貴方に捧げる唄
ちょっといつもと違うことを言うと、目の前にいる少女は脅える。
三日前、医師から告げられたのは、彼女の精神的な病だった。
――― 断言はできないが、おそらく彼女は『変化』を恐れている。
理由はある意味自分が一番分かっている。
アスラン・ザラでもなければ、ニコル・アマルフィでもない。ラクス・クラインなんて、ナマエ・ミョウジの事をこれっぽっちも分かっていない。
「な、何を言ってるの・・・?」
「いや、何でもない」
適当に話を切り上げると、ちらっと時計を見た。もうすぐ、あの人がやってくる。本当は会わせたくなかったが、どうしても話がしたいというので、面会許可を得た。
すると、ドアが開く。意外に早かったな、とそう言う意味を込めて、ドアの前にいた少女を睨むと、臆することもなくにっこりと微笑まれた。
「お久しぶりですわ、ナマエ。イザーク様」
ナマエの肩が、確実に震えたのを見た。
「・・・久しぶり、ラクス」
「お久しぶりです、ラクス嬢」
「イザーク様、少し・・・」
ラクスが自分の方を見て、そう言った。どの口がその言葉を言えるんだ、と怒りを覚えたが、そのラクスの瞳には、全て分かっていると書いてあった。と言うことは、それを承知で来たのか。
「・・・分かりました」
「申し訳ありません」
一度ナマエの方を見て、優しく微笑みかけるとナマエは少し落ち着いたようで、その表情を確認してから出て行った。
(・・・・・・・・・・・・)
部屋を出て、ふと今の自分を振り返ってみる。
さっきナマエに見せた自分の笑顔を想像してみると、随分優しかったように思う。自分にしてはあり得ないぐらい、だ。
(これは・・・)
「おっ、イザークじゃん。最近見ないと思ってたけど、ここって・・・あぁ、綺麗な看護婦さんでもいた?」
貴様と一緒にするな、と一蹴するとディアッカ・エルスマンはじゃあ・・・と他の理由を考え始める。
「・・・怪我でもした?」
ディアッカはチラッと病室のネームプレートを見た。するとそこには『ナマエ・ミョウジ』の文字。それだけで全て察した彼は自分の方をニヤニヤと見てくる。ウザいことこの上ない。
「ついにイザークにも春が、ねぇ」
「・・・・・・くだらん」
そんなこと言っても勘の鋭い彼にはバレバレで、強がんなって、と笑いながら肩を叩かれた。
実際に自分はナマエが好きか?と問われたら、否定はしない。他の奴らからしてみれば『結構酷く当たってたじゃないか』と言いたくなる所だろうが、始めから自分はナマエの事が嫌いじゃない。まぁ最近の自分を見ていれば逆の様にも見えるだろうが。
「なーイザーク」
「何だ?」
「ナマエちゃんのこと、好きだろ?」
・・・あぁ、こいつは本当に鋭い。
もう隠す必要もないし、隠し通すこともできないだろう。
その通りだ。
今までの自分なら確実に否定しただろうが、あいつの、ナマエの存在が自分の中で大きくなっているのも確かだ。あのときの笑顔は間違いなく自分の心を打って、もう一度見たいと思わせた。
「あぁ」
やっと出た言葉は、その問いの肯定。
「だったらさ、守ってやらなきゃ」
「当然だ」
得意そうな笑みを浮かべると、ディアッカもニヤニヤとした笑顔を見せた。
「後は、ナマエ次第だ」
「あの・・・ラクス?」
イザークが出ていったと思ったらラクスにぎゅっと抱き締められた。その肩は震えていて、ナマエはその肩を優しく抱く。
「――――――――――」
「え?」
ラクスのか細い声が、何かを必死に伝えようとしていた。嗚咽混じりのその言葉は、近くにいたナマエだけに届く。
『ごめんなさい』と。
「・・・・・わたくし、が・・・っ、ナマエを・・・傷付、けた・・・知らなっ・・・くて・・・・・・」
自分の無知の所為で、
その勝手な行動が、
大切な親友を傷付けることになった。
理解者でありたかった。
それは自分の自己満足で、
ただの願望で、
何一つ理解できていなかった。
「ごめ、ん・・・なさ、いっ・・・・・・」
変化を恐れる貴方に、この言葉は酷かもしれない。
それでも、謝りたかった。
「もう、大丈夫、だよ・・・ラクス」
言葉が、出て来た。
自分の中でそれに対する不自然はない。
「私も、ごめんね」
謝ると、バッとラクスが顔を上げた。その目は真っ赤になっていて、おかしくて思わず笑ってしまう。
「どうして・・・ナマエが謝りますの?」
「私も、ラクスを傷付けたから」
自分の本当の気持ちは、とっくの昔に答えを出していた。
このままでも自分は、何とかして生きていくんだと。
なのに、少しの不安から悲劇のヒロインを気取って。
自分は、最低だ。
でも、その言葉を口には出さない。
それこそ、ただの悲劇のヒロインだ。
「でもね・・・ありがと」
気付かせてくれたから。
そう言ったら、ラクスはとっても綺麗な笑顔を自分にくれた。
この笑顔、私は好きだ。
「どういたしまして」
優しく笑いあえたから、
もう何も怖くない。
あとは、勇気を持って踏み出すだけ。
時間を見計らって病室に入ると、女子特有のあの楽しそうな笑い声が聞こえた。
どうやら、仲直りできたらしい。
「おっ、ラクス・クライン!?」
ディアッカが部屋に入るなり大声でそう言ったので、一応アカデミーの中だけあり他の奴等に噂されないか心配になって周りを見渡したが、取り越し苦労だったようだ。
「ディアッカ様、お久しぶりです」
「んで?仲直り出来たわけだ」
そう言うと、二人はお互いを見て、また笑った。
「「はい」」
「ん。じゃあラクス様は席外して貰えるー?ちょーっとでいいし」
ディアッカの言わんとすることが分かったのか、ラクスはおっとりしたイメージを覆すかのような勢いで立ち上がり、サーッとディアッカを連れて病室の外に出た。残されたのは、イザークとナマエだけ。
「どうしたの?」
どんなに明るくなってもまだベッドから出ようとしないのは、まだナマエが『進む』と言うことを選択していないと言うことだ。
「ナマエ」
名前を呼べば、優しく微笑みかけてくれる。
そう、あの頃になかった、花の咲くような笑顔で。
椅子に座り、ナマエの手を取る。
今から言うであろう、らしくない、ディアッカあたりが女性を口説くときに使いそうな台詞を想像して、イザークは一人苦笑する。するとナマエが不気味そうな顔をして、『頭打った?』と聞いてきた。雰囲気の欠片もない奴だ、と一瞬顔を顰めたが、そんなことすら忘れられてしまうぐらい、ナマエの表情が美しい。
「お前は、変化を恐れた。そうだろう?」
ゆっくり、肯定の意味で頷く。
時が進めば、歩くことをすれば、人は必ず変化する。
だから、お前は変わらない自分に苛立ち、
変わらないなら歩く必要もないと、歩くことを止めた。
でも、今のお前に、少しでも歩く気持ちがあるなら・・・
「俺と一緒に、歩いていこう」
辛くなったら、しゃがみ込んでも良い。
その間、俺はずっとお前を待っている。
「だから、ずっと一緒に、歩いていこう」
ゆっくりと言葉を選びながら、話していく。
そんな彼がとても愛おしく思えて、自分は微笑みながら頷いた。
「約束だよ」
「あぁ」
見つめ合えば、お互いに優しく微笑んで、
そっと唇を重ねた。
呼び鈴が鳴り響き、ナマエはめんどくさそうに携帯を確認した。
時間を見ると、約束の1時間後。
今自分は朝起きてベッドの上。
今は約束の1時間後。
今自分は朝起きて・・・
要するに、寝坊した。
ドタバタと準備をしながら携帯を再び確認してみると、着信履歴が数十件。
「言い訳、どうしよ・・・」
半分本当の事を言えば、ラクスの歌の歌詞作りに追われていましたー、だが、彼がそれを許すとは思えない。もう半分の事を言えば許して貰えるかもしれないが、それを言うのは、その物を渡した後ぐらいだ。
「と、とりあえず、笑顔!」
それで乗り切ることにした。
結局家を出られたのは、そのまた1時間後で、イザークにこってり絞られた。
「どうして出発時間が二時間も遅れる羽目になる!!」
「やー、ごめん」
「いいから行くぞっ」
スタスタと歩き出す彼の背中を見ながら、格好いいなぁ、と思ったりしてみた。着いてこない自分を不思議に思ったのか、イザークが振り返る。
「早く来い!!おいていくぞ!!」
「おいていくのはルール違反〜」
だって一緒に歩くんでしょ?
そう言って手を繋いだら、予想通り顔を真っ赤にした。
「あ、あぁ・・・」
じゃあ行くぞ、と言って前を向いたが、肌が元々白いため赤くなったら直ぐ分かる。
そんな彼が、付き合い始めてから何回目になるか分からないぐらい愛おしく感じて、イザークを呼んだ。
「ねーねー、イザーク」
「どうした?」
「昨日ラクスに作詞を頼まれたから、書いてたんだけどね・・・その時、何となくメロディが浮かんだから、自分で唄を作ってみたんだ」
「ほぉ」
自分が作曲することは滅多にない。だから、イザークも興味深げだ。
「で、イザークに聞いて貰おうと思って」
「良いのか?俺が最初に聞いて」
だってイザークに向けて作ったから。
そういったら嬉しそうに微笑んでくれて、その笑顔が綺麗で、自分でも顔が赤くなっていくのが分かった。
恥ずかしかったけど、ナマエはしっかりイザークの手を握りしめて、
「じゃあ聞いてください」
「タイトルは?」
「・・・聞いた感想を元に、イザークが付けて」
「分かった」
イザークもしっかり自分の手を握りしめてくれた。
大好きな貴方へ。
この唄を捧げます。