いつもどおり



この出会いは運命だったのだろうか?
キミとボクの、
二人だけの出会い。










大きな事務用の机に向かって、書類に目を通している青年が居た。サラリとしたプラチナブロンドを肩より上で切り揃えいて、そのアイスブルーの瞳は鋭い眼光を放っている。彼、イザーク・ジュールは最近の雑務に心底疲れた様子で、しかしプライドは高いため欠伸をしようとしても必死にこらえていた。
眠いと訴えている脳に無理矢理書類の内容を叩き込んでいると、ブザー音無しで扉が開いた。ZAFT軍ジュール隊と言えばそれなりに名高い部隊で、それを指揮しているイザークの部屋に無断で入ってくることのできる(正確には勝手に入ってきている)人間は一人しか居ない。イザークの眉間に皺が出来るのも仕方なかった。

「入室許可、いつになったら取れるようになるんだ、貴様は」

この言葉を何度言ったか分からない。最初の方は律儀に数えていたりもしたが、もう数えるだけ無駄になるほど言ってきたのでとっくの昔に止めている。

「まぁそう言うなって」

書類を片手でぺらぺらと振っているディアッカ・エルスマンはイザーク同様何度言ったか分からない言葉を今日もまた繰り返した。『それより仕事入ったみたいだぜ?』と書類を机の上に滑り込ませるように置くと、イザークが視線だけをそちらへ向ける。


『本日1300より、クローン製造罪によりガノン・ミョウジの逮捕を許可する。』


「許可、か・・・」

許可とは名ばかりで、これは要するに『逮捕しろ』と言っているような物だ。ならばいっそのことそう言ってくれればまだ気は楽な物を。イザークの後ろにそびえ立っている書類の山に一度視線を送ると、肩を落とした。

「それにしても、クローン製造とは・・・ここ数年全く聞かなかったな」
「だよなぁ、今更、って感じ?」

クローンの人権が云々、ということで一時期話題を呼んでいた。しかしその時ぐらいがピークで、もうとっくの昔に忘れ去られている過去の遺物だったはずだ。

「で、どーすんの?スペースコロニーってことだけど」
「途中までボルテールだな。ある程度近くまで行けばモビルスーツだ」

ディアッカは久しぶりの任務だ、と喜んでいる。平和になった今ではデスクワークばかりでもうモビルスーツに乗ることなど少なくなってしまい、確かにパイロットとしては物寂しさを感じてはいるが、別にそれが悪いことだとは思わない。平和であるに超したことはないのだから。

「イザークはどうすんの?艦内にて待機?」
「勿論行く。どうせ上からの命令で行くしかないんだろう?だったら俺も久々に乗らせて貰う」

もうイザークの面倒見るのはごめんだぜー、とディアッカがちゃかした瞬間イザークの鉄拳が飛んでくる。

「俺が、いつ、貴様に、面倒など見て貰った!!」
「いや、クルーゼ隊時代?アスランに負け続けたイザークを何度も何度も慰「俺はそんなに負けてない!!」

デスクワークから離れられる、ということでイザークが少し元気になったようでディアッカはホッとした。

(だってあのだらけた表情のままブリッジに上がられてもなぁ・・・)

まだまだイザークの面倒を見るのは続きそうなディアッカは、もはや熟練とまで言える話術でイザークを吠えさすことに成功し、しばらくして収まった頃に話しを仕切り直す。

「んじゃ、行きますか。隊長さん?」
「あぁ」

イザークの表情が引き締まり、いつものに戻ったと安堵しながらディアッカはイザークの後を着いていく。あっという間にブリッジに着き、だらけた雰囲気にイザークはその怒声を響かせた。

「これよりボルテールおよびルソーは逮捕命令によりポイント1005 スペースコロニーA7へ向かう!パイロットはモビルスーツ内で待機、コンディションイエロー発令!怠けている暇は無いぞ!!」

慌てて持ち場に着いたりシートに座り直したりするクルーを眺めながらディアッカは、まだイザークに慣れてねぇなー、と苦笑した。










《進路クリア。グフ、発進どうぞ!》
「イザーク・ジュール。ザク、行くぞ!」

白いカラーリングのグフがボルテールから宇宙へと発進し、それに続き他の数体も発進してくる。中にはちゃんとディアッカの機体もあり、イザークはメンバーが着いてきていることを確認した。

「ディアッカ、シホ。中の様子を・・・」

言い終わらないうちにシホ・ハーネンフースの淡々とした『了解』という言葉と、ディアッカのふざけた返事が返ってきた。









暗闇。
その中で、光る何かがあった。
明かりに照らされた円形の大きな水槽のような物の中に、人が入っている。
いくつものそれは非常に不気味ではあったが、まだ新しそうなそれは他とは違った。

「・・・私は、もう一度お前の笑顔を見たいだけだったんだ・・・なのに・・・」

その水槽を慈しむように見る一人の男は、ただ目の前にいる人に話しかけていた。相づちを打つこともない相手に向かって。

「もうすぐ、ザフトの軍人がここまでくる・・・そうしたら、お前を処分するか、実験に使われる・・・なら、いっそ・・・この手で・・・」

男が手を伸ばした先には『心肺機能停止』と書かれているボタンがあった。だが、男の手は拳に変わり、それを横へ打ち付ける。唇を噛み締めて今にも涙が出そうな雰囲気だったが、男はそれをぐっと我慢し、別のキーを叩きだした。メインコンピュータから水槽の中の人へ。あらゆる作業をした後、男は一度優しく微笑みかけるとそのまま踵を返した。

「お前だけは、生きろ・・・」

そして男は謝罪した。

すまない、と。










イザークはコロニー内に空気があることを確認した後、モビルスーツから降り、ヘルメットを外した。

「おい、イザーク」

いつ壊れるか分からないコロニーでヘルメットを外すのはまさに自殺行為のようなものであり、ディアッカは忠告するように声を掛けたがそれは無視された。

「早く行くぞ・・・と、言いたいところだが、どうやらその必要は無いようだな。ガノン・ミョウジ」

イザークはニヤリと笑うと正面から歩いてくる男と向かい合った。

「わざわざご苦労だったな。逮捕令状が出ているのは、貴様が一番分かっているだろう」
「だからここまで来てあげたのだよ」

(あちゃー)

明らかに上からの物言いに、イザークの地雷を踏んだとディアッカは溜息をついた。案の定イザークの柳眉が寄せられ、皮肉めいた笑みは消えた。

「ディアッカ、連れて行け」
「はいよ」

抵抗らしい抵抗を見せずにガイドは突っ立っていたので、ディアッカはその後ろに回り銃を突きつけるとそのまま歩き出した。イザークはそれを一度見送ると部下に命令を出す。

「クローンがいるはずだ。探せ」
「はっ」

隊員はサッと奥へと走り出し、そして思い出したと言うように二人を引き留めた。

「何体いる?」
「・・・・・・全部失敗作だよ。死体が全部だ」
「嘘をつくな。ユーレン・ヒビキのクローン製造法が流出したあの時から、設備さえ揃っていれば子供でも作れるんだぞ」
「クローンは、な」

ガノンは疲れ切ったように僅かに口角を上げて、力なく笑った。

――― でも所詮クローンはクローンだ。本物には、成れはしない。

その言葉が重く響いた。
分かりきっていたことだったが、その響きにイザークは彼の言っていることは本当なのではと思い始める。

(クローンは、クローン・・・か・・・)

なら彼の目指したであろう『本物』は無く、この先にあるのはクローンの死体ばかりなのだろうか。

「貴様・・・」
「私はもう行かせてもらうよ」

ガノンはそう言うとディアッカの銃を無視してスタスタと歩き出した。追いかける方は急いでその後に着いていく。あれではどっちが立場が上なのか分からない。

イザークはその後ろ姿を見つめて、ぽつりと呟いた。

「判決が、良いものであることを・・・」










ただ仕事を、任務を終えていつもどおりの生活へ。
そう望んでいたのに、変わってしまう。
その先にある出会いのせいで。










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