冷めているのではない、冷静に物事を視るだけだと俺は言いたい。冷静に客観的に傍観する、それが俺の特技だ。俯瞰することが昔から得意でそれをバスケに応用できるくらい進化させた俺は、いつからか物事を全て俯瞰して見るようになった。だがここで言う俯瞰とは何も上から見下ろすことだけを指すのではない。そうだったら俺は全ての人の頭しか見えず顔を見ることができなくなる。俺の言う俯瞰は上から見下ろす以外に自分の目線で見ないことを指すのだ。自分が巻き込まれていても俺はそれを何処か他人事のように感じている、そう見ているから。目の前で起きていることすら俺にとっては遠いことだった。

「高尾君って思った以上に擦れてるね。意外だなぁ、普段の君からは想像つかないよ」

「擦れてるって、大人びてるって言ってくださいよ。なんか悪い奴みたいじゃないすか」

「そう言ったんだよ、聞こえなかった?」

さらりと嫌味を言ってくる、さすがは帰国子女。日本で生まれてしまった俺にはそういう大胆さが無い。普段からチャラチャラしている自覚はあるが、それは大胆とは違う。だって演じているだけだから。けれど氷室さんの大胆さは生来のもので演技ではない。そこは火神にも通じる部分である。

「あ、でも黒子君ははっきり物を言うよね。ああゆう潔い(いさぎよい)子好きだな」

「氷室さんの好きは性的っすね」

嫌味というか直接的に揶揄したつもりなのだが、氷室さんには直接的ダメージにならなかったようだ。性的と言われるのに慣れているのかもしれないが。流暢に二か国語話すところとか、前髪で片目覆っているところとか、さすがイケメンの流し目とか、氷室さんの色気は高校生を越している。火神はワイルドさが勝って野性的だが、氷室さんはまさしくエレガント。沸点が少し低いがそれでもエレガントである。

「黒子君ってさ、はっきり言ってバスケの才能無いじゃない。けれどああやって集団の中心にいるんだ、不思議だよね」

「真ちゃんも最初から黒子には一目置いてたし、いや黒子の技も凄いんですけど、やっぱり天才とか秀才とかじゃないっすしね」

「………羨ましいね」

その呟きは軽かったけど、とても重いものだった。あぁ嫉妬しているんだなと俺はまた俯瞰して考える。確かに天才共に凡人が囲まれているんだ、悔しくもなるだろう。十人が十人黒子より氷室さんの方が優れている選手だと言う筈だ。けれど氷室さんは黒子には勝てない、そして俺も黒子には勝てない。はっきりと実力差がそこにはあるのに、勝てない。そしてそれを問うことは許されていない、何故なら黒子に求められているのは人間性と影に徹するその心だから。よく縺れた恋愛話で「あなたのタイプになるからどうすればいい?」と本人に聞く女がいるが、それと俺たちは似ている。俺たちはどうやったら黒子に勝てるのか考えても答えは無い。求められているのが黒子であって、黒子の中にある要素では無いのだから。それを恐らくは氷室さんも知っている。

「けれど不思議なことにね、黒子君に対して嫌悪感とかは感じないんだ。俺は黒子くんに負けているのに、黒子君が俺に対して勝っていると思っていないから」

「そりゃ黒子から見たら氷室さんの方が上でしょ」

「そうじゃなくて人間性の面で。黒子君時々俺に対して『羨ましいです』って言うんだけど、そこに偽りがないんだよね。彼は俺を本気で羨ましいって思ってる。だから黒子君のこと嫌いになれないんだ」

あぁ分かると、俺は氷室さんの言葉に心の中で同意した。あんなに愛されているから、愛されているのが当然のように思っているとずっと思っていた。けれど当の本人の黒子が嫌なほどに真っ白な人間だった。その姿を見ると嫉妬なんてできないような気がしてきて、自分が浅ましいとも思えてしまうのだ。

「結局氷室さんは黒子のことどう思ってるんです?」

「………後輩、かな」

「プラスの感情とマイナスの感情が交差すると其処に行き着くんすね」

「高尾君は?」

「………相棒の元チームメイト」

「なんだ、俺と同じじゃない」

ずずっと吸い込む音が聞こえる。紙コップだから分からなかったが、氷室さんのドリンクが尽きたようだ。一度買い直しているので、また買い直して此処に居座る選択肢はないだろう。時計を見れば会ってから二時間以上経過している。男同志でカフェなんかにいるものだから、店員の気を惹いている自覚もあった。

「じゃあそろそろ退散しますか」

「そうだね、行こうか」

がたりと席を立って空き容器を片付けていく。俺の方が年下だから片付けを二人分して、席に戻った。なんてことはない、ただなんとなくの流れで会うことになったのだが氷室さんの話が色々聞けて良かった。見かけに反してあまり綺麗じゃないことが分かった。予想外の一面を知れるのは楽しい。

店の前で電車を使う俺とバスを使う氷室さんは自然と別れる。男同士なのだからしつこい別れ文句などもなく、簡潔にあっさりと別れた。家に帰ったらゲームでもしよう、そう思いながらPASMOを改札に通そうとしたところで俺は動きを止めて急いで踵を返した。以前会った時に借りていたものを返すのを忘れていたのだ。氷室さんの高校は秋田、簡単に会える距離ではない。今を逃すと面倒だと俺はバス停まで駆けていった。



「やぁ、こんにちは。偶然だね」

「……まさか此処で会うとは思いませんでした」

「ちょっと人と会っててね。黒子君は?」

「僕は――」

黒子君の言葉を聞きながら、俺は自分の運の強さに感謝した。まさかこんな何でもないところで黒子君に会えるなんて、まさに奇跡である。店を選んだのは高尾君だから高尾君にも感謝しなければいけない。けれどあのタイミングで飲み終えた俺も凄いと思う。あと一分でも違っていたら俺たちが出会うことはなかったのだから。

「せっかく会えたんだし、この後どう?黒子君が良ければ案内して欲しいな」

「僕は良いですけど、僕で良いんですか?」

「黒子君説明とか上手いから、お願いしたいくらいだよ」

黒子君が頼まれたら断れない性格なのは見てきて知っている。だから軽くお願いする形で言えば黒子君は了承してくれた。本当に良い子だ、キセキの世代なんかには勿体無いくらいに。デートみたいだねとちょっとからかえば、黒子君は拗ねた顔で男同士ですけどねと言い返してくる。その姿がまた一段と可愛らしかった。



(くっそ!やられたっ!!)

なんて上手い人なのだろう、感心したいぐらいだ。沸点が低いとはいえ氷室さんが飾る人だとは当然分かっていた。心を抑えて気持ちを抑えて、その時が来たら力を発揮する、そういうタイプの人間だ。帰国子女ならではの大胆さと日本人特有の繕い方、氷室さんは両方を兼ね備えたタイプだと、俺は今確信した。

(やたら黒子の話をしてきたのはそういうことか)

黒子が嫌いではないが好きではない、氷室さんは直接的ではないがそう言った。普段隠している氷室さんが言ってしまう程なんだから相当なのだと、俺は勝手に勘違いをした。いや、正確には勘違いさせられた。普段から本心を見せない氷室さんが何故俺に対して本心のようなことを言ったのか、そちらを考慮していなかった。俺と氷室さんの間には絆なんていう大層なものはない。言ってしまえば本心を言い合う仲では無い筈だ。だとしたら理由は限られる、牽制か誤解をさせたいか。恐らく氷室さんは俺に誤解をさせたかった、氷室辰哉は黒子テツヤをあまり好いていないと。そう誤解させてそれを定着させたかった、何のために?そう誤解させていたほうが減るからだろう、氷室さんを警戒する敵が。緑間真太郎と常々接していて他のキセキとまぁまぁのパイプがある俺は、情報を広めるにはうってつけの関節だっただろう。

「このまま黙ってやられるわけねぇだろ」

別に黒子がどうこうという訳ではない。ただ上手くダシに使われたことが非常に苛立つ。少し先で幸せそうな顔をしている氷室さんに水を差すために、俺は楽しそうな表情を浮かべて二人に近寄った。

「あれー、氷室さんにテッちゃんだ。二人してどうしたんすか?」








無自覚にこれから高尾が落ちていく(笑)

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