「緑間くん、こんにちは」

緑間の目の前には、白いセーラー服に少し短めのスカート、ピンで片方だけ留めた淡いブルーの髪、触れたら折れてしまいそうな細い腕、該当する人物など一人しかいない。けれど彼女は本来この時間、誠凛でマネージャー活動をしている筈で此処にいるべき人ではないのだ。なのに何故此処にいるのか、緑間の頭はその疑問の解決でいっぱいのようで、目の前にいる黒子に意識を払えていなかった。

「ちょっとちょっと!黒子ちゃん放置なの!?」

「僕もまさか放置されるとは思いませんでした。緑間くん僕のこと認識していますか?」

「あ、当たり前だろう!何故お前が此処にいるのか疑問なだけだ」

「疑問、ですか。高尾くん辺りは分かっていそうですけど」

いきなり話に出てきた高尾はにやっと笑ってピースをしている。どうやら言われた通りらしい。分かっていない唯一人である緑間はうんうんと唸っているのだが、なかなかこれといった案が思いつかない。いつもなら面白がって高尾が教えてくれるのだが、今日は参加しないらしく、にこにこと笑いながら二人の様を見ていた。

「んじゃ邪魔者は失礼するかな」

「そうですか、ではまた試合でお会いしましょう」

「そうだね、また今度」

空気を読んでくれたのだろう、さすがはハイスペック。肝心の緑間が何も分かっていないのが、それでも本当に良い人だ。なんでこんなにハイスペックな人が傍にいるのに影響を受けないのかまったく疑問である。

「本当に分かりませんか?僕が部活を早引きするなんて異例ですよ」

「それは分かっている」

バスケに対する黒子の気持ちは緑間が立派だと認める程である。そんな彼女が何の理由もなく部活を休む筈はない。つまり此処にいる以上、黒子は何か大きなことをしに来たということである。黒子とあまり付き合いがない高尾ですら分かるということは、つまり緑間が思い出せていない・分かっていないだけなのだろう。

「とりあえず歩きませんか?立ってても仕方ないですし」

「あぁ、そうだな」

二人とも向かう先は駅なので問題はない。歩いていくうちに分かるかもしれないと、緑間は黒子の歩調に合わせてゆっくり歩きだした。もちろん黒子の荷物を持ってあげることも忘れない。さりげなくやるものだから黒子も異論を挟めずにいた。

「どうして君は……」

「?」

「………何でもないです」

こうしたことは出来るのにどうして分からないのか、黒子には疑問でしかない。黒子が来た理由なんて一瞬で分かってもいい筈なのに、持ち前の天然が邪魔をしているのか。けれど気付かない理由が、黒子に対する気持ちが無いということに繋がらないのが安心できる。堅物な緑間のことだ、無意識に女性に対する気配りなど進んですることはできない。特別な立場にいる黒子だけの特権だと、少なくとも黒子はそう思っていた。

「思いつきました?」

「……さっぱりなのだよ」

「分かってしまえば簡単なんですけどね」

少しだけ開いてしまっているバッグの口から爽やかな緑色の袋が見えている。人付き合いの苦手な緑間のことだ、きっとこのプレゼントは高尾からのものだろう。秀徳の部員たちは絆はあっても誕生日を祝うような仲ではないと黒子は思っている。プレゼントの存在を思い出せば黒子が来た理由なんてすぐ分かる筈なのだが、思考が明後日の方へ行ってしまっているのか正しい答えに行き着く兆しが見えない。さすがにここまできたら自己申告してもいいかなと思った黒子は、ため息をついて口を開いた。

「仕方ないですね、緑間くんこっち向いてください」

「いったい何――」

むにっと唇に何かが押し付けられる。どこかざらついた感触とふにふにした不思議な感覚が緑間を襲う。自身に経験が無いのでそれを瞬間的に明言できないが、今までの知識を総動員した結果ある答えに辿り着く。思考が数瞬停止したあと、我に返った緑間は自身の顔に熱が急激に集まるのを感じた。

「黒子!!何を急に――」

「これぐらいで驚かないでくださいよ。ほら、人形ですし」

右手を左右に軽く振る黒子。その手は人形で包まれていた――所謂パペットである。何を意識したのか緑間のカラーである緑色の蛙のパペットを器用に動かして、黒子は腹話術でもするかのように動かした。もちろん彼女に腹話術のスキルはないので、口は動き放題なのだが。

「ハッピーバースデーです緑間くん。ということで、奪っちゃいました」

「……百歩譲って奪うのがアリだとしても、奪われるのは黒子のほうじゃないのか、状況的に」

「………緑間くんからキスの宣言をされるとは思いませんでした。でも奪われるのは変わりないですよ」

蛙のパペットをくるくると可愛らしく緑間に対して突き出してくる。そしてそれを黒子自身の方へ向けて、そのまま黒子の唇に当てた。ちゅっというリップ音がリアル感を出していて、間接だというのに緑間の顔が恥ずかしさで赤く染まる。まさか奥手な黒子が方法が何であれこういった行為をするなんて、正直信じられない気持ちでいっぱいだ。

「以前見たCMを参考に桃井さんと考え抜いたプレゼントなんですけど、どうでした?」

「プレゼント………、あぁそういうことだったのか」

ようやく黒子の目的が分かったようで、緑間は黒子のいきなりの行動に納得がいった。それでも動揺は抑えられなくて、意味もなく眼鏡のフレームに手をかけてしまう。緑間なりの照れなのだと分かっている黒子は思わずくすりと笑ってしまった。普段から積極的な方ではない自分が少し無理をして良かったと思える程に、黒子の中では大満足だった。

「……だが気に食わんな、そんなものを介してとは」

不機嫌そうな声で文句を言う緑間。けれど緑間と黒子の性格上、派手なことはとうてい望めない。これが黄瀬辺りならさらりとしてしまいそうだが、天然純粋な二人にはハードルが高すぎる。そう思ったからこそ、桃井はこんな可愛らしく回りくどい方法を提案したのだ。それを緑間が理解していない筈はない。緑間くんのせいじゃないですか、と緑間の不服さに文句を返そうとした黒子だったが、自身に落ちてくる黒い影のせいでそのまま静止する羽目になった。

「………あぁ、やっぱりこちらの方が良いな」

誕生日プレゼントありがとう、そう言いのけてしまう緑間の表情は何か壁を乗り越えたような清々しいもので、来年は本当に一線超えてしまうかもしれないと黒子は本気で思った。

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