シオンは最近あることを思っていた。別にエマが可愛いだとかエマは天然だとかではない(むしろ日常的に思っている)ただエマの態度がよそよそしいのだ。まだ会ってあまり時間も経っていない。まだまだ二人の距離が近くなるとも考えていない。ただ、明らかに前より距離を置かれていた。

「なぁエマ」

「な、なんですか?」

「最近俺に隠し事してないか?」

「そ、そんなことないですよ。別に私は………」

そのままエマは口ごもり、最後には黙ってしまった。そんなエマの態度にシオンは思わず動揺してしまう。いくら西方三賢者の一人として名を馳せていても、所詮はまだ青年に満たない少年。好きな人の励まし方も知らない。

「エマ………、言いたいことがあるなら言って欲しい。俺が悪いなら直すから」

「シオンさんは悪くないです!!」

いきなりのエマの叫びにシオンは肩がはねた。エマは自身を主張することはあってもシオン相手には中々声を荒げたりはしない。普段のエマには珍しい行動だったのだ。

「シオンさんは悪くないんです。悪いのは私なんです……」

エマはそう言い残すと部屋に走って戻ってしまった。追おうとシオンも足を出したがアニスに止められてしまう。アニスの目は弟を諭すような目で、シオンはその場に座り込んだ。

「あら、シオンなら私を蹴り飛ばしてでも追うと思った」

「………、エマ辛そうだった」

「あの子もあの子なりに思うところがあるのよ。なんたっていきなり自分の正体を知って儀式をして……、思考がパンクするのも無理ないわ」

エマは私に任せなさい、そう言い残すとアニスはエマの部屋に入って行った。アニスは精神的に大人だ。エマの不安を少しは和らげてくれるとシオンはアニスを信頼していた。


「エマ、貴女の話を聞かせて」

アニスの優しい口調にエマはクッションから顔を上げた。頬には涙の痕があり、クッションは少し濡れていた。

「………」

「エマ、貴女はいきなりこの世界に放り込まれた。世界を知らない貴女が取り乱すのは仕方ないと思うの。誰もそのことを責めたりしないし怒ったりもしないわ。だからきちんとシオンに……」

「違うんです!!私が私に怒ってるだけなんです」

エマの目からまた流れ始めた涙がエマの膝に落ちた。

「シオンさんはあんなに良い人なのに、私は何も返せてない。昔の記憶だって無い。私が覚えてないって言った時、シオンさんすごく傷ついてた。私はシオンさんを傷つけるだけで何も出来てない。そんな私をシオンさんに見せたくないだけなんです」

エマの心の叫びはシオンを想うもので、決して自身の境遇への嘆きではなかった。確かに記憶がないことがシオンを傷つけなかったと言ったら確実に嘘になる。しかし記憶が無いことはエマの非ではない。それはシオンも重々承知している。

「エマ、あのね…「話は聞いた」

バタンと扉が開く。戸口には不機嫌そうなシオンが立っていた。扉越しにエマの声が聞こえたのだろう。

「エマ、俺は別にお前が俺を覚えてなくとも気にしない。なんたってガキの頃の話だ。俺がたまたま覚えてただけだからな。だから、頼むから辛そうな顔をしないで欲しい。俺を嫌いになったら嫌いになったって言ってもいいから。一人で抱え込むのだけはやめてくれ」

エマを気遣かっての言葉の一つ一つがエマの心を溶かしていく。昔の記憶は昔の記憶。しかしこれから二人で刻んでいく記憶は二人の記憶だ。それを大切に、昔以上のものにすればいいのだから。

「シオンさん、ありがとうございます」

「べ、別に。お前が元気無いのは困るだけだ」

「あらあら、随分と甘々しいこと。ごちそうさまだわ」

「アニスさん!!」

赤面するエマを見るシオンの目は、かつての希望を失った目ではなく、エマと出会った時――希望を見つけた目だった。
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