電気が消された室内で、ただ秒針が動く音だけがやけに耳に付いた。時間としては夜だが、宇宙空間にいるとそう言う事も忘れてしまいそうになる。それは宇宙を見渡せば漆黒の世界が広がっているから夜と錯覚してしまうからなのか、それとも別の何かか。ナマエ・ミョウジにとっては、その『別の何か』が原因なのだろう。


『この子を殺すわ!!』


そう言ってフレイ・アルスターが差し出したのはラクス・クラインだった。あの時彼女は錯乱状態だったとはいえ、ちゃんとラクスをコーディネイターと認識し、楯にしてきたのだ。もしあの場にラクスではなく自分がいたら、彼女は同じように自分を楯にしたのだろうか。

そこで自分が恐れを抱いている事に気づいてハッとなる。

自分はザフトの軍人だ。
なのに彼女に拒絶される事を恐れている。

そんなのとっくの昔に分かっていた事なのに。


艦内はあの戦闘を終えて静まりかえっていた。さっき壊した鍵も取り換えられることなく、全員が疲れて眠ってしまっているようで、今なら抜け出せると少しばかり精神的にダメージを受けた身体を無理矢理起こす。ラクスの居場所は分からないが、おそらくまたあのハロの底知れない力で部屋を抜け出している事だろう。なので部屋には向かわず、少しでも物音がした方へと無重力に任せて流れていった。

(・・・・・・・・・・・・元気にしてるかな・・・)

ふとそんな事が頭を過ぎる。
心配なのは自分の同期で、先程の戦闘でも酷く機体が傷付いているのが分かった。特にデュエルの破損は激しく、またメカニック達を泣かせているのだろうと思うと、沈んでいた気持ちが軽くなる。

「イ、ザーク・・・様・・・」

ぽつり、と名前を呟いてみた。
心の奥がほっと暖かくなる。

彼には感謝してもしきれないぐらいの恩があった。
あの日、気まぐれでも彼があの道を歩いていなければ、自分は死んでから。

だからあくまでも彼は恩人であって、好きな人には当てはまらない、ハズだ。

第一自分が好きなのは、ニコル・アマルフィだと自覚したところだ。
その気持ちに偽りは無いはずだし、間違いだとも思わない。

だから、心の奥がほっとしたのは、きっと安心しただけなんだと、言い聞かせた。

しばらく浮遊していると、進行方向とは反対の方から誰かが泣いているような、嗚咽が聞こえた。そして今角を曲がったのは、間違いなくハロで。《テヤンディ》と跳ねながら前進しているその影を追った。

少し先には開けた場所があった。宇宙を一望できる場所で、ここしばらくゆっくり宇宙を眺めていなかったな、と廊下で四角く区切られた宇宙を見る。
ゆっくりと目を閉じて、身体の力を抜く。
息を止めてしまえば本当に生身で宇宙にいるような錯覚をしてしまう。
前方から話し声が聞こえたが、誰かに見つかるかも知れないという『恐怖』は一切無い。恐怖を持たないというのは、敵艦の中であれば危機感に欠けるというのだろう。それでも、この艦は、不思議と怖くなかった。

慎重に進んで行き展望室に顔を出してみると、一人の少年と、予想通り一人の少女とペットロボットがいた。










「キラ?」

振り返るとそこにはナマエが居て、何でこの人達は脱け出すのが上手いんだと苦笑してしまう。いや、ラクスの場合はハロか。

「遠くの方から泣き声が聞こえて・・・」

しかもここへ来た理由まで同じとなると、キラは笑ってしまった。
二人は似ていると思う。優しいところなんか特に。ラクスはほんわりした優しさで、ナマエは分かりにくいけどまっすぐな優しさがある。そして自分はナマエの優しさが好きで、それをくれるナマエが大好きだった。

(『だった』、か・・・)

今はどうなのだろう?
例え好きだったとしても、もう彼女が自分達と笑い会うことはない。あの笑顔はみることが出来ないだろう。

「ナマエ・・・」

気になることはいっぱい有った。いや、すでに答えが出ているものもあるが、分からないことも多い。
しかし、本当に気になることは、聞きたいことは、1つだけだ。

「これを・・・アークエンジェルを追ってる艦に、所属してるんだよね?」
「・・・えぇ」
「一回でも、これを堕とす為に、出撃した?」

待つ時間は長かった。
その綺麗な深紅の瞳は揺れていて、こういう時は、自分の為に嘘を付こうかどうか迷っている時だ。

「出て、ない・・・」

きっと彼女は優しいから、いま『出ていない』と言ってしまえば自分は安心してしまい、さらには撃っていないからといって彼女に『戻ってこい』と言ってしまうことに気付いているのだろう。そして彼女がそう答えたという事は・・・

「じゃあ・・・」
「言わないで」

ナマエは叫び、ぎゅっと眼を閉じた。
そこで改めて確信した。

やはり彼女が帰る場所は、向こう側なのだと。

少しだけ寂しくなって、でも感情を表す事がなかった(それもあの時彼女が作っていた性格なのかもしれないが)ナマエが、そうはっきり言ってくれたおかげで、心に溜まっていた何かがふっと消えて、そして決心が生まれた。


彼女たちを返そう、と。










覚悟を決めて伝えると、ラクスは嬉しそうに、ナマエは唖然とした感じで呆けていた。

「・・・気は確かなの?」
「うん。だって、もう人質扱いされているのを見るのはイヤだから。ちゃんと返すよ」
「まぁ」

ラクスが嬉しそうに微笑み、ナマエもほっと安心したようだった。

「それはいいとして、どうやって?」

キラはしばらく考えた後、ポツリと『ストライクが』と言った。

「ドックに行くの?それは少しまずい気が・・・」
「でも、そうしないと返せないよ」
「・・・・・・・・・」

分かった、とナマエは渋々ながらも納得し、もう歩き始めていたキラの後に続く。

なるべく静かに通路を進むと何人かの士官にはあったがそこはキラのお陰でやり過ごすことに成功した。
しかし、そんな幸運が何度も続く筈がなく、

「ん?」

後ろから誰かの疑問文が聞こえたような気がして振り替えると別の士官がちょうど通路を曲がってきたところで、しっかりナマエとラクスの姿を視認されてしまった。

「ちっ・・・」

ナマエは舌打ちをすると同時に走りだし、相手の鳩尾に拳を叩き込んだ。が、体格の良い軍人は咳き込んだだけで気絶などあるはずもなく、接近したことによりナマエは掴まれる。

「あ、」

ヤバい、と思ったところにとんできたピンクの球体。それは士官の頭に激突し、士官は倒れた。

「ハロ・・・」
《テヤンディ》
「ナマエ!」

ラクスが心配そうに、キラは慌ててナマエに駆け寄る。心配しているときの表情は二人ともそっくりで、つい笑ってしまった。

「死んでしまいましたの?」
「いや、たぶん脳震盪かと・・・」

それではすぐ起きてしまうので、近くにあった倉庫にまるでこのために置かれていたようなロープで縛ってから放り込む。
片付いた時にはパンパンと手を払い、振り返った。

「じゃあ行きましょうか?」

にっこり笑って見せると、キラは逆に頬をひきつらせる。

(守らなきゃって思ってたけど・・・)

どうやらその必要はないようだ。確かに彼女はザフトのエースパイロットなので、自分のような緊急で軍人のようなことをしているのとは訳が違う。そこでもまたナマエが自分達とは立場が違うのだと実感させられるが、今そんなことを考えていても仕方がない。

「うん、ありがと」

そして長い廊下を突き進む。するとまた前方から人影が見えた。ナマエはまた身構えるが、今度はちゃんとキラが押さえる。よく見れば、あれはトール・ケーニッヒとサイ・アーガイルだ。

「ちょっとこっちに隠れてて」

キラは何とか誤魔化そうとしてくれていたのは分かったが、この物体は黙ることを知らなかった。

《ハロ・ハロ・・・》

「これって・・・あのピンクの子の・・・あっ!!」
(見つかった・・・・・・っ)

再び殴って気絶でもさせようかと構えたが、ラクスに腕を掴まれた。

「ラクスっ!!」
「落ち着いてください、ナマエ」

「何やろうとしてんだ、おまえ?」

ナマエに向けられた敵意に少し怯えつつも、トールはキラに問い詰める。キラはぎゅっと拳を握りしめて、サッと顔を上げた。その目は真剣そのもので、トールは何も言えなくなる。

「黙って行かせてくれ・・・僕は嫌なんだ、こんなの!」

キラの切実な思いが通じたのか、しばらくの沈黙の後サイは優しく微笑んでキラの肩をぽんっと叩いた。

「ま、女の子人質にとって逃げるなんて、本来悪役のやることだからな」
「手伝ってやるよ」

トールがあっさりそう言い、先だって他の士官の目を盗んで立ち回ったことで、すんなりとパイロットロッカーへと辿り着くことが出来た。入り口の見張りも適当に任せて、キラはラクスのために船外作業服を取り出す。

「あ、ナマエは・・・」
「サイに取りに行って貰ったから大丈夫」

要するにザフトの制服を着るのか、とキラは少し寂しそうな目をした。敵だと改めて理解するのが嫌なのだろう。
コンコン、とノックの音が聞こえたのでキラはすぐにドアへ向かう。サイからナマエの軍服とパイロットスーツを渡され、それをまたナマエに渡した。小さな鞄の中に軍服をしまい込み、さっとパイロットスーツに着替える。真紅のそれが、彼女をまた遠い人間に見せるようで、キラは目をそらす。

「ラクスも着がえ終わり・・・ました・・・?」
「はい、随分前に」
「・・・・・・・・・・・・うん」

ナマエの言いたいことは、おそらくそのお腹の膨らみだろう。スカートを詰め込んだ所為でそうなってしまったのだが、パイロットロッカーから出たところでトールが『いきなり何ヶ月?』と呟いたのに、ナマエが自分は我慢したのに、と恨めしげに見ていた。

「ナマエは・・・似合うと思うよ」
「ありがとう」

微妙な緊張感が嫌だったが、トールがサイの脇をど突くとその空気も一瞬で和む。

整備も終わった頃なので、格納庫にはほとんど人が残っていなかった。キラとラクスが、そしてナマエもストライクのコックピットに収まると、なかはかなり狭くてナマエは小さくなってキラの足下に入るしかない。フットペダルを触らないように気を遣いながら、何とか三角座りをして収まった。

「ごめんね、ナマエ」
「いいよ。ラクスが窮屈じゃなければ」
「大丈夫ですわ。ありがとうございます」

にっこりと微笑まれて、ナマエは頷き返した。ヘルメットが何度も上に当たるが、文句は言っていられない。むしろ入れていることが奇跡なのだから。

「またお会いしましょうね?」

ラクスは自分を助けてくれた少年達を見つめながらそう言った。その気持ちは嬉しいが、今は敵であるためトールは苦笑した。

(敵、なんだよな・・・)

そう思った瞬間、サイの表情が強ばる。
怒りや、恨みの感情からではない。
もっと別の、恐怖だ。

「キラ・・・・・・」
「ん?」

「お前は、帰ってくるよな?」

キラがはっと顔を上げた。OSが立ち上がっている画面を余所に、キラが二人を見つめる。

その時、恐れていた事態が起こった。

「おい!何をしている!」

下の方からマードックの怒鳴り声が響き渡り、ナマエは急いで、と催促した。しかしサイの追求は続く。

「お前はちゃんと帰ってくるよな!?俺達のところへ!」

ハッチを閉める瞬間に、キラは笑って頷いた。

(僕には、帰る場所がある・・・)


ここにはある。
自分を思ってくれる人達が。


だから、自分はここへ帰ってくる。


その言葉を飲み込みながら、キラは対外スピーカーからばらばらと出て来た作業員に呼びかける。

「ハッチを開放します!退避してください!」


その時、再び聞こえたサイの声。

モニターを見ると、閉じてしまったコックピットに向かってまだ真剣に呼びかけるサイが居た。


「きっとだぞ、キラ!俺はお前を信じてる!」










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