作家という職業には朝昼など関係はない。それこそ昼夜逆転しているといった人も珍しくない職業だ。締切前など連日徹夜は当たり前、食事だって三食きちんと摂るのは難しい。部屋は汚くなっていき人と会う回数も減っていく。そんな印象を黒子は抱いていた。なにせテレビや本などで語られる作家像がみんなそうだったからだ。

しかしこの業界に入って黒子は今のところ普段の生活のペースを壊すことにはなっていない。食事はきちんと摂るし(量は少ないかもしれないが)、睡眠も人並みには必ず確保している。至って作家らしくない普通の人たちが送るような日常だ。ただその日常が黒子だけの力で成り立っているかと言われたらそこは頷けない。黒子がきちんとした生活を送れている理由、それは黒子が同居人達の監視下にいること故だった。



「おはようテツヤ、今日も気持ちいい朝だね」

時計が指す時刻は朝の7時、一般的な起床時刻ともいえるだろう。枕元に時計はあるが目覚ましとしての機能はない。黒子を起こしてくれるのは朝に滅法強いこの家の実質的な家主である。

「おはようございます赤司くん」

「おはよう、ご飯できてるから準備してきな」

この家では各食事の担当が決まっている。それぞれの職業によって拘束される時間が違ってくるからだ。作家という時間に自由がある黒子は主にこの家の家事を担当していた。本来は黒子が食事の担当に入る筈だったのだが黒子の壊滅的な食事の腕に、総員一致で黒子に食事を作らせないという結果に至った。よってこの家の食事は赤司によって用意されている。赤司に何かをやらせるなど恐ろしいかもしれないが別に赤司は仕事を任されたことに不満を感じるような人間ではない。もっとも、赤司に頼んだのが普通の関係の人達ではなくキセキ達だったからというのが大きいのだろうが。

「今日は上手く魚が焼けてね。この前行ったあの料亭の味に近づいたと自負しているよ」

赤司がここまで言うということは相当上手くできたのだろう。なんでも完璧にやってしまう赤司にとって料理も同様で、レシピを見せるだけでレシピ以上のものを作り出してしまう。そのおかげで黒子は舌が肥えてしまった気がしていた。これでは普通の店のものが食べられなくなってしますと愚痴を零したこともあるが、それは赤司への褒め言葉でもあるわけで、翌日もっと腕によりをかけたものが出てきてしまった。それ以来赤司の料理を過剰に褒めてはいけないという不文律ができたのである。

綺麗な焦げ目がついている魚を食べながら赤司と談笑をする。赤司の職業は棋士で黒子と同様あまり時間の拘束がない。だから家のことは大抵二人で何とかしてしまうことになっている。二人だけの意思で決められないことは六人での話し合いになる。ただ緑間と黄瀬の仕事は帰ってこれる時間が安定しないため、六人が一堂に会するのは正直難しい。ちなみに緑間は病院の若手医師、黄瀬はタレントとしてテレビや雑誌などで活躍している。バスケ選手になるかと思われた青峰だったが何故かその道には進まず、今まで無縁だった警官になる道を選んだ。バスケをやっていたおかげか運動神経だけは抜群なので期待されているらしい。紫原は近くのケーキ屋でパティシエとして働いている。本来なら特集などされてもいい実力らしいのだが、紫原がそういうのを好まないため地元の美味しいケーキ屋さんとして今日も営業している。

「そういえば涼太が早く帰ってこれるらしい。真太郎も何もなければ早いし、今日の夕食は少し豪華にしようか」

「紫原くんはともかく、青峰くんはちゃんと帰ってこれますかね」

「先に話をしておけば何が何でも帰ってくるさ」

棋士という日本古来の職業を選んだくせに赤司は技術の先端を行く人間だ。何かのためにと株でも稼ぎ、世界の最先端を逃さないように情報を集める。赤司は黒子にはよく分からない情報がたんまりと詰まった端末を操作して青峰にメールを送ると、そのまま世界の様々な記事を読み漁り始めた。食事中に使わないという最低限のルールは守るが黒子の食事はまだ終わっていない。まるで黒子がいないかのように自分の世界に浸る赤司を見て黒子の機嫌が降下した。

「赤司くん、人にはよく言うくせに自分は平気でやりますよね」

「あぁ、ごめんごめん。でも情報は流動するからね、常にチェックしていないと」

「別にその情報を知らなかったからって死ぬわけじゃないでしょう」

「重要性は見てからじゃなければ分からない。それにテツヤとの会話だって同じだろう」

言ってからすぐに赤司は自分に失言に気付いたがもう遅い。黒子と言う前にがたりと黒子が立ち上がった。箸を机に置く余裕もなかったのか箸を持ったまま黒子は右手を振りかざし、そのまま机に叩きつけるように手を振り下ろす。もちろんイグナイトという技を持つ黒子が本気で手を叩きつければ手も机も無事では済まない。だからそれなりに手を抜いたのだろうが、叩きつけられた箸が床に転がり落ち赤司の足元まで転がってきた。

「テツヤ、その――」

「いいですなんでもありません、ごちそうさまでした」

普段と同じような無表情、でもスカイブルーの目が怒りを訴えている。久しぶりに見た黒子の怒りに赤司の米神を冷や汗が伝った。けれど言ってしまった言葉は還らない。絶対零度の瞳の持ち主は視線で赤司を貫いた後、不機嫌を隠さずに自室に戻って行った。

先程の赤司の言葉にあった「黒子との会話だって同じだろう」という言葉は確実に失言で無神経だったと赤司は一人きりのリビングで自己反省をする。黒子との会話だって今しなければ死ぬわけじゃないだろうという意味だったのだが、どう考えても黒子の機嫌を損ねるに決まっている。株をやっている赤司にとって情勢はとても大切なファクターだ。だからそれを見誤ればとても大きな損失を被ることもあるのだと、赤司はきちんと危惧していた。それを黒子も理解してくれていると思っていたのだが、それでも赤司の言葉はない。それに黒子に対して少し下手に出てしまう理由もあった。

現在六人の出資で一軒家を買って六人で暮らしているが、このルームシェアの開始は大学時代まで遡る。大学時代と就職してすぐまで借りていたのだが、六人の収入が安定したので家を買ったのだ。元となったルームシェアを提案したのが他でもない赤司だった。大学は京都ではなく東京の学校にしようと決めていたので元から上京の意思はあった、そこに他の五人を巻き込んだのである。緑間と黄瀬、青峰、紫原は比較的簡単に話に乗ってくれた気がする。特に緑間は学費が嵩むことと一人暮らしをしなければいけないことで、シェアならと頷いてくれた。最後まで首を縦に振らなかったのが赤司を悩ませている黒子テツヤだ。赤司が話を持ちかけた時点で黒子は既に一人暮らしの準備をしてしまっていたのだ。家まで決めていた黒子を説得し、最後は頭まで下げて赤司は一緒に住んでくれと懇願した。このルームシェアは黒子がいないとダメになる、そう赤司の才能が告げていたのだ。赤司の押しに負けたのか、最後には頷いてくれたが黒子の両親への説明や家の契約解除などで黒子には大きな迷惑をかけてしまった。それが赤司の中にある黒子への引け目だった。

自室に籠ってしまった黒子を赤司が連れ出すのは無理だろう。それにしばらくは冷ますための時間も必要だ。本来黒子が担当していた家事を今日は赤司がやるとして、とりあえず夕食のことを青峰だけでなく他のメンバーに連絡する。対外的な用事がない日は棋譜を見たり他者の試合をテレビで観たりするのだが、そんな気分にはなれず、溜まった洗濯をするために洗面所へ向かった。



最初に赤司からのメールに気付いたのは黄瀬だった。仕事と仕事の間に時間ができてしまい一時間だけ時間ができたのだ。その間音楽を聴きながらスマホを弄っていてその時ちょうど赤司からメールが来た。元々今日は早く帰れると伝えていたのでそのことだろうと思いメールを開いた黄瀬は、内容を読んで思わずスマホを机に落としてしまった。

「ちょ、え?何これ、赤司っち何やらかしたの?」

メールの内容は今日の夕食のことで、外食か宅飯にするか選ぶよう書いてある。仕事の関係でなかなか家で食べれない黄瀬は家が良いなと思いながら読み進めていく。しかし少し空白を置いた後の最後の一文が赤司らしくない。画面越しに今の赤司がどんな様子なのか分かってしまう程に。

『テツヤ怒らせた、どうしよう』

赤司が誰かと揉めるのは珍しい。黒子と紫原や緑間はよく物の考え方とかで揉めるが、赤司とはそんなに問題を起こしていない気がする。そんな黒子と赤司が揉めるとは、どちらが原因かは分からないが黄瀬は不思議な感じがした。

「えー、これ俺達が仲裁しなきゃいけない感じなの?謝って終わる問題じゃないのかな……」

実際問題、そこまで大きいことではない。ただ黒子も赤司も無駄にプライドが高いため、どちらが先に謝るかが問題なのだ。明確な原因があれば別だが(今回の問題は赤司が悪いと言える気がするが)、どちらも相手の謝罪を待つタイプである。もっとも、そういう時に青峰が間に入って物事を片づけてしまうのが毎回のオチなのだが。

「とりあえずバニラシェイク買って帰ろ」

ちなみに赤司からのメールを見た四人はメールの返信と共にみんなバニラシェイクを買って帰ろうと考えていた。





「ただいま帰ってきたのだよ」

どうやら緑間が最後だったらしい、玄関に靴が揃っている。資料や書類などが入っている大きな鞄を右手に左手はマジバの袋、もちろん中身は甘ったるいバニラシェイクだ。他のメンバーも買っているとは思わない緑間はLサイズを買ってしまっていた。他のメンバーもみんな同じ考えでこの家にはLサイズのバニラシェイクが5つ計算になる。

「おかえり緑間っち」

「あぁ。で、赤司は?」

「その問題なら解決ッスよ。今赤司っちがご飯作ってて、青峰っちと紫っちが黒子っち挟んでバスケの試合観てる」

「そうか、荒れていなくて良かったのだよ」

まだ問題が解決していなかったら夕食はおあずけである。それを避けるために帰宅中ずっと考えていたのだが杞憂だったようだ。いつも通り食事を作る赤司と楽しそうにバスケの試合を観ている黒子、この二人の間に何があったのか緑間は知らない。

「結局なにがあったんだ?」

「俺も全部は知らないんスよ。ただ赤司っちが謝って何か黒子っちが謝りだして、そしたら終わってたらしい」

「らしい?」

「紫っちから聞いただけなんで。一番早かった紫っちが帰ってくる前に終わってたみたい」

「あんなメール送っておいて騒がせな奴だな」

「おかげでバニラシェイクがこんなに………」

黒子はバニラシェイクが好きだがたくさん飲めるわけではない。Lサイズならば一日一本で十分といったところか。それが5本ある以上みんなで飲まなければいけないわけで。憂鬱な気分だった黄瀬と緑間だが、そこでのっそりと朗報が入る。

「俺バニラシェイク使ったデザート作れるから食後に作ってあげるー」

パティシエ本領発揮の瞬間だった。



少し豪勢にしてみたという赤司の言葉は想像以上だった。どこぞの高級レストランだと言いたいくらいの量にメニューの多さ。一般的な家庭で出てくるようなものではないことは間違いない。体格に見合った分の量が個人に合わせて出てくるので、足りないということも余るということもなかった。そんな完璧な夕食の後にこれまたプロが作ったデザートが出てくるのだ。余ったバニラシェイクが甘さ控えめにされてトッピングとして使われているので、甘党ではない人もするりと食べることができる。何かの記念日かと思うような幸せな時間はあっという間に過ぎて、夜の時間は各々が好きなように過ごすことにした。

「赤司くん、今いいですか」

「あぁ、いいよ」

ガチャリと赤司の部屋の扉が開かれる。本当は襖にしたかったのだが、家の構造上赤司の部屋だけ和室にすることはできなかった。けれど赤司たっての希望で床はフローリングではなく畳仕様になっている。洋式の扉に和式の内装はどこかちぐはぐだが赤司が気に入っているのならいいのだろう。

「赤司くん、今日のことですけど……」

「あれはもういいよ。それよりもせっかく来てくれたんだから楽しい話をしよう」

ぽんぽんと赤司の隣へ座るように促す。赤司の隣にある座布団は赤司お気に入りのもので、なかなか人には使わせない代物であった。それを取り出すということは気分が落ち着いているのだろう。




話は数時間前まで遡る。黒子を怒らせてしまったと狼狽する赤司は黒子の部屋の前で少しの間立ち尽くしていた。黒子が担当している分の家事は全部終わっている。あとは黒子と仲直りできれば心残りは何もなくなるのだ。ただその仲直りが一番の難解である。

「あの、テツヤ……」

「………、なんですか」

そっけない言葉だが会話をしてくれる気はあるようだ。そのことだけで赤司はホッとした。大袈裟かもしれないがあの赤司でも黒子には大きく出れないのだ。上下関係などではない何かが二人の間にはあった。もっともキセキ相手には赤司様全開であるため、あくまで黒子限定で赤司は丸く収まっている。

「今朝のこと謝ろうと思って、来た」

「そうですか」

「でも謝るところは謝って貫くところは貫こうと思う」

「……どういうことです?」

少しだけ扉が開かれて黒子が顔を出す。どうやら部屋で話を書いていたようで仕事用の眼鏡をかけていた。眼鏡の奥から黒子の瞳が赤司に疑問を投げている。ここで謝って終わらせる、確かにそれで解決するかもしれない。けれどそれでは赤司の言いたいこと主張したいことが伝わらない。黒子に対して強気で出れない赤司ではあるが、言いたいことを言えない程下にいるつもりは更々ない。

「朝の発言については僕が全面的に悪かった。それについては僕から謝罪しかない。でも僕にとってやはり情報が大切だということは理解してほしい」

「株ですか、そんなのやらなくたっていいでしょうに」

「株楽しいよ?それに今間違って損なんかしたら今後に響くんだ、まだ家のローン残っているし」

扉のノブに添えられていた黒子の手がピクリと反応する。そして扉を思い切り全開にした黒子は赤司に食って掛かるかのように赤司の腕を掴んだ。幸い赤司は眼で黒子が扉を思い切り開けることを予測していたため怪我はなかったが、ぐいっといきなり腕を掴まれバランスを崩したのか、そのまま黒子を受け止める形で床に尻餅をつく。かなり痛かった筈なのだが表情には一切出さず、逆に黒子に怪我は無いか心配する赤司。そんな赤司の心配を振り切るかのように黒子は赤司に言葉を急いだ。

「い、家のローンってどういうことですか!?僕そんなの聞いてません!」

「あー、テツヤには言ってなかったのか」

「そもそもローンとか残ってたんですか」

「………常識的に言ってこの一等地にこの規模の一軒家だったら一億はくだらないよ。いくら僕らの職業が安定的で高収入と言われるものでも、就職したての僕らにこんな家を買える余裕なんてないだろう」

至って正論、故に黒子は何も言い返せなかった。確かにこんな豪華な家だ、それなりに値が張るのは当然だろう。一億以上という額は就職したばかりの六人が払うには大きすぎる額である。だけどあのチートで魔王な赤司が何かしたのだろうとそう高を括ってしまっていた。だから家の支払いのこともいつの間にか赤司が済ませたのだろうなとそう勘違いしてしまっていたのだ。最初の共同出資だけで終わったと、そう思い込んでいた。

「じゃあ赤司くんが株とかやっている理由って……」

「まぁ手持ちが増えるのは好きだからね。けれど第一目標は家のローン完済かな。そういう危ないものを背負っているのは好きじゃないんだ」

赤司の発言が意味すること、つまり赤司は自分の力でローンを返済しようと思っていたということ。しかしこの家に住んでいるのは赤司だけではない。ならば何故ローンの負担を赤司だけでしようと思うのか。いくら赤司にリーダーシップ精神があるといっても返済を一人でやるのはおかしいのではないか。そう思った黒子は赤司にそう問うた。

「でもさ、もともとお前たちの予定に同居なんてなかっただろう。それに付き合わせたのは僕だからね」

「い、いつの話をしてるんですか!!僕らが同居を始めたのは大学生の時、もうあれから四年以上経ってるんです!付き合わせてるなんて今更何を言ってるんですか!!」

ものすごい剣幕の黒子に赤司がたじろく。対して頓珍漢なことを言う赤司に黒子は憤りを覚えていた。四年以上も同居していて文句を言わないというのは、誰もこの生活に対して不満を覚えていないということだ。決して赤司が怖いから言い出せないなんてことはない。そんな関係に六人がなったつもりは毛頭ないのだ。

「その話は他のみんなにしているんですか」

「真太郎辺りは気付いていてな、給料から定額貰っている。他は知らない、と思う」

「それはダメです。みんなでちゃんとしないといけない問題です」

「あぁ、分かった」

「あと僕は君に謝らなければいけません。僕は自分の勝手な思い込みで君を傷つけた。君を理解した気になって全然できていなかった」

「そんなに深刻に受け止めないでくれ。朝の発言が今回の引き金でそれを引いたのは僕だ」

「だとしても、赤司くんのことちゃんと見てなかったのは僕の反省点です。赤司くんがどんな人か、分かっているつもりだったのに」

このままだと謝り合戦になってしまうことが目に見えているので赤司は一回言葉を紡ぐのを止める。そしてそのまま腕の中にいる黒子をぎゅっと抱きしめた。黒子が部屋に籠ってしまっていたためこうやって触れ合うのは少し久しい。そんな赤司に心を許すかのように、黒子は赤司の腕に込める力を少しだけ強くした。

「赤司くんは凄い人ですから、きっと色々必要なんだと思います。でも僕らを蔑ろにはしてほしくないです」

「………そうだね、僕が悪かった。家のことはみんなで後日きちんと話そう」

「今日しないんですか?」

「せっかく美味しい夕食を作るんだ。今日は野暮ってものだろう」

赤司は自分の発言と認識を、黒子は赤司への理解力を今回恥じた。それは決して暗いものではなくて、二人が互いをきちんと理解したということ。むしろ今までより距離が近まったともいえよう。

「じゃあ僕は夕食を作る。テツヤはバスケのDVDでも観ていなよ」

「そうですね、そろそろ紫原くんが帰ってくるでしょうし」

こうして紫原が帰ってきたころには仲良しな二人に元通りになったのである。









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