「お待たせしました」

バニラシェイク片手に待ち合わせ場所に着いた黒子は5分の遅れを相手に詫びた。けれど向こうも時間ギリギリに着いたため、そんなに待っていないのだと言う。そんなところに気遣いを感じた黒子は、やはり彼はハイスペックだと改めて感じる。さらりと黒子の手を取って歩き出した彼は、まさに理想の彼氏といったところだろうか。

「今日は何処へ行きますか?」

「んー、テッちゃんと一緒なら何処でもいいんだけど、やっぱ落ち着けるところかな」

彼は基本的に賑やかな人だ。相棒である緑間は静かなところを好むが彼はそうではない。楽しそうな場所やものが好きで、黒子と其処ら辺の趣味が違う。だから相手が黒子じゃなければショッピングしようとか遊園地へ行こうとか、たくさん選択肢があった筈なのだ。それを狭めてしまっていることに罪悪感を少し感じた黒子だったが、それを消すかのように彼はぎゅっと手を握りしめた。

「俺って普段からハイテンションな訳じゃないぜ。オン・オフはっきりしてるから、ぶっちゃけ結構残忍なとこあるし」

「自分のことなのに、厳しく評価してますね」

「んー、オフの時の俺凄いからね。無関心っての?何事にも」

「意外です。高尾くんいつも草生えてるイメージです」

「草って……。とにかく、五月蝿い俺もいるけど静かな俺もいるってこと」

「今日は静かな気分ですか?」

「いつもみたいにむやみやたらにはしゃぐ気はないかな」

気を許してくれているという意味なのだろうか。自身のオフモードを見せるというのは、ただの友人とは少し違う一線踏み込んだ関係なのかもしれない。学校が違って部活が忙しいためなかなか会えず不安だったのだが、案外彼は黒子を想ってくれているらしい。そのことが嬉しくて、黒子の表情筋が少し緩んで笑みを浮かべた。それを見た彼も嬉しくなったようで、握っている手にきゅっと力がこもる。男同士の手を繋ぐ行為なんて本来目立って仕方ない筈なのだが、黒子の影の薄さが影響してか、街行く一般人は気付く素振りを見せなかった。

「高尾くんがよければ本屋に行きたいです」

「ん、良いよ。俺漫画しか読まないけどね」

「それはなんというか……想像つきます」



黒子の好きな作者の新刊が出ていたことでテンションが上がったのだが、その作家の特設コーナーが出来ていたことで更にテンションが上がる。過去作品や他誌で書いていて書籍化されていない小話などの情報が事細かに書かれていた。分かる人が見れば分かる程ではあるが、黒子の目が爛爛と輝いている。高尾が一緒だというのに時間をかけて見てしまい、我に帰った時に申し訳ない気持ちがこみ上げてきた。

「ご、ごめんなさい。えっと………」

「いやー、楽しそうなテっちゃん珍しいから楽しませてもらったわ」

「からかわないでください!」

「にしてもテっちゃんホント本好きだよね。真ちゃんもだけどさ、バスケ少年とは遠すぎ」

確かに部内でも本が好きという話は聞かない。嫌いというわけでは無いだろうが、やはり文学的なこととは縁遠いのは確かだ。実際帝光時代でも緑間や赤司くらいしか本の話はできなかった。赤司に関しては帝王学的な学問書のみだったため、自分のテリトリーの話はしたことがない。緑間とは本の好みが似ていないわけではないのだが、お互いが喧嘩腰になってしまうので批判になってしまう。そう考えると本の話が出来る人などいないことになる。

「そんなに面白いなら買ってみよっかな」

「え、でも高尾くん漫画しか読まないって……」

「まぁね。でもテっちゃんと同じ世界共有したいし」

さらりと落とされた爆弾に黒子の思考が一瞬停止する。してやったりという表情でレジに向かう高尾、思考が戻ってきて黒子の顔が赤く染まっていく。口説かれたといっても過言ではない高尾の言葉が、脳内で反芻されていった。

(わざとだとしても、不意打ちは卑怯です)

この恥ずかしさを晴らすためにはイグナイトをかまさないといけない。ぐっと握った右手が火を吐くのはもう少し先の話である。



(うっわー、自分でもあんな言葉出るとは思わなかった…)

無意識、そういってもおかしくはなかった。ただ楽しそうにしている黒子を見て、少し本に嫉妬してしまっただけ。黒子と高尾の共通の話題というのはもうバスケしかない。日常会話などは普通にできるが、黒子が心を開いてくれるのはやはりバスケの話の時だ。だから黒子の世界に足を踏み入れたかった、つまり好きなものを共有したかった。けれどそんなこと言ったら気持ち悪いと思われてしまうのではないか、そう思うと言えなかったのだが。心とは時に意志を超えてしまうものらしい。まぁ言い終わったあと黒子の顔が赤面していたことから、嫌われたわけではないようだ。してやったりという表情こそギリギリで作れたが、内心冷や冷やである。

無慈悲にもイグナイトを叩き込まれる結果になるのだが、その時の高尾はそんなこと知る由もなかった。

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