ゆっくりと瞼が上がる。突然の意識の遮絶から記憶を辿っていくと、浜面は現状を掴み始めた。
「……あれ?確か俺達お茶を飲んでて……」
「あっ、起きました?滝壺さん、浜面さん起きましたよ」
ギイと椅子を軋ませて、回る椅子に座っていた初春が浜面へ顔を向けた。
「えっと、花っこだよな?あっ!そうだ俺達毒盛られて……」
「はい。幸い毒は軽いものだったのでみなさん無事です。浜面さんが一番最後ですよ、起きたの」
あと初春ですと加えて、初春は笑った。最後に起きたことは本当で、同じく毒を盛られた初春と黒子、滝壺は既に動けている。
「はまづら……体大丈夫?」
「俺より滝壺だろ?何か痛い所とか無いのか」
「うん大丈夫。はまづら優しいね」
「相変わらずお熱いこと。周りの目とやらも気にしてはいかがですの?」
「白井さん、良いじゃないですか。仲良いことは悪いことじゃないですよ」
恋愛ごとに疎い初春でも少し恥ずかしい程で、初春の顔は少し赤い。敢えて浜面には言わなかったが、滝壺は浜面が起きるまでずっと手を握り続けていた。その時の滝壺の顔は本当に心配そうで、初春と黒子が羨ましいと思うほどだ。そこまで想われている浜面が羨ましい。口には出さないが。
「浜面さん滝壺さん、お二人にお願いがあります」
「分かってる。ここで起きたことは言わないよ」
「それもなんですが……」
「他にも何かあるのか?」
「はい、御坂さん達から聞いたんですけど敵は身体変化という能力の持ち主だそうです」
「身体変化か……。能力って本当に何でもアリだな」
「ですから……その…」
「はまづら鈍感。大丈夫だよういはる、はまづらは馬鹿だけど人の気持ちには優しいから」
滝壺の笑みに初春はホッと息をついた。事態を飲み込めない浜面だけが右往左往している。そんな様子の浜面に黒子は呆れ、事情を説明した。
「実際の佐天さんは良い子ですの。ですから街で彼女を見かけても変なアクションしないで欲しいのですわ」
「あぁ、そういうことか。分かってる、だってお前達があんなに信頼してるんだもんな。特に花っこ……じゃなくて初春」
「はい。佐天さんは私の親友ですから」
「輝かしい友情の話は終いにして、こちらの話をしたいんだが」
不機嫌そうな麦野が話をしようと席につく。美琴は学校に戻らなければならないので今は此処にいない。垣根にも"仕事"があるらしく、浜面が起きる前には此処を後にしていた。残った麦野には説明役と、万が一の戦闘要員の任務が課せられている。
「とりあえず浜面、オマエ全力で滝壺守れよ。傷一つでもつけてみろよ、そしたらオマエ殺すから」
「滝壺守るのは普通だけどさ。どうしたんだよいきなり。何かあるなら話してくれ」
「風紀委員として、学園都市の生徒の一人として、今の状況を知る必要がありますわ」
「はっきり言わせてもらう。今回は部外者に出てもらう必要は無い。むやみやたらに不確定要素を作る意味が無いからな」
「そんな言い方無いです!!私達は少しでも力になりたくて……」
初春が目に涙を浮かべて麦野を見る。その目には様々な感情が溢れ出ていた。
(止めろよその目、苦手なんだよ)
麦野が最も苦手な目、いや苦手な人間と言うべきかもしれない。無力な人間がもつしなやかな心、浜面に近いもの。中途半端に力をもつ者はこんな目は出来ない。
(無力だって自覚してる奴こそ私は苦手なんだ)
「ういはる、むぎのは優しいの」
「……滝壺?」
「むぎのは誰も傷つけたくなくて、わざとそっけないの。それをはまづらも私も分かってる」
だから責めないで、と滝壺は初春に言った。滝壺は人を見る。本質を見抜いている。何度も敵対しながら奥底に秘められた小さな願いを。
「だからって、むぎのが手を出すなって言ってもはまづらは頑張るから。私がはまづらをきちんと見張ってるね」
「滝壺、私は……」
「むぎのの戦いには出ないから。私はみんなを、むぎのが帰ってくる未来を守りに行くだけだから、ね?」
「………、浜面。私は守ってもらってばかりだな」
「………、俺もだ」
黒子は初春の手を掴んだ。そしてそのまま消える。音の無いその空間に、涙がポトリと落ちていった。