「テツナ、おはよう」

「おはようございます。本日は10月6日時刻は8時30分、天気は晴れのち曇りで間違いないでしょうか」

「日付と時間は合ってるよ。でも今日は晴れのち雨だ」

「訂正、気象庁からの最新データとの齟齬を確認」

「テツナ、僕の言うことが正しいんだ」

「……修正、本日の天気は晴れのち雨です」

機械音がひしめく室内で赤司の声は澄んで部屋に響く。五月蝿いのなら機械を止めてしまえばいいのだが、機械を止めてしまうと培養器の中で生きている黒子の生命活動が絶たれてしまう。正しい方法で生み出したのではない黒子の体は非常に繊細で、幾度とない調整を経て人としての生を確立している。その機械や技術を生み出すために人が生涯で必要とする以上の金を使い果たしたが、そんなことは赤司にとって些事である。金など赤司が1日パソコンの前に座っていれば十分稼げるし、そもそも自身に金をかけない。全て目の前にいる黒子のために赤司は金を稼ぎ使う。狂気的とも呼べるような執念かもしれない、けれど赤司にとって目の前の黒子だけが全てだった。





赤司が好きでもない女と結婚したのは今から7年程前だ。大財閥である赤司の家が決めた政略結婚だったが、別に珍しいことではないため赤司は特に不満を抱かなかった。向こうだって好きでもない相手と結婚させられるのだからお互い様である。しかし完璧と評される程の赤司に惚れこんでしまったのか、相手の女は赤司と本当の夫婦になろうと躍起になっていた。

ここで赤司の職業を紹介しておくと、赤司は所謂学者というものだ。専門は特にない、赤司が気になったものをジャンル専攻問わず研究していく。そしてどの業界でも大きな成果を残してきた赤司は人類の英知を称されていた。様々な種目で金メダルを獲得していく一人のアスリートと考えてもらえば分かりやすいだろう。

二人の間には相互的な愛などなかった。けれど赤司の跡取りを考えれば子供は作らなければならない。受精に愛など伴わないため行為自体は淡々と済まされ、結婚してから半年程で女は身籠った。家の方から男の子をと迫られていたが赤司には生まれてくる子が女の子であることは誰よりも早く分かる。だからそれが分かってから赤司は生まれた後来る批判が面倒だと一層仕事に精を出した。家のことが何もかも面倒臭かった。

「………かわいい」

産声が聞こえ赤ん坊が抱えられて出てくる。まだ顔の作りさえ分からないのに赤司はその存在がかわいい愛しいと感じた。親としての自覚なのかそれとも子供がもつ魔性なのかは分からない。ただかわいいと呟いた赤司を見て誰かが驚いたような顔をしたのはちらりと視界に入った。説明を少し受けた後医師から渡された子を自らの腕(かいな)で受け取る。自身の遺伝子が半分入っているのならばこの子も神童となるのだろうか。いや、女の遺伝子を強く継いでいる可能性もある。これからどのように成長していくのかは分からないが、目が開いた時赤司のオッドアイを継いでいたら嬉しいと素直に思った。






「おい赤司、どうしたのだよ」

突然の声に体がびくりと反応する。振り返れば赤司と同じく白衣の緑間が立っていて、扉は開け放たれていた。気配には敏い赤司が誰かの侵入に気づかないなど異例だが、気心の知れた緑間が開いてだからこそだろう。それに長らく黒子の調整のことで碌に眠りにつけていない赤司は、つい転寝をしてしまっていた。

「まったく、きちんと仮眠なり休息しないとお前がダメになるぞ。お前がいなくなったらあの子をどうする気だ」

「とりあえず真太郎の息女にしてくれと頼みたいところだが無理だろうな。あの子にはもう戸籍も無いしね」

「そもそもこんなことして許されると思っているのかと言いたいくらいの領域にお前はいることを忘れるなよ。お前と友でなければ今頃通報している」

赤司家別邸は赤司征十郎に与えられた家で、赤司以外が勝手に入ることを禁じていた。ハウスキーパーを雇っていないので他人が家に入り込む余地はない。緑間は合鍵を持っているので自由に出入り出来る唯一の人間だ。今日も合鍵で別邸の扉を開けたのだろう。その別邸には隠された地下室があり、そこには赤司が今まで研究してきたもののデータが保管されている。中には外に漏れてはいけない情報もたくさんある。よって地下室の警備は機械によって死角の無い造りになっている。けれど赤司の凄いところはその地下室の更に下に本当の秘密研究所を造ったことだ。地下室などある意味でのフェイク、仮に地下室が誰かに見つかったとしてもまさかその更に下にもっと秘密が隠れているとは思わないだろう。心理的なトリックを駆使して造った秘密研究所に彼女は保管されている。
「……それで、あの子の調子はどうなんだ」

「外見年齢でいえば7歳くらいかな。でも脳をネットワークと同期させているから年齢なんて無いのかもね」

「7歳か………、とうに超えたのだな」

緑間が知る実物の年齢は1歳半だった。赤司の目は継がれなくて目は綺麗なベビーブルー、髪も目と同じでとても綺麗。母親似になってしまったことは残念そうだったが、初めて話した言葉が「ぱー」だったことが嬉しかったのか、その溺愛っぷりは初孫を迎えたおじいちゃんのようだった。赤司と女の仲は良くなかったが子は鎹、彼女を交えた3人は幸せそうだったように見えた。





その存在が消失したのは本当に偶然だった。歩いていた女と彼女の元に走っていた車が突っ込んできて、二人の命は一瞬で失われた。即死だったため赤司は二人の死目にも会えず、冷たい部屋の中で横たわる二人をただ見つめていることしかできなかった。

その時から赤司は変わった。今まで勤めていた研究所を辞めて家に閉じこもり、外部との関わりを絶った。家の人間に何を言われようとも耳を貸さず、赤司はただ机と向き合う。机上には大きな紙とペン、紙には様々な式や理論が乱立して端から見れば落書きのようだ。けれどそこに書かれているのは落書きではない、人間が踏み込んではいけない領域への鍵がそこには示されている。全ての分野で秀でている赤司しか到達できなかった究極、クローンの生成だ。死人を生き返らせるのは不可能だがクローンなら理論上創ることが出来る。倫理なんて赤司にはどうでもよかった。

「テツナが還ってくるなら、僕は世界だって敵に回そう」

失敗作の数は途方もないくらいだ、でもその一つ一つがテツナへの一歩だと思えば犠牲は無駄ではない。そう自分に言い聞かせて赤司はひたすら実験・研究に打ち込んだ。途中で緑間の助力も得て、研究はどんどん実用に近いものになっていった。そうしてできたのが赤司と緑間の目の前にいるテツナである。知識などを一から与えている余裕は無かったので脳を赤司が作ったネットワークと繋げてあり、テツナはそこから情報を得ていく形になっている。もちろん赤司が作ったネットワーク、テツナにとって害になるような情報は事前に抜いてある。ネットワークから得た知識・情報を赤司が微調整していけばテツナは赤司にとって唯一の存在となれる筈だ。



「これからどうするんだ、培養器から出すのか」

「その前に一通りテツナに情報を植え込む。それまでに最終調整をして、培養器の外でも生体活動を維持できるようにしないと」

培養器の中ならば万全だが外の環境がテツナにどんな影響を与えるか赤司でも把握できていない。最悪培養器から出た瞬間に拒否反応が出て死に至る可能性もある。クローンであるテツナの体は様々な箇所を遺伝子や科学的に弄っているので、普通の人間の常識を適用することができないのだ。だがそんなリスクを背負っているテツナを、培養器から出さずに一生過ごさせる気は更々なかった。



「僕の名前は分かるね」

「はい、赤司様」

「……いや、僕のことは赤司くんと呼べ」

「訂正、『くん』という呼称は親しいものに対して使うものです。私が使えるようなものではありません」

「『くん』という呼称は敬愛する者に使うんだ、僕が今そう決めた」

「……修正、赤司くんと呼びます」




「テツナ、自分のことを僕と呼びなさい」

「訂正、僕という呼称は男性が使うものです。女である私が使うものではありません」

「テツナ、これは命令だよ」

「……修正、テツナは僕です」













「さぁテツナ、僕の元でまたほほ笑んでくれ」

培養器のスイッチを赤司は静かに押した。

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