同じ空の下



梅雨前線が近づき、このシーズンは雨が降り続く6月下旬。
人々は当然雨を浴びて帰るのが嫌なので、天気予報を見る奴が格段に増える。
だが傘を忘れる奴も当然いるわけで。友達と一緒に傘に入ったり、恋人同士なら相合い傘をする奴も増えるのだ。

しかし友達がいない奴はそんなこと出来ない。一人寂しく雨に打たれて帰るか、雨が止むのを待つか。

「雨、止まないわね・・・」

ナマエ・ミョウジが空を見上げてそう言った。

「そうねー」

ルナマリア・ホークが髪の毛をがしがしとタオルで拭いている。
この二人は友達同士で友達がいないわけではないのだが、さっき上げた例とは別に『お互いが傘を持っていない』という事態に陥ったのだ。
だがこう言う時こそ、この美少女達の周りに男が群がるというもので(あの下らないミスコンの所為で人気が爆発状態だから仕方ないと言えば仕方ないのだが)、傘を差しだしてくる奴を払いのけるのが精一杯だった。

「ん・・・?」

だが神様もどうやら面食いのようだ。
可愛い奴だけ助けるなんて。

「シンー!!」

ルナマリアがシン・アスカに向かって声を掛ける。しめたとばかりに舌なめずりをしたルナマリアは、シンの傘に入っていった。
シンに男達の恨みの視線が集中する。

「(うっ・・・、な、なんだよ!!)」

と思っても口にしないシン。ルナマリアはじゃあねー、ナマエ!!と明るく手を振り意気揚々とこの男達の包囲網を突破した。
まぁシンが久しぶりにルナマリアを口説くチャンスを得たのだから、ナマエも眉間に皺を寄せるのを止め手を振り替えすが、男達はターゲットを変えナマエに集中攻撃(?)し始めた。

「すいません、私知り合いを待っているんで」
「さっきから何分もまってるじゃないですか!!使ってください」
「いえ、大丈夫です」
「大丈夫じゃありませんよ。ここに立っていても濡れるんですから・・・そうです、せめてここにいる時ぐらいは・・・!!」

神様は可愛い子しか助けてくれないらしい。
一般人にも救いの手を差し伸べて欲しいものだ。
そう思いながらナマエは深い溜息をつく。
それがまた周りの男達の眼には『愁いを帯びた少女』に映るわけで、アタックも増えてくるのだ。
そもそもナマエ自身がその下らないミスコンとやらのメジャー四位とマイナー一位(メジャーが可愛さを競うもので、マイナーは美しさらしい。大会の運営委員長、ディアッカ・エルスマンが言うには)を取っているのだから、一般的な美しさはそこらへんの女とはかけ離れているのだ。

「あ、そう言えばマンション同じでしたよね?一緒に帰りましょう!!」

さっきから一言も発していなかった見知らぬ男にナマエは手首を掴まれ強引に引っ張られそうになっていた。
抵抗しようとしても所詮は男と女。適うはずもなくナマエはずるずると引きずられている。

だが、なんやかんやで神様は美しい女性も見逃さない。
やっぱり面食いなんだろう。

別の方向からナマエを奪っていく力がかかり、男は思わずナマエの手首を話してしまった。

「すまん。待たせたな」

そう言って傘を差しだしながら男達に見せつけるようにナマエの腰に手を回す銀髪の男は、もう勝ったとばかりにほくそ笑んでいた。

「イザーク先輩・・・」
「行くぞ」

イザーク・ジュールとナマエ・ミョウジ。端から見れば間違いなく恋人だが、腰に回されている手をナマエは何とも思っていない。その辺でイザークは何とも思われていないことは間違いないのだが、そもそもナマエが鈍いので(ルナマリア談)イザークも諦めるわけにはいかないのだ。

「悪かったな。すぐに助けてやれなくて・・・」
「いえ、構いませんよ。助けていただいただけで・・・」

微妙な沈黙。イザークは必死に頭をフル回転し、何とかナマエに話題を振ろうとしていた。

「そういえば・・・」
「?」
「マンション、一緒だったな」

さっき聞いた一言だったが、イザークが言えば全然不快感を感じない。ナマエはいつもの花が咲いたような笑顔を浮かべ、そうですね、と呟いた。
イザークはいったん足を止め、何かを言おうか迷った様子を見せた。

「どうしました・・・?」

まだ考え続けるイザーク。ナマエはどこか体調が悪いのだろうかと顔を覗き込んだ。

顔の距離が・・・近い。
ばっとナマエから距離を置き(と言っても傘の中だが)、頭の中が真っ白になったことで思っていたことがポンと口から出て来た。

「今日、自転車で来たんだが後ろ、乗るか?」










自転車のタイヤがまわる音がやけに響いた。
こんなに静かだと、俺の心音がナマエに聞こえないか心配になる。

今ナマエはバランス良く後ろの荷物おきの部分に座り、傘を差しながら俺の腰に手を回している。
二人乗りは初めてのようで、しかもその初めて乗った場所がこの坂道の所為か、もう真剣に抱きついていると言っても過言ではない。

「大丈夫か?」
「は、い・・・」

強気に言ってはいるものの、怖がっているのが明らかで。仕方ないと俺はスピードを落とすことにした。

「ありがとうございます」
「気にするな」

短い挨拶。
お互い、ちゃんと言いたい事は通じている。
もともと口数が少ないからこそ、一言でいろんなことが理解できる。そう信じている。

「あ・・・」

雨の勢いが徐々に弱くなり、ついには止んだ。

「傘いりませんね」

ナマエはそう言うと恐る恐る俺の腰から手を離し、傘をたたんだ。腰から手が離れた瞬間、少し寂しいと感じてしまうのは、多分俺がナマエに相当惚れ込んでいるからだろう。

でも、彼女との時間をこうして過ごすのは悪くない・・・いや、むしろ最高だと思える。
ディアッカやルナマリアに何もおちょくられない、静かなひととき。

「あ、先輩!!」

ナマエが俺の肩に乗りかかるようにして抱きついてきた。その瞬間顔が赤くなったのが自分でも分かってしまったのが少し悔しくて、わざと自転車を揺らしてみた。

「危ないだろ!」
「ご、ごめんなさい・・・でも」

でも、もう一度呟き、坂を下ったずっと先にあるモノをナマエは指差した。

「虹・・・」

それは、虹だった。
この坂を下ったずっと先にある、虹。
こんな事を考えるのは俺らしくないが、もしナマエと二人であの虹をくぐれたら、幸せに慣れそうな、そんな気がした。
本当にらしくないと思う。
ディアッカに言えば笑われるだろう。

「綺麗ですね」
「あぁ」

今、こうして好きな奴と同じ晴れ渡った空と美しい虹を見れる事が、もう幸せなのだと、そう感じて。


雨の日も、悪くないか。
なんて思って、

俺は口元を緩めた。




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