May be...




どうして、キミと会ったとき、ボクは気付かなかったんだろう?
ずっと探していたんだよ。
キミを見つけるために、軍人になったんだ。
だから、一目見たら分かるって信じてた。
でも分からなかったのは少し寂しい。
もしかしたら、あの時のうさぎさんが造られた人なんて、
信じたくなかったのかもしれない。










暗い通路にいくつもの丸形水槽が不気味に光っている。
中にある、透明だが緑色の液体の所為だろう。
遠くから見たときは幻想的な光で、地球の一部の地域に住む『ホタル』という昆虫を思い出したが、これが幾基もの水槽で中は全て死体だと分かったときは、正直に言えば少しばかり怖かった。水槽は割れている物もあり、中の水はドロッとしていて水質はかなり悪そうだし、中にいる人ともつかない何かは内蔵が飛び出ていたり多量の出血、五体満足でないのがほとんどだった。ぱっと見た感じでは生きているのは居ないだろう。

そう、居ないのだ。

ならこんな所に長居する必要はない。だから切り上げを命じようとイザークが息を吸った時だった。タイミング悪く隊員の一人が叫んだ。

「隊長!!ここに隠し扉が!!」

その一言で周りにいる全員に緊張が伝わる。隠し扉。そんなもの、入ってしまえば確実に成功体に近いクローンが居るだろう。しかも、あの男の言葉を信じるなら失敗作ということになり、これよりも更にグロテスクなものを見なくてはならないと言うことだ。見つけて欲しくなかった、という意味を込めて溜息をつき、数名だけ着いてこいと命令した。何人かが慌てて後を追うが、イザークが足を遅くする気配はない。それどころか僅かに速くなっている。隊員は何を焦っているのだろうかと首を傾げた。

(・・・何だ、この感じは)

イザークの方はというと隊員を気にも止めず、自分の中に流れ込んでくる感情のような何かが正面からぶつかってくることに強烈な違和感を感じていた。その感情はただ辛そうに、泣いている。

(何なんだ、貴様はっ・・・)

心の中で闇に向かって叫ぶ。
まるで深い湖に石を落とすかのような、無駄な行為だ。

しかし、波紋は広がった。


―――― Taskt・・・。


波紋が、返事が来た。
ただ悲しい声だ。
泣いている、苦しんでいる。
言っていることは分からないが、その声で痛いほど感情が伝わってきた。

そしてこの前の扉に、声の主が居ると確信できた。

イザークは蹴破るように扉を開け、中へと足を進める。そこには、今までに見たタイプとは違う大人でも入れそうな水槽があり、中に入っている液体は、あのドロリとした緑色ではなく、澄んだ青だった。それが三つ横に並んでおり、右と真ん中の水槽には何も入っていない。だが右の水槽に誰かが入っていた。

「ク、ローン・・・?」

それにしては人間に近い。否、元来クローンとは誰かのコピーなので、人間に近いのは当たり前なのだが、さっきまで見ていたクローンは腕が一本少なかったり多かったりしていたのもあれば、人間の原型を留めていないものもあった。それを考えるとこれは完成体に近いと言える。すらりとした細い肢体に整った顔立ち。女性だと思われる体つきはまるで美術品のようで。

「っ・・・」

イザークは慌てて目をそらした。
クローンの製造過程は、要するにこの水槽を母体と見立てて、受精・育成を行う。当然服と言われる外気から体を守るものなどは必要なく、液体に浸かっているのだから、裸だ。ただ作り主は恥ずかしかったのだろう、栄養を与えるために繋いだバイパスのパイプを締め付けすぎないように配慮しながら、胸などが見えないように巻いている。しかし所詮気休め程度で

(さっきまではほとんど腐食していたからな・・・っというか、軍人が来るのが分かっているなら服ぐらい着せておけ!)

と心の中でガノン・ミョウジに文句を言った。隊員達も一緒だろう。全員無駄に咳き込んだり、他の隊員と話し出したりしていた。そんな中当然のように突き進んで水槽の前に立ったのは、ジュール隊でも貴重な赤服女性パイロットのシホ・ハーネンフースだ。水槽の中をのぞき込み手元のキーボードを少し弄った後、振り返る。

「隊長。この水槽は作動しています。今すぐに止めますか?」

シホの落ち着いた声がその場の雰囲気を引き締めた。イザークもハッと我に返り決定を下すために考え込む。

(こいつを・・・処分するべきなのか?)

処分する、と言うのなら軍人だろう。だが、先程のあの声。あれは目の前にいる少女のものではないのか。それに、どこかで見たことがある。少女の顔に、見覚えがある。

「あ・・・」

シホが水槽のガラスに全反射を利用して映し出されたものを見る。

「・・・あと二分で起動します」
「そのまま起動させろ。評議会へ受け渡す」

そう言うしかなかったとはいえ、心がズキ、と痛んだ。
その時、ガラスのディスプレイに何かが表示された。


Body―――― Naked
Success―――― Only
Feeling―――― Vague
Intelligence―――― Accurate


―――― ?」

イザークが無意識に呟くと、それに反応するかのように水槽の中で異変が起こった。
少女の目が、ゆっくりと開く。

その瞳は美しいスカイブルーだった。

周りの隊員がその瞳の美しさに溜息をついているとき、イザークは同じように感心しつつも、心のどこかで肩を落としていた。
その瞳は、紅だと思っていたのに、と。

そして気付く。

(自分は、何を・・・)

何を期待しているのだろう。知らない奴の目の色なんて、どうでもいいじゃないか。そう思っていても、その瞳が紅であって欲しいと望んでしまう。

「隊長・・・?」

シホが声を掛けても反応できない。ただイザークは目の前にいる少女を食い入るように見つめる。


―――― あの時の“うさぎ”ではないのか?


水位が徐々に下がり、少女と繋がっていたコードも剥がれ落ちた。水が全て無くなると、ガラスが下の台に収納されてゆく。少女はおぼつかない足取りで第一歩を踏み出した。

「あっ・・・」

しかしガラスを収納している途中だった台に足をすくわれ、少女は前のめりになってこける。

「おい!」

シホに任せれば良いのに、自ら進んでその少女を受け止めにいく。
体は、とても軽かった。さっきまで液体に浸かっていたというのに、濡れていないし、むしろ肌は滑らかで柔らかい。男の性だろうか、もっと抱きしめていたいと思ったが、シホが無理矢理少女を奪って、最後に『変態だったんですか?』と言わんばかりの冷めた目で見られた。肩に掛かっていた、少女の銀髪が離れていく。

「服が見つかったので着替えさせます。男性はあっちへ行ってください」

隊員は渋々扉の向こう側へ消える。別にもう見たから今更・・・という不満を漏らしたが、イザークとそして主にシホの睨みによって黙らせた。









こうして彼らは変わってしまう。
否、変わるのは彼だけ。
恋という感情に、いつしか気付くのもそう遠くない。










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