ラビは懐から小さな紙を出した。大きさは15cm程度であり、内容は殴り書きでよく見なければ分からない。
「それは?」
「中央庁から二人の監査結果さ。ここにこれからの処遇が書かれてる」
「ラビ!?」
「これはラビにじゃなくてブックマンJr.に渡された文書さ」
「エクソシストは後回しかよ」
「で、中身は?」
「ほら」
ラビは紙を神ノ道化に渡した。受け取った神ノ道化の手は微かに震えていた。この紙一枚で二人の運命は決まるのだから。
「………中央庁から監査官を付けて、エクソシストの通常任務は行わせる」
「そういうことさ。安心しろって言い方は変だけどさ」
神ノ道化はラビにその紙を返して俯いた。もし二人が危険分子と見做されたらアレンは殺されただろう。ハートの可能性がある神ノ道化はヘブラスカの中で永久の眠りにつく。二人にとっては最悪の結末である。
「用件はそれだけですか?」
「俺の用件はそれさ」
「?」
「私達からも言いたいことがあるの」
「お二方から、ですか」
「神田は言いたがらないから代弁しちゃうけど…………三人を守ってくれてありがとう」
「!」
「貴方がいなかったら、三人とも無事じゃなかったと思う。結果イノセンスも三人も救えたのは貴方のおかげだわ」
「私はアレンを守っただけで……」
「いいのよ、それで。私がお礼を言いたいだけなの」
「お礼……だなんて」
神ノ道化は目線を右往左往させて、ひどく狼狽した様子だ。顔も少々赤く、まるで……。
「何々?もしかしてお礼言われて恥ずかしいんさ?」
「そんな!!別に普段視認されなくて他人との会話に慣れてないとか、言われ慣れてないお礼言われてムズムズしてるとか、そういうわけじゃ……」
「………古典的な馬鹿だな」
「パッツンは黙って下さい」
「ほう、六幻に斬られたいのか斬られたいんだな表出ろ」
「ちょっとちょっと二人共……」
リナリーが制止に入ると廊下から足音が聞こえてきた。こんな時間にこの場所を歩く人間など限られてくる。
「見張りの交代か!?」
「厄介ですね。一本道ですから鉢合わせしますよ」
「一人伸びてるから二人目くらいどうにもなるけど…」
「……確か、」
神ノ道化は急にクローゼットを漁り始めた。アレンの私服やら下着やらが床に出されていく。そして足音は近づいてきた。
「神ノ道化?」
「やっぱり、このクローゼット抜け道みたいです」
「抜け道!?」
「以前室長殿から言われたんです。『危なくなったら身仕度は完璧に』って」
「兄さん……」
「大きさ的にみんな入るでしょう。どこに着くか分かりませんが、それしかないかと」
「よし、サンキュ」
三人はクローゼットの抜け道から部屋を脱出した。それと同時に新しい見張りがやって来た。前の見張りが伸びて寝ている状況、どう見ても神ノ道化が手を出したとしか見えないだろう。
「貴様っ……」
「勘違いしないで下さい。手を出したのはそちらです」
「監視下に置いている間は物理的に干渉をしないとの厳命を受けている」
「いや、そちらの見張りの方が急に『楽しいことをしないか』と言われたので」
「…………」
「最初は何か反応を観察しているかと思ったのですが、急に私の服に手を掛けてきて、それでつい……」
「………聞かなかったことにしておく」
見張りが伸びた理由はどうにかなった。
夜遅く、見張りはあまり勤務態度が良くなく眠っていた。未知なる相手に対しての警戒が薄いと呆れつつ、同時にチャンスだと思った。この抜け道がどこに繋がっているかは分からないが、今ならここから抜け出せる。神ノ道化はゆっくりクローゼットを開けて抜け道に飛び込んだ。
(成る程、裏庭ですか……)
クローゼットの抜け道は裏庭に繋がっていた。今は深夜で闇も深い、辺り一面が黒だった。しかしそんなこと神ノ道化には関係ない。
(とりあえず、室長殿の元へ行こうか)
微かな記憶を頼りに神ノ道化は室長室へ向かった。
道中研究員がいたり中央庁の人間がいたりと、隠密的に動くのは難しそうだ。神ノ道化の姿は大抵の人間に見られているし、知らない人間に見られたら一瞬で印象に残ってしまうような格好であった。
「まぁ、研究員にしときますか」
神ノ道化は一度目を閉じ、開けた。すると今まで和をテイストとしていた服装は白衣に変わり、結っていた髪は短髪になった。本来の姿は神ノ道化というイノセンスの仮の姿、いわば一種の擬態である。神ノ道化の本来の姿などこの世にはなく、神ノ道化がとる全ての姿は偽りなのだ。
白衣の人間など教団にはたくさんいる。怪しまれることなどなく、神ノ道化は室長室まで来た。
扉の向こうの気配はコムイのみ。誰かと話をしているわけでもなさそうだった。
神ノ道化は擬態を解き、いつもの姿に戻った。やはりこちらの方がしっくりくる。その姿で戸をノックすると、入室を促された。