右手に握られている物体を見て黒子はとうとう買ってしまったなと内心息を吐いた。黒子の手に握られているものは、いわゆるスマートフォンであり現代っ子の象徴ともいえるものだ。もともと携帯を頻繁に使うような性格ではなかったためスマートフォンにする必要などなかったのだが、手を滑らせて水に落としてしまい見事に前の携帯は壊れてしまったのである。買い換えるならスマートフォンが便利ですよと店員に言いくるめられて、結局スマートフォンを買う流れになってしまった。アプリがどうのインターネットがどうのと言われたがいまいち理解できていない自覚がある。機械に弱いわけではないが、周りの子のように使いこなす自信はない。とりあえず連絡が取れればいいのである。

「しかしボクにしては派手でしたかね……」

今まで使っていた携帯は水色を基調としたものだった。黒子の私物はだいたい青か黒で色味が統一されている傾向にある。特に意識していたわけではないのだが、好みというのが無意識に出てしまっていたようだ。しかし今回は違う。黒子のスマートフォンは青とは対照的な黄色で構成されている。黄色というよりも、蜂蜜のような綺麗な色感かもしれない。今までにないような色を選んだ理由は、ただの直感だった。

スマートフォンと一言で言えど、種類は様々あり色も豊富にある。買い換えるなら最新機種にしたらどうかという店員の案を鵜呑みにして店を見ていたのだが、とあるスマートフォンがまるで主張しているかのように目に入ってきたのだ。そのスマートフォンは最新機種ではないがそこまで古いものではないらしい。特に理由もなく候補に入れてなかったのだが、目に入ってきた瞬間自分を買ってくれと言わんばかりの迫力に、黒子は思わず手に取ってしまっていた。そちらの商品なら本体代が割引で無料になるという店員の言葉に押されて、黒子はその直感を信じることにしたのだった。




最初は連絡さえ取れればと思っていたのだが、いざ本物を目の前にして出来ることを見せつけられると欲が出てくる。今まで手に入らなかったような情報が瞬時に入ってくる面白さは黒子を魅了した。これに若い人が嵌まる理由がよく分かってしまう、これは便利だ。スマートフォンに変えたことを誠凛のメンバーに知らせれば、面白いアプリや優秀なアプリなどを教えてくれる。出来ることの幅に黒子は心底感動した。

「きみは本当に優秀ですね」

こんな凄いことをこんな小さな機体でやってのけてしまう。ゲーム慣れしている人にはポータブルの今の技術がよく分かるが、黒子はゲームとはほとんど無縁に生きてきた。だからこんな小さな機体にどうしてこんなスペックがあるのか、いまいち理解できていなかった。バックグラウンドで処理をしている間に他のこともできる。回線速度も速くて本当に便利である。





「なぁ黒子、お前の携帯壊れてるんじゃねぇの?」

昼休み、開口一番に言われた言葉に黒子は目を見開いて火神を見る。そして自分のスマートフォンをポケットから取り出してスリープを解除した。いくつか操作をしてみるが特に異常はない。電波も良好に受信している。

「別に動きますけど…」

「なんかさ、先輩達のメール届いてないっぽいぜ」

「先輩達って……。カントクのメールなら届いてますが」

「昨日先輩が俺達に送ったメール、届いてないだろ」

「電源は切っていなかったんですけど…、昨日の何時くらいですか?」

火神が告げた時間は黒子がスマートフォンを弄っていた時間である。その時間にメールなり何なりが届いたなら、当然気づいたはず。しかし黒子のスマートフォンには何も届いていない。買ってすぐなのだから壊れたということはないだろう。実際カントクのメールはきちんと受信できていた。

「具合でも悪いんでしょうか?」

「具合って……人じゃねぇんだから」

「でも褒めるとすごいんですよ?いつも電波良好ですし」

地下などの電波が悪い場所に入るとスマートフォンといえど通信速度や動きが鈍くなる。しかし黒子のこのスマートフォンは、まるで人であるかのように、褒めたり撫でたりすると回線速度だったり動きが良くなる。たまたま黒子が行った時に電波が一時的に良くなっただけかもしれないが、それでもまるで人のようなスマートフォンなんて面白い。非現実なことはあまり信じない黒子だが、ロマンチックなことは嫌いではないのだ。可愛く名前をつけてもいいかもしれない。

「とりあえずこの子にはきちんと言っておきますね」

「それで治ったらお前のこと携帯調教師って呼んでやる」

翌日から先輩からのメールも火神からのメールも受信できるようになったのは、話すまでもないことである。






「それはきっと嫉妬ッスね」

明るい笑顔でスマートフォンを指差した彼はそう言い切った。ここは誠凛の近くにあるマジバで部活終わりの時間帯だ。黄瀬が此処にいる理由は撮影らしいが、真偽を確かめる術はない。最初に「黒子っちください」と言い放った事件は誠凛と海常に大きな爪跡を残している。撮影の関係で誠凛の近くに来た黄瀬は偶然部活帰りの黒子を見つけ、そのままマジバに誘った。シェイクを引き合いに出されて帰るような人ではないので、結局まんまと黄瀬に手を引かれる結果となった。

「嫉妬……ですか」

「ねぇ黒子っち知ってる?そのスマホ、俺が宣伝してるんスよ」

そういえば雑誌でスマートフォンを持っている黄瀬を見たことがあったと黒子は思い出す。確か面白い宣伝手法として、テレビ宣伝と雑誌宣伝とで使う芸能人を変え、雑誌の方の宣伝役に黄瀬が選ばれたのだ。嬉しいとか頑張るとかそういったメールが以前黒子の元に届いていた。雑誌をほとんど読まないので黄瀬が宣伝していたスマートフォンがどういうものなのか黒子は知らなかったのだ。ただ本当に偶然の話である。

「……これがですね」

「うん」

「自分を買ってくれって凄く主張しているように感じたんです」

「それはきっと俺の執念かな。黒子っちに俺が宣伝した黄瀬デザインを買ってもらいたかったから」

黄瀬デザインとは、宣伝役の黄瀬にちなんで作られた色のシリーズである。黄瀬のイメージ通りの黄色を透明感ある蜂蜜色に仕上げたもので人気が高い。ファンの中では黄瀬の分身というあだ名があるようだ。

「つまりあれですね。黄瀬くんが元になってるスマートフォンだから中身が黄瀬くんなんですね」

「黒子っち限定だけどね。俺の愛は距離や媒体を超えて黒子っちの元にいくんスねぇー」

そう言った黄瀬の表情は明るかったが黒子の表情はどんよりしている。黄瀬一人の愛でも重いのにプラスでスマートフォンの分も背負わなければならない。悔しい話、黄瀬デザインはかなり気に入っているので機種変更はしたくない。遠くから近くから見られる生活にこの先どうなるのか、黒子は遠い目でシェイクを飲み干した。

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