「何ともないだァ?」
冥土帰しは手元の資料を見ながら頷いた。資料には番外個体の精密検査の結果が記されている。専門的な用語やデータばかりで素人の一方通行には理解出来ないものばかりだ。
「番外個体への精密検査の結果、蹴られた際の負傷と掠り傷しか見つからなかった」
「機械の故障は……」
「患者の具合を見る大切な物だ。整備を欠かす訳ないだろう」
冥土帰しは患者を助けることを第一とする。番外個体を連れてきたのも彼なら何とか出来ると、一方通行が信頼した結果だ。そんな彼の元で医療ミスなどありえないだろう。
「番外個体は痛みを感じたんだね?」
「あァ、そう言っていたが」
「傷は?」
「?」
「君が彼女を抱いた際、傷はあったのか?」
一方通行は銃の照準を合わされた番外個体を助ける為に、番外個体を抱いて回避した。確かにあの時番外個体は苦しんでいた。だが出血はなかった。少なくとも一方通行の感覚として、出血はしていなかった。
「傷は負わせずに痛みだけを与える、そォいうことか?」
「この街は学園都市だ。能力だって言えば大抵は丸く収まってしまうんだよ」
「厄介じゃねェか」
「君には天敵だね。ベクトルが見えないんじゃ反射出来ないだろう」
「ベクトルの話じゃねェよ。精神感知やらは専門じゃねェからな、対処出来ねェ」
「とにかく番外個体は帰って構わないから、君が送って行きなさい」
「分かった、邪魔したな」
一方通行が扉を開けると番外個体の姿。戦闘のせいか所々服が破けている。
「着とけ」
「優しいじゃん。意外だなぁ〜」
「痛みは?」
「なんか引いた。検査してもらって申し訳ないけど」
「無事なら問題ない」
一方通行は歩き出すが番外個体は座ったまま動こうとしない。そしてその姿が、どこか儚く脆そうに見えた。
「ミサカね、怖かったんだよ、あの時さ」
「あぁ死ぬなって頭とか本能で感じて。その時は頭もクリアで何も感じなかった。でも、アンタに助けられた。あの時のことを思い出すと震えが止まらない。死の感触が体内から消えないの……」
かつての番外個体なら感じなかったこの感情。それを成長と見るか退化と見るかは分からないが、番外個体の中で"普通"が変わり始めていた。
「だから不本意だけど言うよ?…………ありがとう」
「………無事で良かった」
二人はただそれだけ言葉を交わすと、黙って家路についた。番外個体の手は一方通行の服の裾を掴んだまま。
「なぁ、一方通行のとこ行かなくていいのか?」
ふと麦野の漏らした言葉に、乱灰の襟を掴んでいた垣根は思わず声を上げた。美琴もしまったという顔をしている。
「もしかしてお前ら完全に忘れて………」
「そんなこと無いわよ!!別に忘れてたとかなんて……」
「無意識の信頼ってやつだよ。………、あ、なんか俺今恥ずかしい。とんでもないこと口走った」
「態度に出過ぎだ馬鹿。まぁアイツなら大丈夫だろう」
「果たして大丈夫かな?」
垣根の拘束から一時的に解かれた乱灰はニヤリと笑う。まるで麦野の発した言葉を嘲笑うかのように。
「オマエ、笑い顔キモイんだけど」
「電波妨害装置、みんな持ってるよ。場合によっちゃ木原数多をモデルとした対一方通行戦闘機も出せる。アイツはもう最強じゃないんだろう?」
「用意周到って褒めればいいのかコレは」
「知ってるんだよ旧レベル5。アンタらのどこを突けば血が吹き出るか。じゃなきゃわざわざ常盤台中学なんざ標的にならない」
「やっぱり………」
「私は通達役だ。もうじき戦争が起きる。新レベル5が旧レベル5を食い散らすね。今各地にみんな配置されてる。死にたくなければ土下座して首を切れ、以上上からの命令。私はきちんと伝えたからね」
ちなみにこれが本性だと、乱灰は言った。先程までの戯れた態度は偽り。彼女は任務をこなすために送り込まれた捨駒だと。役に立たなければいつでも切り捨てられる。
「オイ、逃がすと思ってんのか?」
「私の能力は身体変化。誰が人間だけだと言った?」
美琴の電流が乱灰に当たる前に乱灰の姿が消えた。いや、正確には捕らえられないほど小さくなった。
「こりゃ蝿にでもなったな」
「あの女、もっとやっとくんだった」
「ねぇ一方通行は?早く連絡しないと」
垣根が急いで一方通行に連絡を取る。あの一方通行に問題があったなんて今じゃなくれば何かの冗談のようだ。数コール後にけだるそうな声が聞こえ、安堵の声を漏らした。そして一方通行の声の背景には、何か肉の焼かれるような音。
「一応聞いていいか、オマエ今何してる?」
「はァ?すき焼きだけど」
一方通行の最後の音が聞こえる前に垣根の携帯が床に叩きつけられた。