貴方に捧げる唄



貴方は立ち止まると決めた。

だけど、忘れないで。

貴方の周りは絶えず進んでいて、

常に変化していると言うことを。










《そうですか・・・》

画面越しでも彼の婚約者は落ち込んでいる様に見えた。ピンク色のふわふわした髪が特徴の少女、ラクス・クラインと言えばプラントの歌姫として有名だ。その次にアイドル系として有名なのが、ナマエ・ミョウジだろう。つい最近ラクスの歌の歌詞を書いたことが発表され、どこに行くにも付きまとわれたと聞く。

「熱中症だけではなく、何かしらの精神的ストレスが原因と・・・」

アスラン・ザラも奥歯を噛み締めている。翡翠の瞳は自分のせいだ、と責めていて、ラクスは優しく微笑んで見せた。

《大丈夫ですわ。きっとナマエならそのようなものに負けないでしょう?》
「え、えぇ・・・まぁ」

アスランは納得いかない、というように顔を顰めたが、渋々頷く。ラクスの彼女に対する愛情は深いが、それが彼女にとって重荷であろう事は、何となく分かる。実際にはナマエがどう思っているかは神にでもならなければ分からないだろうが。

《では、今ナマエはどちらに?》
「イザークが・・・付いています」

その言葉を聞いた瞬間、ラクスは驚いた顔をした。意外だ、と言うような、しかし面白そうな、そんな言ってしまえば変な顔。そして次にはクスクスと笑い出したので、アスランはますます訳が分からなくなった。

「ラクス?」

恐る恐る声をかけると、ラクスはすみません、と謝った。しかし元々何のことか分かっていないアスランからしてみれば余計に意味が分からない。理由を問いかけると、ラクスは優しい表情をしたまま答える。

《そう言う噂のないナマエに春が来るのでしょうか・・・と思いましたの》

そのラクスの発言に、アスランは唖然とした。まさか、イザークとナマエが?

「それは、その・・・望み薄かと・・・」
《まぁ、どうしてですの?》
「2人とも、その・・・お互いのことを良く思っていないようなので・・・」

そう言うとラクスは面白くなさそうに頬を膨らませた。

《ナマエは少なくともイザーク様の事が嫌いではないはずですわ》
「・・・そうですか・・・・・・」

ナマエに対して多少なりと好意を持っていたアスランからしてみれば、あまり面白くない。とりあえず適当に切り上げ、通信の電源を切った。

「まさか、な・・・・・・」

そんなことはない、と信じつつもアスランは医務室に足を運んだ。










――― ただの熱中症とストレスからくる貧血だろう。

医師は一言そう告げると点滴だけ打って、出て行った。他にも熱中症で倒れたメンバーが居て、そちらの方が大変らしい。イザークはめんどくさい、と溜息を付きつつも、あれからずっとナマエの横にいた。

「・・・ストレス、か」

確かに医師はそう言った。
最近のナマエを見ていると、何となく分からないでもない。
誰の手も借りず、ただ自分の才能や実力だけで作詞家になりたいと思っていた。しかし、戦争の影響で才能を開花させることもできず、軍人になる道を選んだ。そして諦めがついてきたその頃に、ラクスからの意に害する作詞家の発表。

(お前は何を望んだんだ・・・?)

問いかけても返ってくる答えはない。そっと額に触れてみると、まだ熱かった。沈黙だけが無駄に続き、イザークは堪えられないとパイプ椅子から腰を上げたときだった。ナマエの瞼がぴくっ、と動きイザークと目が合った。

「・・・・・・・・・・・・」
「あ、その・・・」

何を言えばいいのかさっぱり分からず困っていると、今まで見たことがないような優しい笑顔で、ナマエが微笑みかけてきた。

「おはよう」
「あ、あぁ・・・おはよう」

しかしその目は何も見つめていないような、ただ闇を固めたような目で。
イザークは微笑みに頬を染めながらも、そんな目ではなく作詞家を目指していたあの頃のナマエの目で自分を見て欲しいと、そう思った。
そう、あの輝きを秘めた目で、自分を見て欲しいと。

(っ・・・じ、自分は何を・・・・・・)

今までに持ったことがない感情。好きでもなければ嫌いでもない。ただ彼女の綺麗な笑顔が見たいだけの、変な感情がイザークを戸惑わせた。

「どうしたの?」
「あ、いや・・・その・・・」

目の前にいるナマエが優しく話しかけてきたことなど今まで一度もなかった。いや、最初に出会った頃はある程度優しかったし話せもしたが、彼女の奥にある気持ちを理解できると、逆に下手なお世辞や同情など持てなくなり、冷たく当たることしかできなかった。

「身体は大丈夫か?」

とっさに口から出た言葉は、自分には似つかわしくない心配の言葉で、ナマエは少し困った顔をした。

「どうしたの?イザークが心配するなんて、何か変わった?」

ふと、彼女の言葉に違和感を感じた。そう、今話した言葉の中に、何か恐れを抱いているような。しかしそれが何か分からない以上下手に入り込むのは良くない。

「一応俺でも、倒れた奴が居たら心配ぐらいする」
「そっか・・・じゃあいつもと変わらないんだね」

安心したような、自分は間違っていなかったと言うような、嬉しそうで寂しそうな瞳が揺れた。居たたまれなくなり、イザークはもう行くと一言告げるとサッと部屋をあとにした。











――― 怖かったかい?

(うん、イザークがいつもと『違った』)

――― それはそうだよ。変わらない人間なんて居ないんだから。

(でも、私は変わらなかったよ。ずっと歩いていたのに、変わりたかったのに、良い方向にも悪い方向にも変わらなくて・・・)

――― だから歩くのをやめたんだろう?

(そうだよ)

――― 自分の意志で決めたのだから、良いじゃないか。

(でも、周りは変わっていくから・・・自分だけ取り残されてるんじゃないかって・・・)

――― それも君が決めた事。進みたいなら進めばいいし、逆なら進まなければいい。

(・・・・・・)

――― 今日はもう疲れて居るんだよ。少し休んだらどうだい?

(分かった・・・)

――― 良い夢を、ナマエ。











あれから一週間が経った。
ナマエの体調は回復の兆しを見せていたが、決して前のように動くことは無く、優秀ではあったが今回の実技の成績でアカデミーを止めてもらう、という話まで上がったぐらいだ。

(・・・アカデミー退学、か・・・)

ここがなくなれば、自分はどこへ行ったらいいのだろう。
作詞家にもなれず、いや、もともと絶対作詞家になれた、という訳でもないが、夢を諦め、プラントを守るために軍人になることを決め、パイロット専攻生となったのに、ここにきてまた一つ自分の進む道を失うのか。

(進む道、っていっても歩きもしてないけどね)

皮肉だ、と嘲笑すると、部屋に誰か入ってきた。この時間だったら、彼しか居ない。

「いらっしゃい」
「あぁ、体調は順調なのか」
「そうね・・・もうだいたい回復したかも」

イザークがいつもの椅子にいつものように腰を下ろす。そんな風景にナマエはほっと溜息を付いた。
そう、彼はきっと変わっていない。
変わらない。

「・・・ナマエ」
「何?」

そう思ったところで、彼は恐れていた事を言った。

「・・・・・・何かあったら、俺に言えよ」

聞こえるか聞こえないかの小さな声にも、ナマエは肩を奮わせる。

それを見て、イザークはやはり・・・と思うしかなかった。










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