学園都市を担う七人が呼び出されたのは、雨の降るじめじめとした日のことだった。窓は締め切られカーテンが引いてあり、扉はたった一つの会議室に七人は集められた。暗く湿った空気は人に侵食するかのように漂い、少なくとも美琴は嫌な気分だった。
「オイ、これは一体何の真似なんだ?私もそうそう暇じゃ無いんだが」
「奇遇だな原子崩し。俺もお前に同意見だよ」
「しかも肝心の一方通行が居ないじゃないか。そもそも今日読んだのはアイツなんだろ?」
不満を一ミリも隠さずに麦野は言葉を述べていく。その豪快さは、上位である美琴を圧巻させた。実際麦野の方が年齢が上ということもあるが。
「つまんねぇな。俺は帰らせてもらうぜ」
「ちょっと!まだ話は………」
「なんで時間通りに来ない奴に従わなきゃならない?来てやっただけでも感謝しやがれってんだ」
「そうカリカリすンなよ。いつか禿げるぞオマエ」
コツコツと杖特有の音を立てながら、一方通行が会議室にやってきた。いつか見た時のぎこちなさは無く、それが彼が怪我を負ってからの歳月を感じさせる。
「で、話ってなんだよ。つまんない話なら帰るからな」
「つまンなくねェよ。むしろオマエらにとって大切な話だ」
近くにあった椅子に一方通行は腰掛けると、一方通行は辺りを見回した。不機嫌そうな未元物質に、不安な顔の超電磁砲、苛立った風な原子崩し、周りの空気を物ともしない心理掌握、相変わらず空席の第六位、何やら理解していない削板軍覇。彼らは今日ここで行われる事を知らない。
「簡単な話だ。今日現時点をもってレベル5の序列制を破棄したい」
一方通行の言葉は静かな部屋に響いた。彼の一言で止まった部屋の中の時間。誰一人として、反応を返せない。そんな状況を最初に打ち砕いたのは第二位未元物質の肩書をもつ垣根帝督だった。
「………ふざけんなよ」
未元物質によって作り出された羽が刃のようになり、一直線に一方通行に向かう。そして刃はそのまま一方通行の背後の壁に突き刺さった。垣根の攻撃を見切れていたにも関わらず反射をしなかった一方通行の頬を、赤く艶のある血が伝っていく。
「理由を聞かせろよ一方通行」
「理由なンざ無ェ。ただ上に縛られ能力に縛られた生活が嫌になっただけだ」
「そんな理由で受け入れられると思ってんのかよ!!」
「落ち着けよ垣根帝督」
麦野の高圧的な声が間に割って入ってくる。止められた垣根は不快な顔をし、一方通行は少し意外そうな顔をした。一方通行は、ここで麦野が入ってくることを予想していなかったのだ。
「私は構わない。くだらない序列なんて無くても良いと思ってる」
「原子崩し、本気か?」
「ここで冗談を言う程馬鹿じゃない。私の本気で本音だ」
「………オマエらはどうなんだよ」
垣根の睨みつけるような目が美琴達を捉える。垣根の目に美琴は少し恐怖を感じたが、美琴が言葉を発する前に削板が言葉を制した。
「俺は序列なんて興味無いからな!大切なのは根性だ根性」
「能力が失われるわけじゃ無いんだろう?第五位という実力さえあれば構わないね」
「みんな意外に適応早いのね。………、でも何故その考えに至ったか、私は理由が知りたい」
一方通行は美琴の言葉の後に暫し空白を置いた後、麦野に意見を求めた。これは解答をはぐらかした訳ではない、一方通行の中で、垣根と麦野は序列にこだわると予想していたのだ。そんな一方通行の予想を見事に破った麦野の考えを、一方通行はただ知りたかった。
「大方一方通行と私は理由が同じだろうよ。裏で生きてきた人間だが、とある転機に救われた。今は自分の為よりも守ることに力を使いたい。だからこそ、序列に縛られ翻弄される生活から脱却したいわけだ」
「こンな女と思考が同じだなンて認めたくねェな……」
「諦めろ元第一位」
茶化したように言う麦野とは反対に、垣根は俯き黙ったままだ。美琴はそんな様子の垣根にハラハラしているが、周りはそれに気がつかなかった。
「にしてもいきなり凄いことを思い立ったな。序列からの脱却なんて、学園都市の上が認めるのかい?」
「無理だろォな、普通なら。だが俺達が全員で交渉すれば、向こうも受けざるを得ねェだろ」
「一方通行の中に交渉という文字が有るようには視えないが」
「オマエの能力が不完全なンだろ」
「なるほど。確かにそうかもしれないな」
その後心理掌握は椅子に凭て何も言わなかった。皆が黙った時が一番気まずい。特に必要以上に会わない、彼らにとっては。
(なんでいつも五月蝿い根性バカが黙ってんのよ!)
レベル5唯一のトラブルメーカーである削板軍覇は、いつもなら考えられない程静かだ。悩んでいるようにも見えない。(彼の中に悩むという概念があるかも分からないが)ひたすら彼は黙ったまま、腕を組んでいた。
沈黙―――それが重くのしかかる。結局どういう答えになったのか、それが未だ分からない。一方通行、麦野沈利、この二人は確実なる答えを出した。対して心理掌握と削板軍覇は結局の答えを聞いていない。しかし発案に対して異論は唱えなかった。そして垣根帝督と御坂美琴、二人は異論も意見も出していない。この場にいる中で最も不安定な存在だ。
(私は……どうしたいんだろ。第三位として学園都市に君臨したいの?私の能力や序列の意味は何なの?私は何の為に能力を使いたいの?)
断片的に関わってきた人間達の顔が記憶が蘇る。そして同時に自身がしてきた行いも思い出していく。
(そうだ御坂美琴。私は学園都市第三位。でも黒子と共にいたのは私が第三位だからじゃない。初春さん達と仲良くしてたのは第三位だからじゃない。佐天さんと能力の苦しみについて分かり合えたのは私が第三位だからじゃない!!)
心の中に何かが生まれる。今まで見ていたようで見えていなかったもの。認めていたようで認めていなかったもの。分かっていたようで分かっていなかったもの。それらが集まって、御坂美琴を形成していく。
「私の答えは………」
その日美琴は学園都市第三位御坂美琴という意味を知り、第三位という称号を捨てた。
後日、ニュースでレベル5の解任が報じられた。しかし世間の人は知らない。彼らが自身の身の為に幾人もの命を散らせたことを。被害者の体には、銃で撃たれた痕跡があり、この世に無い物質で貫かれた跡があり、強い電撃を与えられた形跡があり、壁は何か強い力で刔られ、首を吊って死んだ者もいた。そして惨劇と廊下を隔てる扉は完全に破壊されていた。
この日、この惨劇の地で何があったのかは彼らしか知らない。そして語った乱灰自身も結果のみしか知らなかった。