夕焼け
草原が目の前に広がる。
暖かな草の香りがする風が優しく頬を撫でた。
ここは何処だろう?と辺りを見渡すと、たった今まで自分が寝転がっていたところに、オレンジ色の頭が見えた。
「ハイネ・・・・・・?」
「ん・・・?」
ハイネ・ヴェステンフルスは大地を思わせるエメラルド色の瞳をナマエ・ミョウジに向けた。
「なんだよ?怖い夢でも見たのか?」
その声を聞くと、心が軽くなった。
今彼がここにいると言う事実が何よりも嬉しくて、確かに怖い夢を見ていた気がするがすっかり忘れてしまった。
「ううん。覚えてない」
「ならよかった」
彼特有の優しい笑顔がナマエを安心させてくれる。
「ハイネ・・・」
「どうした?」
「あのね・・・・・・・・・」
言おうかどうか迷う。
どうしてこんな事が言いたいのか分からないが、言わなければならない気がした。
「ずっとそばに居てくれる?」
馬鹿な質問だと思う。
でも聞かずにはいられなかった。
するとハイネはナマエを優しく抱き締めた。
彼の温もりと香りに包まれる。
「馬鹿な事聞くなよ。俺はずっとそばにいる。ナマエが望まなくても、な。それが普通ってもんだろ?」
恥ずかしい事を平気で言えるのがハイネの長所というか短所というか。
懐かしいな・・・と何故か思ってしまった。
「ハイネ、大好きだよ」
「知ってる」
「だよね」
そんな甘い雰囲気を浮遊感が吹き飛ばし、そして―――
「え・・・?」
ナマエはベッドから跳ね起きた。
そして納得してしまう。
ハイネは先の大戦でガイアに討たれて神だ。最初は認めたくなかったが機体は大破し死体も見つかっていない。なら諦めるしか無かった。
だから、あの時懐かしいと感じたんだ。
もう二度と会えないから。
もう二度と触れる事はできないから。
なんて認めているフリをしているが、結局の所諦めが悪くこんな夢まで見る始末。
会いたい、けど会えない。
「思ひつつ・・・・・・ね」
あの民俗学オタクから借りた分厚い本を見つめた。
遥か昔に滅んだ『日本』と言う国の短い詩みたいなものがたくさん入っている本。その中にこんな一文があった。
――― 思ひつつ 寝ればや人の 見えつらん 夢と知りせば 覚めざらましを
まさにこのことなんだなぁ、と思う。
あの夢を夢と知っていたなら、目覚めないようにしていただろう。
「オノノコマチの気持ち、分かるなぁ」
独りごちに呟いたその時。
「だったら現実で会えないだろ?」
聞こえるはずのない声。
感じるはずのない温もり。
まだ自分は眠っているのだろうか?
「ただいま、ナマエ」
「ハ、イネ・・・・・・?」
ゆっくり振り返ると、そこには夢と同じように微笑んでいるハイネが居た。
「どうして・・・」
「何?俺が帰ってきたってのにそのリアクション?」
何か言おうにもあまりの衝撃に声が出ない。ただ口をパクパクとしているだけだった。そんなナマエの様子にハイネはクスクスと笑うと、そっと唇を寄せた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ナマエは何が起こったのか分からず唖然としている。
「あまりにリアクションなさ過ぎるとこっちも困るんだけど?」
仕方ないとばかりにハイネは再び顔を近づけようとしたが、ようやく意識を取り戻したナマエによって拒まれた。
「だだだだだだだからなんで生きてるの!?」
そう言うとハイネは面白そうに笑い、話を始めた。
「俺がガイアに討たれたのはしってるだろ?」
「うん、デコが言ってた」
「(デコ・・・・・・?)まぁそんな事より。とりあえず俺は瀕死の状態でジャンク屋に運ばれたってわけ」
「うん・・・」
このあといろんなことを話してもらった。
あれから生きていたものの、半年意識が戻らずジャンク屋から見捨てられそうになった事。意識が戻ってからも三ヶ月経つまではろくに歩けなかったという事。
ハイネの話しを聞いているうちに、自然と頬に涙が流れた。
今度はハイネが驚いたようでギョッとした顔をしている。
「お、おい」
ハイネがナマエの涙を拭おうとするが、ナマエの手によって避けられた。
そして次の瞬間、
「馬鹿ぁ・・・・・・・・・ッ」
ナマエは本格的に泣き出して、ハイネに抱きついた。
ギュウっと抱き締める腕に力を込めると、ハイネはやれやれと苦笑しナマエの背中に腕を回した。
「ただいま、ナマエ」
「も、居なくなっ・・・たら、ゆっ・・・許さないんだから・・・っ」
夕日は一度沈むけど、
明日になればまた現れる。
「OKOK、もうずっと側にいる」
オノノコマチは覚めたくなかっただろうけど、
私は覚めて良かったと思うよ。
そしてお帰りなさい、ハイネ。
+++おまけ+++
「でも、あの時の夢、確かにハイネの温もりも香りもしたんだけどなぁ」
「あぁ、俺、ナマエのベッドに潜り込んでたけど?」
「え゛・・・・・・」