友人だった。
(カヅサに……ナマエ?)
珍しい組み合わせだ、と思った。カヅサが誰かと一緒にいるのはその性格上珍しいことで、勿論同じクラスのやつといることもあるが、見かけるときは大抵エミナと一緒だ。そんなカヅサが、自分の友人のはずのナマエと一緒にいる。
(何をして……)
ただ一緒にいるだけだ。なのに、ひどく落ち着かない。自分は彼女とカヅサの友人で、彼らが仲良くするのは何ら問題はないはずだ。自分だけの友人であってほしいと言うのは事実だが、エミナやカヅサと彼女が友人になったところで、自分達三人共通の友人なだけで彼女が自分から離れていくことはない。
だから、焦ることなど何もないというのに。
カヅサが、ナマエの頭を撫でた。彼女の柔らかそうな髪がくしゃくしゃになっている。が、ナマエは顔を赤くしてうつ向いていた。不機嫌そうに眉を寄せているが、怒っている訳じゃない。彼女の考えていることなど、分かる。あれは、恥ずかしいから素直に喜べないだけで、嬉しいのだ。
ナマエは手を払い除けると、カヅサを置いてこちらに向かって歩き出した。自分も角から出てさりげなく魔方陣に乗ろうとすると、彼女から声がかかった。
「クラサメくん」
「ん?あぁ、ナマエか」
そして彼女の後ろでヒラヒラと手を振っているカヅサにも視線をやった。
「カヅサ?一緒にいたのか?」
珍しいな、と冷静さを取り繕う。すると彼女は頷いた。
「まぁね」
「何かあったのか?」
「武器の調整の話だよ。知ってた?カヅサがやってくれてるんだよ、私の双剣」
人体にしか興味のないカヅサが珍しいでしょ、と笑う彼女の横で、自分の眉がピクリと動いたのが分かった。
『カヅサ』
彼女は確かにあのマッドサイエンティストである彼を、呼び捨てで、そう呼んだ。
「後ね、」
少し嬉しそうにはにかむ彼女を見て、頭のなかで警鐘が鳴り響く。
聞きたくない。
我儘な自分が、そう言っていた。
「友達になったんだ、カヅサと」
左隣を歩く彼女から見えないように、右の手を握りしめ、それでも喜んでやろうと、友人として祝ってやろうと、笑顔を作った。
「良かったな」
自分は今上手く笑えているだろうか。