今は昼時でリフレッシュルームや外のベンチは人で溢れかえっている。なので1組は逆に静かだ。ここにいれば昼は誰にも干渉されないで本を読むことができる。人と一緒にいるのが嫌いと言うわけではないが、苦手なのだ。だから昼の時間は一人でいることが多かった。時々カヅサやエミナと約束するようなことはあったが、もともとクラスは別。一人でいたければ教室に籠ればいいだけのこと。
なのに何故か今日は約束もなければ用事もないのにエントランスに来ていた。どこからともなく黄色い声援。自分の容姿はエミナにさんざん言われ『かっこいい』部類に入ると自覚させられたから、この声の理由は分かっている。やはり来るんじゃなかった、と魔法陣に再び乗ろうと足を向けたときだった。

「くっ、ぽっ、くぅ、ぽっ、く……………ぽぉっ!」

べしゃ、という音がして、思わず振り返った。あれは2組のモーグリだ。大量の荷物を運んでいたが、重さに耐えきれなかったのだろう。駆け寄ればモーグリはお礼を言った。

「1組のクラサメ君くぽ?ありがとうくぽー」
「いえ、手伝いましょうか?」
「助かるくぽー!お願いするくぽ」

荷物を持ち上げ2組の魔方陣へと向かう。他のクラスの人間が乗っても作動するのだろうか?という心配は無駄に終わった。視界が一瞬赤く染まったかと思うと、構造は一緒だがそれでも細部は違う教室の前に着いた。魔方陣に関してはあの一瞬でモーグリが使用許可を申請したのだろう。
教室には人はほとんどいなかった。女子が何人かこちらを振り返ったが無視することにする。

「それをここに置いて欲しいくぽ」

モーグリの指示に従い教卓の上に乗せる。ふと教室の角を見た。女子に騒がれることにはある意味慣れていたから、逆に珍しかったのだ。

そこにいた少女はこちらを見向きもせず窓から見える景色を無表情に見つめている。

「すみません、あちらの生徒は……?」

モーグリに訪ねると彼または彼女は丁寧に説明してくれた。

「ナマエ・ミョウジ、あのミョウジ家の候補生くぽ!成績優秀者だから実力は1組を抜いてるかもしれないくぽ!」

自分のクラスの候補生を自慢するのはよくモーグリがやるクセのようなものだが、こればかりは自慢したくもなるだろう。ミョウジと言えば代々ルシとなる人間が多い。ルシに選ばれやすい理由は分からないが、朱雀が重宝している家系だ。あのセツナ卿も噂ではミョウジの血を持っているらしい。

「1組に匹敵するなら、なぜ昇格しないのですか?」
「それは本人の意思くぽ。昇格の話をしてもナマエが了承してくれないくぽ……」

1組にもなれば当然2組より危険な任務が当てられる。実力不相応なら無駄死にするので話は別だが、本当に実力があって拒んでいるのはただの我儘でしかない。アギトとなるべくここにいるのに、そんなことが許されるのか。

「年頃の女の子は難しいくぽー……」

モーグリが落ち込んでいるのを余所に、少女を見つめる。すると、初めて彼女が窓から目を離し、こちらを見た。
何も考えていなさそうで、強い意思を秘めた目が、視線が、ぶつかった。

「………何か?」

見られていたのが不快だったのか、少女は眉を寄せた。何でもないと首を振ると、相手は急に立ち上がった。

「ナマエ?ど、どこに行くくぽ?」
「外」

そう言い残して少女は去っていった。

「では自分も失礼します」
「あ、どうもありがとうくぽ!」

モーグリに頭を下げて出ていく。女子から声がかかった気がしたが、無視した。それよりも気になることがある。

魔方陣をすぐに出たが目的の人物は見つからない。だが何処に行ったのかは、知らなくても分かる。彼女は、きっと自分と同じだ。再び魔方陣を起動してある場所を目指した。










「人をつけ回すのは良い趣味とは言えないね」
「そういうお前はあの時間から出ていくのはさぼりだろう」
「そのさぼりの私を追いかけてきた貴方も次の授業に出る気はない、そうでしょ?」

冷たい視線。この穏やかな空気が流れ、生まれたばかりの雛の鳴き声が聞こえるチョコボ農場に不釣り合いなそれが、まっすぐ自分に向けられている。チョコボ農場の柵を越えた芝生の上に彼女は寝転んでいたので、自分は相手を見下ろしているはずなのに下から投げかけられる眼光は見下ろすよりもはるかに鋭かった。
彼女の質問に『そうだな』と同意すると、彼女の隣に腰を下ろした。

「で、四天王が私に何の用?」

ちゃんと真面目に授業に出ろっていうお説教?と目を瞑りながらいう彼女に自分は首を振った。

「いや、ある意味説教か。2組のモーグリから聞いた。実力は1組レベルだと」
「それで?」
「皆アギトを目指しているのに、何故お前は同じようにしない?」
「……アギトになれるなら、許されるなら、そうしてるよ」

まだ、彼女は目を開けていない。それは、現実から目を背けているように、何故か自分は見えた。

「知ってる?ミョウジの家はすごく、すごーく大切にされるの。それはまぁルシを世に送り出してるんだから、重宝したくなるのは、戦争に勝つためにも大切だよね。ちやほやされて育ってきたのに文句はない。私も楽させてもらったし」

でも、と彼女は続けた。

「努力してもしなくても評価は変わらない。私がどんなに不良でも1組に入れるし、どんなにがんばって魔導院で最強になったとしても、アギトどころか四天王にすら選ばれない」
「お前の未来は『ルシ』と決まっている。だから少しでも逆らってやろうとしている、か」
「ご名答」

がばっと彼女が体を起こす。マントに草がついていた。

「自分はルシ以外にはなれないかもしれないけど、意思はある。逆らうのが自我なら、逆らうだけ逆らいたい、それだけだよ」

自分は彼女の横顔を見た。
自分は、人と馴れ合うのがあまり得意ではない。自分に似ている彼女に親近感を覚えたから追い掛けて、どんな思考を持っているのかが気になり、今こうして話しを聞いている。そこで気づいた。彼女はこんなに自分のことをしゃべる人間なんだろうか。

「初対面の俺に、そこまで話す理由はなんだ?」

ふと思いついた質問を口にして、慌てて自分の口を押さえた。これではまるで寄せられる信頼を期待しているようではないか。彼女もそれに気づいたのか、喉の奥で笑い出した。

「思い上がらない方が良いよ。君も同族だと思ってたんだけどね」
「どういう意味だ」
「聞かれないなら答えない。聞いてきたら答える。別に君だけじゃない。2組にも何人か居るよ、私のこと知ってる人間は」

聞いてきたからね、と彼女はマントの草を払いながら立ち上がった。自分もつられて立ち上がる。

「まぁ、他のクラスの奴に話したのは君が初めてだから、自慢したければすればいいんじゃない?お好きにどうぞ」

立ち去ろうとする彼女の腕を、とっさに捕まえた。

「まだ何か?」
「クラサメ・スサヤだ」

この時自分は何を考えていたのか、全く分からない。ただ腕を捕まえて、自分の名前を名乗っていた。似たもの同士だから自分が言いたいことは相手にすぐ伝わるが、自分も意味が分かっていないことを相手にしてしまったので相手も同様に驚いていた。年相応の、皮肉に歪められている訳でもなく悲しそうに目を伏せている訳でもない、きょとんとした顔が、見れた。

「し、ってるよ?氷剣の死神」
「違う、クラサメだ」

何が違うのか。今日の自分はどうもおかしい。
無性に恥ずかしくなって顔を赤くすれば、目の前の彼女は声を上げて笑ってくれた。

「あはははっ、分かったよ。クラサメくん。私はナマエ・ミョウジ。仲良くしてくれると嬉しいな」

その一言に、自分は何を考えていたのか、ようやく理解した。




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