『君達はここから逃げるんだ!』

そう言われて、無理矢理緊急脱出用ポッドに押し込まれた。中はお世辞にも綺麗で広いとは言えない空間で、ただラクス・クラインと自分の分だけの呼吸が聞こえる。

「ラクス・・・」
「なんですの?」

守るとか言っておきながら、なんだこの有様は。


何も出来ない。


そんな空虚感だけがこのポッドに充満していた。

「申し訳ありません」
「大丈夫ですわ」

だってナマエが居ますもの。

そう言うラクスは本当にナマエ・ミョウジを信頼しているようで。
ナマエはありがとうございます、と呟くとポッドに付いている通信機に手を伸ばした。カタカタとしばらく弄っていると、ピーピーと嫌な音がする。

「・・・え?」
「どうしましたの?」

通信画面には、『エラー』の文字。
そして一度振動がして、止まった。

「・・・・・・・・・・・・え?」
「ナマエ?」

エラーの詳細を見てみると、循環系はやられていないが、推進部が故障している。

つまり・・・

「助けが来なければ・・・このまま死ぬ?」

ナマエがぽつりと呟くと、ラクスがまぁ・・・と声を漏らした。

「でも、ナマエが居てくれるから、大丈夫でしょう?」

ラクスの一言が、ナマエにプレッシャーを与える。

期待されているのだ。
なら、それに答えないといけない。
でも、何も出来ない自分に、そんなことができるだろうか?

体が、震え出す。

「・・・ナマエ?」

私は、何も出来ない。
今まで、全てみんなに頼ってきた。
困ったときは、特にイザーク様が私を助けてくれて。
私は・・・ラクスを・・・守れるだろうか?

アスランのように、ラクスを守れるだろうか?


すると、ラクスがそっとナマエの手を取った。

「申し訳ありません、ナマエ」

ラクスは優しく微笑んでいて、強引にナマエを抱き締めた。

「ナマエは、人ですもの。恐怖を感じるのは、人として当然ですわ」
「ごめ・・・」
「謝ることではありません」

恐れない人など居ない。
ラクスは優しくそう言った。

「私は・・・っ・・・何も・・・で、き」
「できないわけではありませんわ」

私が、こうして強気で居られるのは、ナマエが側にいるからです。










「あらあら・・・」

しばらく続いた嗚咽が止まり、ラクスはナマエの顔をのぞき込むと、その瞳は閉じていて規則正しい息づかいが聞こえた。しかたありませんわ、とラクスはナマエの頭をそっと撫でるとその場で膝枕をする。

「恐れないでください。貴方は沢山の人に守られているのですから」

落ち着いた寝顔に似合わない、決してラクスの手を離そうとしないそれ。

「しかし、それを当然と思わないでください」


貴方のその感謝の気持ちが、貴方の力になるのですから。


「それはそうと・・・」

今日はやけにピンクちゃんが静かだ。

「ピンクちゃん?」
《ハロ、ゲンキ!》

ぴょーん、ぴょーん、という擬音語がよく似合う飛び方を・・・いつもはするのだが、重力下では無いため漂いながらハロはラクスの元へ来た。

「まぁ、起きましたのね?」
《ナマエ、ドウシター?》
「ふふっ・・・ナマエはお昼寝中ですわ」
《・・・・・・・・・・・・・・》

ピンクちゃん?と声をかけると、ハロは回転し、上手にナマエの上に乗っかった。

《ナマエーナマエー》
「ピンクちゃん」

珍しく声に怒気を含ませて、ラクスはハロを叱責するが、ハロは名前の連呼をやめようとしない。

《ナマエー》
「ん・・・」

何回かラクスとハロのやり取りが続いた後、ナマエの唇から声が漏れた。

「・・・ハ、ロ・・・・・・?」
《ナマエーテエヘンダー》

ハロの様子(というものがあるのかどうかは不明だが)に、これは何かあったとナマエはラクスに一言お礼を言うと通信機に目を通す。
通信機には、「イレギュラー」と表示され、外の様子が映し出されている。が、

「・・・・・・・・・映ってない?」

否、映っていないのではなく映りすぎているといった方が正しいのか。何かとてつもなく大きな物がこのポッドに当たっているのだろう。カメラの前にその物があるらしい。

「わたくしはこういう機械のことはよく分からないのですが、このマークの場所が動いている気がするんですの」

ラクスが指差す先にはレーダーがあり、点灯と消灯を繰り返して動いているように見えた。しかも、動いた先には、大きな熱源がある。

「モビルスーツと、戦艦?」

自分達が出したエマージェンシーに気付いて貰えたのだろうか?
それにしては到着が早すぎる。加えて、おそらくこのポッドを掴んで居るであろうモビルスーツにザフトの識別コードがない。


ならば、この機体は地球連合軍の物か。

「ナマエ?」
「・・・どうやら助けが来たようです」

ラクスを安心させようと、ナマエはにこやかにそう告げた。

実際、死ぬよりはマシかもしれない。
識別コードが無くても、ザフトである可能性だって充分にあるわけだし、少なくともラクスは死なないだろう。もし自分が地球連合軍なら、ラクスを人質にとって交渉を持ちかける。だから、彼女は生かし続けるだろう。だが、自分を生かす必要が何処にもない。

「・・・・・・」

まぁ、ここで餓死と言うことは無くなったのだから、ということでポジティブに考えようと思った。

「・・・ナマエはいつも眉間にしわが寄っている気がしますわ」

イザーク様みたいです、とラクスはくすくす笑いながら言った。

「助けが来たのですから、もうしわを取ってもいいのですよ?」
「そうですね」

ナマエは無意識のうちに不安な表情をしていた自分を心の中で叱責した。

「・・・やはりいつも一緒にいると似てくるのでしょうか?」
「な、何がですか?」

ぽつりと呟いた一言に、ナマエはもしかして地球軍の艦だとばれたのかと視線をそらした。が、それは無駄であった。ラクスの口から次に告げられたのは、ナマエの眉間にはいつもしわが寄っているので、イザークと似ているというだけのこと。

「ま、まさか・・・いえ、むしろイザーク様のようになれたら、ラクスを守ることができるのでしょうが・・・」

また雰囲気が暗くなり始める。
ラクスは仕方ないと息をつき、優しい笑顔でナマエに声をかけた。

「では、明るい話でもしましょう?」

明るい話?とナマエが聞き返すと、ラクスは頷いた。

「やっぱり、女性同士で明るい話と言えば、恋愛のお話でしょう?」
「あ・・・・・・」

ナマエはこの手の話は苦手だ。毎回こういうときは避けるのだが、今話題を避けるネタも無いし、ラクスの気遣いを避ける必要は無かった。

「・・・まぁ、そ、そうですね」
「・・・では、ナマエは誰が好きですの?」

単刀直入。もう少し遠回しに聞くとか、段階を踏むとか、あると思っているのは、自分に知識が乏しいからだろうか。それとも目の前の彼女が間違っているのだろうか。

「えーと・・・」

多分適当に答えても、彼女は分かってしまうんだろう。実際自分でも気持ちはよく分かっていなかったが、自分を見つめる良い機会かもしれない。

そっと目を閉じてみる。

横で、ラクスが『さぁ、貴方の脳裏には何が過ぎりました?』と急かしてくる。女の子だから仕方ないと思う、けどもう少し落ち着いて欲しい。

ピッ―――― ピッ―――― とレーダーが反応する音だけが聞こえる。

ナマエは、ただ考えていた。


直感。


その時、一人の少年が、思い浮かんだ。


緑色の髪の、優しそうな、柔らかい笑みを浮かべた、少年。


サッとナマエの顔が紅くなる。

いや、全く予想しなかったわけじゃない。むしろ、六歳の時から考えて、一番始めに普通に話せるようになった相手だし、何度も助けて貰ったりした。じゃあ、自分は・・・

「ニコル・・・?」

そう言うと、心がどきどきした。

「私は・・・ニコルが、好き・・・かもしれない・・・・・・・・・・です」

いつからだろう。
いつから自分は、彼のことが・・・



ナマエが自分の思考の中に落ちている中、ラクスは黙ってナマエを見つめていた。

―――――――
「え?何か言った・・・言いましたか?」

ナマエがキョトンとした目でラクスを見る。ラクスはすぐにいつもの笑みを浮かべた。

「今更気づきましたの?」
「へ?」
「ナマエ、昔からニコル様の事、優しい瞳で見ていましたわ」

もしかしたら向こうも気付いているかもしれませんわ、とそう言うと、ナマエは更に顔を真っ赤にした。その顔は、情けないようでまた可愛いので、ラクスがナマエに抱きつきそうになった。

その時、ガコンという鈍い音がしカメラがそのモビルスーツの全身を捉えた。それは、どこかで見たことがあるシルエットだ。だが直ぐにカメラの視界から消え、誰かがコンコンとポッドの壁を叩く。ナマエはぐっとラクスを引き寄せると、銃を出口に向けた。

「ナマエ・・・?」
「一応念のためです。きっと大丈夫ですが」

強気の笑みを浮かべてみると、ラクスは笑い返してくれた。

いつから作り笑いが出来るようになったんだろう、自分は。
いや、あの時からずっと偽り続けて、ここまで来た。
きっとラクスは気付いているのかもしれないけど。



でも、もう自分は大丈夫。
アスランのように天才でなくても、イザークのように野心がなくても、ニコルのように心が優しくなくても、

ラクスに貰った勇気で、何とかなると信じている。

(成せば成る、成さねば成らぬ、か・・・)

イザークに随分前に教えて貰った言葉を唱えて、ナマエは正面を見据える。
その目は、覚悟だけを携えていた。

エアが抜ける音がして、ハッチが開く。

ラクスの肩をぐっと掴むと銃のセーフティを外し、ゆっくりと近づいてゆく。

緊張の一瞬。

しかし、空気を読めない奴が一人(?)居た。

《テヤンディ》

あの馬鹿っ・・・と、思わずナマエは悪態をつき、出口に向かったハロを捕まえようと手を伸ばしたがそれは空を捉え、床を蹴った所為でラクスまでも押し出してしまった。

(馬鹿はどっちよ!!)

わざわざラクスを危険なところへさらすなど言い訳無用の状態ではあるが、こうしては居られないとナマエはハッチの縁を掴んで、光が見える外へと飛び出した。


その先は、本当に眩しかった。










「つくづく君は落とし物を拾うのが好きなようだな」

アークエンジェル所属のクルー、ナタル・バジルールが苦々しくそう言った。言われた本人であるキラ・ヤマトは答えようとしない。彼が落とし物を拾ってきたのはこの一度ではない。今格納庫にある緊急脱出用ポッドは二つ。前回はヘリオポリスが崩壊したときに推進部を失って動けなくなっていたポッドを。その時のおかげで今アークエンジェルに避難している人は多い。今回のポッドは大型でないとはいえ、また人を避難させなくてはならないのかと思うと、ナタルの気は滅入るばかりだ。

「開けますぜ」

何度か外装を叩いた後、コジロー・マードックはそう告げる。スイッチを押すとマードックはサッと離れ、地球連合軍の服を着た人々が銃を構えた。
そこへ機械的な、どこか間抜けな声が中から飛んできた。ピンク色の丸い何かはそのまま慣性の法則で真っ直ぐ飛んで行き、何が出てくるかと恐れていたクルーは呆気にとられた。

《ハロ・ハロ・・・》

ピンク色の物体は『ハロ』と連呼しながら壁にぶつかって跳ね返る。

そして、中からもう一度何かが出て来た。

「ご苦労様です」

出て来たのは、女の子であった。
あの物体とは違った優しいピンク色の髪を漂わせ、キラの前を横切る。その様子は、まるで天使のように神々しく、儚げで。見とれていたキラははっと我に返って物体と同じように飛んでいきそうになる少女の腕を掴んだ。

「ありがとう」

少女が至近距離で微笑み、キラは思わずどきっとしてしまうが、次の瞬間その場の空気が凍りついた。

「ラクスッ!!」

聞き慣れた声。
見覚えのある髪。

ただ一つ違うのは、再び出て来たもう一人の少女が来ている服。










ナマエは出て来た瞬間ラクスの腕を引き、銃を構えてたまたま側にいたナタルに銃を向けた。
着ている服は、明らかに地球連合軍の物。
小さく舌打ちをしラクスを抱き寄せると同時に、クルーの銃口がこちらに向けられた。

「っ・・・・・・」

やむを得ないと銃をおろし、ナマエが憎悪と共にナタルを睨んだときだった。
たまたま、隣にいる人物に目がいった。

丸いサングラスに、出ている雰囲気は兄のような、その人は

「ナマエ・・・?」

ナマエの名前をぽつりと呟き、驚愕の表情を浮かべていた。

「・・・サイっ・・・」

サイ・アーガイルがここにいる。

もしかして、とナマエは額に嫌な汗を浮かべながら、周りを見渡した。


すると、居た。
面倒見の良さそうな明るい笑顔はどこかへ消え失せ、愕然としている少女。
いつも馬鹿をやっていて手のかかる弟のような二人の少年も、嘘だろ・・・と呟く。

「ミリィ、トール、カズイ・・・」

そして、ラクスを流れていかないように掴んでくれた少年を見た。
一番近くにいたのに、気付かなかった。

「キラ・・・・・・っ」
「ナマエ・・・?」










別れも突然で、出会いも突然だった。

再び会えると、信じたあの時を呪いたかった。


交わった道の先にいたのは、

手をさしのべてくれたみんなではなく、

ただ銃を向けてたたずんでいるみんなだった。










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